そのままの君がいい
「ありす、誕生日おめでとう」
「ありがとう。プレゼントは先輩でいいよ」
結局大した準備もできないうちに愛莉珠の誕生日を迎えた。
一応プレゼントは用意したけど、不完全燃焼感が否めない。
「プレゼントは俺ってさ、俺が何かすればプレゼントになるの?」
「ありすを大人にしてくれればいいんじゃない?」
「今日で大人に一歩近づいたな」
「そういうんじゃないもん!」
愛莉珠がふくれっ面で俺を見てくるけど、愛莉珠を大人にするのは時間であって俺ではない。
比喩だとしたらそれこそ俺にはできない。
隣のレンさんの目が怖いし。
「ありす、あんまり調子に乗ると泣かすぞ?」
「甘いね恋火さん。先輩がいる限り恋火さんはありすに酷いことはできないんだよ」
「確かにオレはサキの前では抑えてるけど、思わず手は出るからな?」
「バイオレンスだよ! ドメスティックにバイオレンスするよこの人! これは家庭崩壊も近いね。そしてそこに現れる前の女であるありす」
誰が誰の前の女なのか。
レンが暴力で家庭を崩壊させるネタはもうやったし、正直に言えばレンは俺達がからかわなければ怒ったりしない。
つまり本当は俺達が悪いんだけど、全部レンのせいにしてるだけだ。
「レンがほんとはいい子なのを俺は知ってるからな」
「撫でんな。……人前では」
「そういうツンデレするから構いたくなっちゃうんだよね。もしかしてそういう作戦?」
「いやいや、レンがそんな可愛いことを考えるわけ……可愛いからあるのか」
「お前ら頭出せ」
愛莉珠と仲良くレンからデコピンをもらった。
毎回泣かせているから自重したのか、少し痛いぐらいで抑えてくれた。
「力加減できるようになったんだな」
「きっと涙ぐましい努力をしたんだよ。可愛いなぁ」
「ありす、本気でやってあげるから頭」
今のは完全に愛莉珠の自爆だけど、さすがにレンの本気は愛莉珠の頭が割れる可能性があるので構えたレンの手を握って止める。
「ありす、一応言っとくけどそれ以上喋るなよ?」
「はい! さすがにこれ以上はありすの可愛いおでこに消えない傷が残りかねないので自重します」
「そういうの気にするなら最初っからやんなよ」
レンが呆れながら手の力を抜く。
「恋火さんともっと仲良くなりたくて……」
「そんな立派な後輩ぶっても今更遅いから」
「恋火さんがありすのこと大好きなのは今更ですもんね」
「嫌いじゃない」
「照れるところも可愛い」
「サキ、この話を聞かない後輩どうすればいいの?」
レンが呆れた様子で俺に聞いてくるが、そんなの俺に聞かれても困る。
要は愛莉珠をどうすれば黙らせられるかという話なんだろうけど、レンには絶対に無理な方法しか俺にはわからないんだから。
「ちなみにやってみる?」
「何かあんの?」
「レンがありすに自分の気持ちを嘘偽りなく伝えるだけ」
「……じゃあいいや。要はサキがいつもやってるみたいにしろってことだろ? そんなのやるぐらいなら暴力で解決する」
「ちょい!」
ただの照れ隠しなんだろうけど、なんでそう暴力に頼ろうとするのか。
愛莉珠が信じてレン相手に本気で突っ込んでいるではないか。
「やっぱり依を一回叱った方がいいのかな」
「なんでうちなのさ。確かにれんれんに暴力の良さを教えたのはうちかもだけど、暴力ゴリラになったのはれんれんの意思でしょ?」
「ゴリラで悪かったな」
「……苦節十六年、楽しい人生でした。来世でもうちと仲良くしてねぇぇぇぇぇ」
依の頭にレンの指がめり込む。
いや、さすがにそこまでではないけど、めり込んでいてもおかしくないぐらいの叫び声は聞こえる。
「苦節なのに楽しい人生っておかしくない?」
「ありす、依が最期に残したセリフなんだ、突っ込んでやるな」
「あ、ごめん」
「ちゃうちゃうちゃう! まだ終わってなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
最期のセリフが塗り替えられた、
叫ぶ余裕があるということはレンが手加減を本当の意味で覚えたということ。
もしかしたら裏でリンゴなんかを使って力加減の練習をしたのかもしれない。
想像すると可愛いな。
「今回はこれぐらいで勘弁しといてやるよ。愛しの紫音に癒してもらえ」
「しおんくぅぅぅん。バイオレンス彼女とサディスト彼氏がいじめるよぉぉぉ」
「よしよし、痛かったね。痛みを和らげる為に何していい?」
「こっちはこっちでサディズムに目覚めてるよぉ」
涙目になりながら紫音に抱きつく依を紫音が優しく包み込む。
やってることは恋人として微笑ましいことなんだけど、話してる内容がちょっと……
「最近のカップルはすごいね。お姉さんついていけないよ」
「蓮奈さんは付き合ってもゆったりした関係になりそうですよね。夜以外」
「ありすちゃん、一言余計だよ? お姉さんは健全なお付き合いしかしないからね?」
蓮奈が引き攣った笑顔をしながら愛莉珠の頭を撫でる。
図星でもつかれたか。
「蓮奈お姉ちゃんはすぐに疲れて寝ちゃいそうだよね」
「み、水萌ちゃん、何を言ってるのかな?」
「ん? お姉ちゃんって体力ないから誰かと恋人さんになってデートとかしたら疲れてすぐ寝ちゃいそうじゃない?」
「あ、そういうね。良かったよ、水萌ちゃんまで穢れた思考になってなくて」
蓮奈が心底ホッとしたような顔をしてるが、別に水萌はそういう知識がないわけではない。
ただ愛莉珠や依のように一番最初にそういう発想が出てこないだけだ。
「……」
「蓮奈、変なこと考えるなよ?」
「な、なんのことかな? 私は別に水萌ちゃんが変なことを言い出したら可愛いかもとか思ってないけど?」
「確かに可愛いだろうけど、やめとけ。唯一の健全さが完全に無くなる」
水萌は考えてることが黒いことが多々あるけど、健全さで言ったら誰よりも健全な子だ。
その水萌が愛莉珠のように下ネタばかり言う子になってしまったら終わりだ。
「でもちょっと見たいよね」
「そんなこと言ったら水萌が応えちゃうだろ」
「舞翔くんは、私にえっちなこと囁かれるの好き?」
「ほらぁ、可愛いぃ」
水萌が「こういう感じ?」みたいに首を傾げる。
可愛いけど、やっぱりこういうのは水萌にはまだ早い。
というか水萌はずっと水萌でいて欲しい。
「水萌はいつも通りでいてね。俺が困るから」
「ふーん」
「その顔やめなさい。フリじゃないからな?」
「はーい」
俺は言った。
これでまたやったら蓮奈を叱る。
「なんかとばっちりの気配」
「うるさい。それよりもありすの誕生日を祝うぞ」
もうこの話は終わりにして今日の本題に入る。
と言ってもプレゼントを用意できたのは俺と水萌だけらしいですけど。
とりあえず誕生日会スタートです。




