マンションの管理人
「なんかすごい久しぶりの気がするありすちゃん登場!」
「昨日も会ったろ。入学式おつかれ」
新しいクラスで新しい友達ができるわけもなく、特に何もなく始業式が終わり、みんなで愛莉珠の入学式が終わるのを近くのコンビニで待っていた。
すると、うちの制服を身にまとった愛莉珠が胸を張って登場した。
「一応聞いといた方がいいか?」
「そっくりそのまま返すけど、それでいいなら」
「これからも仲良くしような」
どうやら入学初日に友達はさすがにできなかったらしい。
別に去年の俺だって五月あたりまで友達はいなかったわけだから普通と言ったら普通なんだろうけど。
「これだけは言っとくけど、変な男子に声をかけられてもついて行くなよ?」
「先輩こそ、新しいクラスで女の子口説かないでよ?」
「どういう心配だよ」
その言い方だとまるで俺が出会った女の子を全員口説いているみたいではないか。
そして全員俺を呆れたような目で見るのをやめろ。
「ほら保護者、監督不行届が出てますけど?」
「こっちに振るな。お前がタラシなのが悪いんだから自分で対処しろ」
「今のは母さんに言っときますね」
愛莉珠の入学式ということで保護者代理の店長、咲良さんが来ている。
これは最近知ったのだけど、咲良さんは母さんに勝てないらしい。
理由は知らないけど、母さんの名前を出すと今のようにものすごく嫌そうな顔をする。
「お前はほんとにあの二人に似てきたな」
「褒め言葉として受け取っておきます。それでありすはバイトとして雇うんですか?」
「一応約束だからな。今となってはそこまで守る必要もないんだけど、今のこいつなら大丈夫だろうし」
咲良さんが愛莉珠の頭にポンっと手を置く。
「こいつじゃありませんー、ありすにはありすって可愛い名前があるんですー」
「愛莉珠な」
「今絶対に漢字で呼んだ!」
「ずっと気になってたけど、なんで漢字で呼ばれるの嫌なんだ?」
わざわざ聞くことはしなかったけど、愛莉珠は出会ってからずっと名前を漢字で呼ばれるのを嫌がった。
字にしたらわかるけど、言葉では絶対にわからないはずなのに。
「『愛莉珠』って『あいりす』って読めるだろ? 前に親戚の誰かに『あいりす』って呼ばれたのが嫌で気にしてるんだよ」
「別にあいりすが嫌なわけじゃないよ? でも、ありすはありすだもん。お父さんとお母さんが付けてくれた名前を間違われるのやだ」
「ごめん、想像以上に可愛い理由で反応に困る」
愛莉珠のことだから漢字が可愛くないとかそわな理由かと思ったけど、両親に付けてもらった名前を間違われるのが嫌だなんて可愛いがすぎる。
無性に頭を撫でたくなるぐらいに。
「そういえば、舎弟一号の娘達の、水萌と恋火だっけ?」
「はい?」
「なんですか?」
俺が愛莉珠の頭を撫でていると、咲良さんが水萌とレンに声をかけた。
なんだ、二人を脅すようなことをするなら今すぐに母さんに連絡するが。
「別に変なことをしないよ。二人は今もあのマンションで暮らしてるんだよな?」
「あのって言うのがどのかはわからないですけど、私と恋火ちゃんはずっと同じ場所で暮らしてますよ?」
「管理人はめんどう見てくれてるか?」
「管理人さん? そういえば最近見ないかもです。恋火ちゃんと一緒に暮らすようになってからは来ること減りました」
そういえば水萌が前に管理人の人が優しくしてくれるとか言ってた気がする。
だから一度お礼を言おうと思っていたけどすっかり忘れていた。
「そうか、まあでも仕方ないか。もう一年になるし、そろそろかな」
「もしかしてなんですけど、その管理人さんまで親同士の知り合いみたいなのあります?」
「あぁ、言ってなかったっけ。その管理人ってありすの父親だよ」
