番外編 浮気ごっこ
「恋火ちゃん、浮気ごっこしよ」
「どうした紫音、病んだか?」
よりに呼び出されてメイド服を着せられたオレは、よりに呼び出された紫音と二人でよりの部屋でサキがよりのお父さんと話終わるのを待っている。
だけど紫音がよりの行動によって不安になりすぎて病んでしまったらしい。
「紫音、よりは確かに頭がおかしいけど、悪いやつじゃないんだよ。だから諦めないでやってくれ」
「違うよ! 僕は依ちゃんのこと好きだもん。ただ、依ちゃんってまーくんのことが今でも好きでしょ? 一応は僕と恋人になったのに、好きなまーくんと一緒に居るのって浮気みたいだなーって思ったから僕もやってみようかなって」
言いたいことはなんとなくわかるけど、浮気されたから自分もしてみるのはどうなのか。
相手にされたらどう思うのかを教える意味合いならわかるけど、より相手にそんなことをする必要はない。
「サキじゃないんだからそんなことしたらより泣くぞ?」
「ちなみにまーくんだとどうなるの?」
「想像だけでしゅんとして、多分実際にやったらめっちゃ可愛くなる……紫音、浮気しよう」
サキが泣き出しそうな顔でオレの腕を掴んでくるところなんて見たい以外ない。
普段のお返しになるんだろうけど、サキの場合は本気で悲しむからオレも加減しなきゃだけど、見たいものは仕方ない。
「恋火ちゃんってほんとにまーくんの困る姿とか好きだよね」
「だってあいつ顔色全然変えないんだもん。それが捨てられた子犬みたいな顔するんだから見たいだろ」
「言いたいことはわかるけど、まーくん……も恋火ちゃんに困らされるの好きだからいいのかな?」
そう、サキはオレにからかわれて困るのが好きだ。
つまりこれはお互いウィンウィンだからむしろ推奨されること。
「普段はオレがやられてるんだからいいだろ」
「やばい人の考え方だ。まあ普段の二人を見てると恋火ちゃんがやり返しても違和感ないけど」
「だろ? まあ結局サキを困らせられたとしても可愛さに負けるんだけど」
サキの可愛さに勝てるやつなんてオレ達の中にはいない。
彼女の贔屓目とかではなく、オレ達はみんなチョロいからサキのギャップにやられてしまう。
そもそもサキを困らせることができないからめったに見れないせいなのもあるけど。
「まーくんってほんとに可愛いよね。人のこと可愛いって言う前に自分の可愛さに気づいて欲しい」
「絶対無理だろうな。サキって自己肯定感低すぎるから」
サキは自分のことを低く見すぎだ。
オレ達みんなを救っているのに、自分は何もしていないと本気で思っている。
サキがいなければオレは今も水萌とすれ違いを続けていただろうし、こんな話をする友達なんて絶対にできなかった。
「でもそこがまーくんのいいところではあるけどね」
「まあ確かに自信満々なサキとか好きになれたかわからないし」
「それは僕もかも。まーくんは自分に絶対の自信がないところがいいんだよね。僕達の気持ちにも寄り添ってくれるし」
自信満々なサキも見てみたいけど、それは今のサキを見てるから言えること。
もしも「俺がお前らの悩みを解決してやるよ」みたいに言われてたら距離を置いていたと思う。
ほんとにサキが卑屈で良かった。
「だけど少しは自分に自信を持って欲しいって思ってるんだから僕達ってずるいよね」
「いや、極端なんだよ。オレは無しにして、紫音達はサキを好きってことを隠してないじゃん? だから好かれてる自覚ぐらいは持って欲しいわけなんだよ」
「なんで恋火ちゃんを無しにしたのかは聞かないけど、それは思う。なんで僕達の悩みには寄り添って簡単に解決するのに好かれてる自覚はしてくれないんだろうね」
「これはあくまで予想だけど、サキって自分のこと低く見てるから、好意を受けても自分にはそんな資格がないとか、自分みたいな低いレベルの人間が好かれるわけがないって本気で思ってるんだと思う」
言っててなんか腹が立ってきた。
やっぱりサキはもう少し自信を持った方がいい。
だけど紫音達の好意を理解して好きにはならないで欲しい。
サキの一番はオレのままがいい。
「なんか可愛いを感じた」
「気のせいだ」
「にまにま」
「その擬音やめろ、なんか水萌みたいで腹立つ」
紫音がにまにましながらオレのことを見てくる。
とてつもなく腹が立つので軽くデコピンをしてやった。
「いたぁい」
「どっかの彼女よりも可愛い反応だな」
「それは恋火ちゃんが依ちゃんに手加減しないからでしょ?」
「してるが?」
「信頼の差かな。ちょっと嫉妬」
紫音が頬を膨らませながらオレを見てくる。
なるほど、確かにこれはサキが可愛がるのもわかる。
「むぅ」
「余計に可愛くならなくていいよ?」
「むぅぅぅぅぅ」
「わざとか? そういうのはより相手にやればいいのに」
「むぅ……」
どうやら恥ずかしくてできないらしい。
こんな可愛い彼氏がいるのにどっかのアホはどっかの女たらしと浮気中ときた。
これは本格的に紫音と浮気ごっこをすることを考えないとかもしれない。
「あ、そういえば紫音はまだか」
「むぅ?」
「それもういいから」
「間違えちゃった」
「はいはい、可愛い可愛い」
「なんか恋火ちゃんもまーくんに似てきたよね」
紫音が呆れながら言うが、それは素直に喜んでいいのか貶されたことを怒った方がいいのか。
顔は正直だから素直に喜んでおくことにする。
「にまにまー」
「うっさい。それよりちょっとこっち来て」
「なーに?」
「君はほんとにいちいち可愛くならないと気が済まないのかよ」
これを無意識でやっているのだからほんとに怖い。
たまに黒くなるけど、それもギャップで良さに変わる。
サキはよくこんな可愛い存在がいるのにオレ一筋をブレさせないものだ。
「またやるよ?」
「ごめんて。それよりもこれ見て」
オレはそう言って首に巻いたスカーフを少しだけめくって紫音にうなじを見せる。
「痛そう……」
「別に物理的な痛みはもうないよ。同情されたら心が痛いけど」
「僕に恋火ちゃんの痛みはわからないよ。だけど、お友達が辛いことを話してくれたなら悲しむことはしていい?」
「辛いことか、まあわかるよな」
紫音はもちろんオレが常にフードを被っていたことを知っている。
だからその理由がこの火傷だと理解するのはたやすい。
そして隠していたということはオレが気にしていたこともわかるだろう。
「話したくなかったけど、僕達には話さなきゃってなって教えてくれたんでしょ? 無理させてごめんね」
「別にもうなんとも思ってないから平気なんだよ。サキもこれを含めてオレのことを好きって言ってくれたし」
自分で言ってて頬が緩む。
ほんとにいいやつと出会えて良かった。
「そっか。僕も恋火ちゃんのこと大好きだよ」
「お、浮気ごっこか?」
「ほんとにやる? 多分まーくんと依ちゃんは軽く越えてくると思うけど」
「奇遇だな、オレもそう思う」
そうして二人で笑い合っているとサキとよりが部屋に入ってきた。
そして案の定というか、手を繋いで入ってきやがった。
多分よりが手を握ったくせに照れて、サキの方は悪びれた様子がない。
ほんとにこいつらにはいつか痛い目を見せないとわからないようだ。
楽しみにしてろよ。




