プレゼントの抱き心地
「舞翔君よ、みんな居るからそろそろ出てきて。私の女の子の部分が恥ずかしさを爆発させるから」
「……」
俺を放置して話し合いをしていた蓮奈が戻ってきて俺の繭を奪おうとする。
だけど絶対に言うことを聞かない。
「みんなが舞翔君のこといじめるから拗ねちゃったじゃんか。私の香りの染み付いた毛布を恋人のように大切にして離さないよ」
「少し嬉しそうな、だけど恥ずかしい感じで言わないでくれます?」
「嬉し恥ずかし女心ってやつよ。恋火ちゃんだって自分か普段使ってる毛布を舞翔君が鎧にしてたら嬉しいでしょ?」
「別に嬉しくはないですよ。……ないですよ」
「ほんとに可愛いなぁ」
蓮奈がレンの頭を嬉しそうに撫でる。
レンは嫌がってるように見えるけど、多分内心は喜んでいる。
なんかずるい。
「おわっ、なんかねっとりとした視線を感じたぞ。粘着系ストーカーがいるぞ」
「嬉しそうに。サキ、毛布脱いだら蓮奈さんが頭撫でてくれるって」
「脱ぐ」
俺はそう言って毛布を脱ぎ、蓮奈の隣に座って蓮奈の服の袖を引っ張る。
「え、何この可愛い存在。お持ち帰りしていいの?」
「いいわけないでしょ。ちなみに今のサキは精神がもろくなってるんで、早く撫でないと本気で落ち込みますからね?」
「やばい。落ち込んだ舞翔君は可愛いがすぎるけど、見てると罪悪感がやばくなるんだよね」
蓮奈はそう言うと、俺のことを抱きしめて優しく頭を撫でてくれた。
なんでだろうか、ものすごく落ち着く。
「うちもれなたその胸に埋もれたい……」
「ボソッと何言ってるの? まーくんは本気で落ち込んでるんだからそういう目で見ないの」
「ほんと、男の夢だろうに下心が出ないのすごいよね。しおくんはドキマギするでしょ?」
「……ノーコメント」
蓮奈に包まれているから見えないけど、なんか蓮奈の背後でバカップルしてる人達が居るような気がする。
まあ今はそんなのどうでもいいけど。
「舞翔君お眠? うつらうつらしてるのも可愛いけど、私の誕生日のお祝いしてくれないの?」
「……する」
心地よすぎて寝むくなってきたけど、今日みんなで集まった本当の目的は蓮奈の誕生日をお祝いすることだ。
だから寝てる場合ではない。
だけど……
「後五分……」
「舞翔君は私のことを布団兼お母さんとでも思ってるのかな?」
「蓮奈お母さん……」
「私にそんなママみはないでしょ」
蓮奈はそう言うけど、蓮奈の包容力はとてつもない。
蓮奈に抱きしめられるとその母性にやられて甘えたくなってしまう。
「一歳しか変わらないのにお母さん扱いって複雑だね」
「れなたそはうち達のお母さんだから」
「絶対思ってないでしょ」
「普段はむしろ年下みたいに思ってるけど、今のお兄様みたいに落ち込んだ子を包み込んでる時はお母さんだよ」
「ほんとに複雑。依ちゃんが言うとからかってるようにしか聞こえないのもあるけど」
「本心だよ!」
蓮奈の言う通りで依が言うと冗談みが強いけど、今回は依の意見に同意せざるを得ない。
「そういうことにしておいてあげよう。それはそうと、水萌ちゃんとありすちゃんは何をしてるのかな?」
蓮奈が俺の背後に移動してきていた水萌と愛莉珠にジト目を向ける。
少しだけ回復した俺も水萌と愛莉珠に目を向けると、俺が脱いで放置していた蓮奈の毛布に二人でくるまっていた。
「何って、舞翔くんに包まれてる?」
「そんな『当たり前のこと聞かないでよ』みたいな顔で言えるのすごいよね。私とかわりなさい」
「や! ほんとは私一人が良かったのを仕方なくありすちゃんも入れてるんだから」
「お姉ちゃんだけにいい思いはさせないよ。ここは今、蓮奈さんと先輩と水萌お姉ちゃんの匂いに包まれた神聖な場所になってるんだから」
いつものことだけど愛莉珠は何を言っているのか。
確かに蓮奈と水萌と愛莉珠の匂いに包まれるのはいいかもしれないけど、そこに俺が入っては不純物以外の何ものでもない。
「私の毛布に二人の匂いはいらないの。後で上書きしてもらわないと」
「いや、させないですからね?」
「ふっふっふ、今日は私が主役だから舞翔君はなんでもしてくれるんだなー」
「もう十分サキを堪能したでしょ。サキの過剰摂取で胃もたれするから駄目です」
「お誕生日の私はわがままだから知らないですー」
蓮奈がレンを突っぱねる。
こうしてると年齢よりも幼く見えて、大人っぽさが無くなって可愛さが増す。
蓮奈は大人っぽさと幼さを併せ持つハイブリッドな存在。
つまり最強。
「ほら、サキが絶対に変なこと考えた」
