お母さんとの話し合い
「はじめまして、私は篠山 京です。そこの世界一可愛いことを自称してる痛い子の母親になります」
「ありすは可愛いの!」
リビングに招かれた俺と愛莉珠は京さんと向かい合うようにソファに座り、自己紹介をする。
右側からすごい殺気を感じるけど気にしたら負けだ。
「確かに小さい頃は『ままぁ、しゅきー』とか言って可愛かったね」
「そんなこと言ってないもん!」
「その話を詳しく」
「先輩!」
小さい頃の純粋無垢な愛莉珠なんて気にならない方がおかしい。
だから前のめりになって京さんに聞こうとしたら愛莉珠に腕を引っ張られた。
「あれは小学校にあがる前だったかな。誕生日プレゼントにおもちゃの指輪をあげた時で──」
「お母さん!」
愛莉珠が顔を真っ赤にして叫ぶ。
こんな愛莉珠を見るのは初めてで、なんかギャップがすごくて可愛い。
「もしかしてその時は喜んでニコニコしてたけど、いつの間にか無くして泣きながら抱きついてきたり?」
「そうなの。『ままぁ……ごめん、なさい……』って泣きながら言ってきて、もうね、可愛すぎて抱きしめたよね」
「気持ちはわかります」
今の愛莉珠が俺があげたものを無くして本気で落ち込んで、泣いて謝ってきたらギャップで全てを許す。
今でそれだけの破壊力なのだから小さい愛莉珠なんてもっとやばいだろう。
「お母さんも先輩も嫌い!」
「そっか、ままはありすちゃんのこと大好きなのに」
「俺もありすのこと好きなんだけど残念だよ」
「ほん、とに嫌い! だけど好き!」
愛莉珠が俺の肩に頭をグリグリと押しつける。
なんといじらしいのか。
俺といつの間にか近寄っていた京さんは二人で愛莉珠の頭を撫でる。
「……お母さんは、ありすのこと嫌いじゃない?」
「当たり前でしょ。ありすは彼氏がいるからそんなでもないんだろうけど、私はありすと旦那がいなくなってほんとに寂しかったんだからね?」
「彼氏ができたのはありすが可愛いから仕方ないことだもん。ていうかそれならお母さんは会いに来てくれても良かったじゃん」
「私の愛する旦那がありすに会うのを我慢してるのに私が会うわけにもいかないでしょ」
「それも別に必要なかったじゃん……」
愛莉珠がいじけながら俺の手をいじる。
なんだかさりげなく俺が愛莉珠の彼氏にされているけど、そこは突っ込んでいいのだろうか。
なんか雰囲気が少し重くて言い出せない。
殺気も増してるし。
「それで二人の馴れ初めは?」
「あれは雨の降りしきるとある日……」
「ありすって雨の日は髪がすごいことになるのに、そのありすを見て好きになるのはなかなかのマニアックな子なんだね」
「雨の日のありすって見たことないけど、そんなになんですか?」
「ありすの性格が髪に出てる感じ?」
愛莉珠の性格とはつまり、からかい体質。
要は髪が絡まると思えばいいのだろうか。
「お母さん、それ以上余計なことを先輩に吹き込んだらお父さんに浮気してることバラすよ」
「私がありすにバレるような証拠を残すとでも?」
「お母さんは知らないだろうけど、ありすは最近さくらちゃんと仲良くなったんだからね」
「……ありす、取り引きしよう。そのことを黙ってくれたらとっておきの秘蔵写真を彼氏さんに見せることはしない」
「ありすは今更先輩にどんな姿を見られても気にしないんだなぁ」
「これでも?」
京さんはそう言ってスマホの画面を愛莉珠に見せる。
それを見た愛莉珠がスマホを奪おうとしたけど京さんがスマホをしまう方が早かった。
「どうする?」
「背に腹はかえられないか。じゃあお母さんが浮気してることは黙っておくね」
「そうして。もしもバレたら嫉妬されちゃうし」
これは突っ込み待ちなのだろうか。