なんかものすごいカミングアウトをあっさりされた気がする。
愛莉珠の父親と言えば愛莉珠を溺愛しすぎて仕事が手につかなくなったと噂のやば……すごい人。
「事情が事情だし、水萌を受け入れるには知り合いのところが一番だろ? だからあいつに任せることにしたんだよ」
水萌の一人暮らしはイレギュラーだから確かに普通のところでは難しいかもしれない。
水萌が一人暮らしを始めた時は中学生だし、それに名字も違う。
そんなの普通はありえない。
「付け加えると、水萌を一年見守ることができたらありすと会える権利が貰えるってことにしてたんだよ」
「一年って、結構過ぎてません?」
「普通に忘れてた。うるさいから着信拒否にしてるから連絡もないし」
それは連絡がないのではなく、連絡を受け取らないようにしてるのではないだろうか。
知ってはいたけど、この人は結構適当だ。
「あ?」
「まだ何も言ってないですけど?」
「顔に出てんだよ。これだから最近の若いのは」
「若くない人ってそれ好きですよね」
「あ゛?」
怖い怖い。
元ヤンの血が騒いでいる。
元ヤンかは知らないけど。
「それよりもありすが固まってるんで説明お願いします」
「ほんとにお前の相手してるとあいつら思い出すから嫌になる」
「だけどその二人が好きですよね?」
「……否定はしない」
ツンデレだ。
だけど惜しい。
その歳ではラブコメヒロインにはなれない。
いや、逆にキャップを狙ってアリなのか?
「お前後で覚えとけよ?」
「鳥頭なので三歩歩いたら忘れます」
「じゃあ二歩までには済ます」
「やば、この人未成年に手をあげようとしてる」
「ほんとにあいつの相手してるみたいでめんどくさい。それよりも、ありすの父親の話だけど、あいつの仕事って正確にはマンションの管理人ではないんだけど、ありすと引き離す為に兼任で管理人をやらせてるんだよ。それでついでに水萌の世話っていうか、現状報告なんかを任せてた。多分あいつありすと会えないから連絡の方は適当になってたんだろうけど」
道理で水萌のことを悠仁さんと唯さんが何も知らないわけだ。
でも水萌が今も元気にしていられるのはその管理人さんのおかげらしいからそれは感謝だ。
「及第点ってことでありすには会わせてやることにする」
「俺も行っていいですか?」
「ありすがいいなら別にいいんじゃないか? 私は責任は取らないけど」
「大人の得意な責任逃れですか?」
「私は子供の何も知らないくせにマジレスしてくるのがほんとに嫌いだよ」
「それは何も知らないんじゃなくてあなた達大人が子供扱いして何も教えないんですよ?」
「ああ言えばこう言うだよ。しかも痛いところついてくるからほんとに……」
咲良さんが頭を抱えてしまった。
咲良さんのいいところはここで「子供だからわからないんだよ」みたいな大人ぶる発言をしないことだ。
返す言葉が無くなったら「子供だから」と言ってくる大人にろくな奴はいない。
こうして負けを認められる大人が一番信用できる。
「別に負けてないからな?」
「負けず嫌いだ。じゃあ引き分けでいいですよ」
「大人ぶるなクソガキが」
咲良さんにおでこをつかれた。
今のを『パワハラ』と言うのは簡単だけど、さすがにもう飽きたので話を進める。
「ありすは俺が一緒でもいい? もちろんすぐに帰るから」
「え、あぁ、もちろんいいよ? お父さんにちゃんと紹介しなきゃだし」
「俺は水萌のことでお礼言えたらそれでいいんだけど」
「大丈夫、ありすがなんとかするから」
なんだかとても嫌な予感がする。
何かはわからないけど、今までの親紹介の誰よりもやばい雰囲気が。
俺は無事に帰ることができるのだろうか。
とりあえず今日は帰り、後日また愛莉珠の父親の元に行くことになったのでした。