「駄目だよ舞翔君。彼女の前で堂々と浮気なんて……」
「そういうことじゃねぇわ」
「恋火ちゃんがタメ口使ってくれたー。仲良しへの第一歩だね」
「なんかいきなりテンション上がりましたよね……」
なんかレンの疲れたような声が聞こえる。
何かあったのだろうか。
「もういいから蓮奈さんにプレゼント渡そう」
「おー、みんなが私を放置して買って来てくれたプレゼント」
「言い方にトゲありすぎですからね? ちなみに構って欲しかったんですか?」
「うーん、かまってちゃんモードでもなかったから別に?」
そういうことなら構いたい欲を我慢した甲斐があった。
俺は常にかまってちゃんになってしまったから放置は嫌だけど、人には放置されたい時もあるようなので気をつけないと。
「まあ、舞翔君を抱き枕として献上してくれても良かったけど」
「するわけないでしょ。それじゃあオレからのプレゼントは今サキを抱き枕にしてるからいらないですか?」
「舞翔君は恋火ちゃんの所有物じゃないよ。それとも恋火ちゃんは舞翔君を物としか見てないの?」
さっきまで楽しそうに話していた蓮奈が、急に声のトーンを落とす。
ほんとに優しい人だ。
「蓮奈、ありがとう。レンは本気で言ってるわけじゃないから許してあげて」
「そうやって舞翔君が恋火ちゃんを無条件で許しちゃうから酷いことを言っちゃうんだよ?」
「俺はレンのそういうとこも好きだから。蓮奈の優しいところも」
「……ずるいよ」
蓮奈が拗ねたように頬を膨らます。
可愛い。
「……オレは謝ればいいんだよな? なんか謝りたくないんだけど」
「私のことが大好きな舞翔君に免じて許してあげよう」
「どうしよう、蓮奈さんのこと嫌いになりそう」
「いいの? 私のこと嫌いになったら舞翔君に嫌われるよ?」
「そういうとこだから!」
今日一日でレンと蓮奈が相当仲良しになった。
レンに仲のいい友達が増えるのはいいことだ。
レンはもう少しみんなに心を開いて仲良くして欲しい。
「それで、恋火ちゃんからのプレゼントは舞翔君ってことらしいけど、舞翔君は何かくれるの?」
「だから違うっての!」
「じゃあレンをあげて二人で蓮奈の子供になる」
「この歳で子持ちか……」
「いや、満更でもないみたいな顔するなし……」
子供になるのは俺をここまで育ててくれた母さんに申し訳ないから冗談だけど、蓮奈がここまで喜んでくれるならたまに親子ごっこでもしてみようか。
姉弟ごっこは俺への負担が大きすぎるから二度としないけど、こうして抱きしめられてるだけなら俺も嬉しいしお互いに利点しかない。
「蓮奈へのプレゼントあるよ。レンと一緒に選んだの」
「ほんと? 楽しみ」
「待ってて」
名残惜しいけど蓮奈から離れてレンと選んだプレゼントを取りに向かう。
部屋の隅に置いていた紙袋を持って蓮奈の元に戻り、抱きつきたい欲をグッと抑えて蓮奈の前に座る。
「なんかお兄様、れなたその母性にやられて幼くなってない?」
「なってるな。可愛いからいいだろ」
「確かに」
依とレンが何か言ってるけど今は無視だ。
とりあえず紙袋から一つ目のプレゼントを取り出す。
「まずはこれ」
「ハムスターのキーホルダー?」
蓮奈への一つ目のプレゼントはハムスターのキーホルダー。
蓮奈を動物に例えた時に思い浮かぶのがハムスターだったから。
「常に持っておけるものがあれば蓮奈も寂しくないかなって思って。いらなかった?」
「そんなわけないでしょ。これがあれば明日から頑張れるよ。ほんとに」
蓮奈が大切そうにハムスターを包み込む。
嬉しいけど羨ましい。
「後で舞翔君の愛情込めてね?」
「うん。それとね、キーホルダーだけだと味気ないからこれも」
俺はそう言ってもう一つのプレゼントを取り出す。
「今度はハムスターのぬいぐるみじゃないか」
「人と会いたくない時に寂しさを紛らわせられればって思ったんだけど、蓮奈が完全に一人がいいって言うならこれは──」
「絶対に返さないからね?」
渡したぬいぐるみを引き取ろうとすると、蓮奈が抱きしめて俺から遠ざける。
「嬉しい。毎日抱きしめるね」
「うん」
蓮奈がぬいぐるみを抱きながら満面の笑みを向けてくれた。
俺のポジションが奪われたのはちょっと寂しいけど、蓮奈が喜んでくれたのならそれでいい。
なんか俺からのプレゼントみたいに見えるけど、レンからのでもあることは忘れないで欲しい。
「じゃあ次はうち達だ!」
「……ほんとにあげるの?」
「もち!」
俺達の分が終わったので次は依と紫音がプレゼントを渡すらしい。
問題のアレを。