バレるバレないとかではなく、本人の前で話していたら意味がない。
殺気も無くなってすごい困惑しているし。
「さてと、そろそろ大人気なく嫉妬してた人も落ち着いたみたいだし、口だけは解放してあげますか」
「ほんとにね。娘が選んだ相手なんだから信じて受け止めて欲しいよ」
「ありす、私もさく姉さんと連絡取ってるから舞翔君が彼女持ちなの知ってるからね?」
どうやら全て殺気を俺に向けていた相手を抑える為の茶番だったらしい。
さすがにそうでなければ困るようなことばかりを言っていたから安心した。
「さくらちゃんのおしゃべりさんめ」
「さく姉さん、ありすみたいな可愛い女の子苦手だったのに大丈夫になったんだよね」
「ありす限定でね。他の女の子はまだ駄目だもん」
「何そのめんどくさい彼女ムーブ。まあ仲良くなったなら良かったよ。なんか同級生には友達がいないけど、先輩には友達たくさんなつさんだって?」
「うん。先輩の彼女さん達」
「さく姉さんから聞いてたけど、大量の美少女をはべらせてるんだって?」
京さんが俺に呆れたような目を向けてくる。
これはあれかな。
うちの美少女達に「咲良ちゃん」と呼んでもらう刑かな。
存分に楽しんでもらわないと。
「お母さんが変なこと言うから先輩が怒っちゃったじゃん」
「私のせいなの?」
「そうだよ。さくらちゃんは面白がってそあ言っただけで、先輩の一途さは引くぐらいだよ? ありすのアプローチをスルーしてるし、他にも可愛い人しかいないのに彼女さんとしか本気でイチャイチャしないんだから」
珍しく愛莉珠が俺の味方をしてくれた。
こういう時の愛莉珠は俺をからかう為にあることないこと、ないこと十割増しで言うのに。
明日は雪でも降るのだろうか。
「寝てる先輩に可愛い後輩が降りまーす」
「寝起き悪いからキレるかもしれないけど、そこんとこ気をつけてな」
「ガチギレ?」
「レム睡眠だったら半ギレで、ノンレムだったらガチかな?」
「ちなみに先輩のありすにするガチギレってどういう感じ?」
「やる予定ないからわかんないけど、多分舌打ちして睨みつけて無言で二度寝する感じ?」
「あぁ、口を聞いてくれなくなる感じか。それは困るから降らないで積もるね」
目覚ましボディプレスは誰だってキレる。
だからって寝起きに隣に寝られていたら驚いてベッドから押し出す可能性もあるから気をつけないと。
「先輩を抱きしめとくから大丈夫」
「あんまり寝起きは何もして欲しくないんだけどな」
「寝ぼけてありすを襲っても不可抗力ってことで許すからばっちこいだよ」
「そういうことじゃないだろ」
多分何を言っても無駄だから諦める。
もしもの時はレンに頼んで隣でボディガードをしてもらえばいいし。
「最強の盾だ。でも恋火さんって眠り深いし、先輩の隣だと余計に安心して起きないんじゃない?」
「その時はその時だよ。ありすってそういうところ空気読めるからレンを起こさないように動くでしょ?」
「ありすへの信頼がやばい。いや、圧をかけてるのか?」
圧をかけるなんて失礼な。
俺は愛莉珠に絶対の信頼をおいているだけだ。
うん。
「あなた達、仲がいいのはわかったからそろそろ本題に入りましょ」
京さんが椅子に座らされて拘束された愛莉珠のお父さんの背後に立って俺達に言う。
確かにそろそろ本題に入って俺はさっさと帰らないといけない。
そんなことを考えていると、京さんが猿ぐつわにしていた布を取る。
「……殺す」
「やべぇなあの人」
目隠しされているからまだ顔も見てない相手にいきなり「殺す」はちょっとやばい。
オレはこれからあの人にお礼を言わなければいけないけど、聞いてもらえるのだろうか。
頑張ってはみるけど、もしもの時は愛莉珠に骨を拾ってもらうことにします。




