番外編 レンの相談所【来店理由】彼氏との不安
「れんれんはメイドと執事どっちが好き?」
「絶対に開口一番に聞くことじゃないだろ」
今日は紫音くんとお兄様がデートをしてるとのことで、うちはれんれんを家に招待してお家デートをしている。
相談したいこともあったし、とりあえずれんれんが好きなコスプレをしようと思う。
「え、もしかしてナースとかがいいの? それともチャイナ服とか? あ、女警官か」
「どれも違うから」
「そうなるとエルフとかサキュバスみたいなファンタジー系? 吸血鬼とかもいいね」
そういう意味で言ったわけじゃないけど、なぜか吸血鬼は少し惹かれるものがある。
絶対にやらないけど。
「何か話しづらいことでもあんの?」
「お姉さん、勘のいい子は嫌いだよ」
「あ? 誰がお姉さんだって?」
「れんれんお姉ちゃんこわいよぉ」
怖い顔のれんれんお姉ちゃんに抱きつく。
振りほどかないあたり、れんれんもやぶさかではないと──
「調子に乗んな」
「ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
うちの頭が割れた(みたいな衝撃を受けた)。
久しぶりにれんれんのデコピンを受けたけど、やっぱりこれは兵器だ。
「より直伝なんだが?」
「打ち方を知ってるからって誰でもホームラン打てるわけじゃないでしょ!」
「例えが上手いな」
「うるさい! うちを傷つけた罰としてメイドさんになって御奉仕して!」
「いいよ」
「ふっふっふっ、れんれんに断る権利は……いいの!?」
絶対に断られると思ったのにまさかの了承。
もしかしたられんれんもメイドさんになりたかったのかもしれない。
言ってくれたらいつでも服を貸すのに。
「あ、もしかしてお兄様への御奉仕の練習がしたかったり?」
「次はどこがいい? やっぱり見えないお腹?」
「拳を構えながら言うのやめて。見えないところにやり出したらほんとのいじめだからね?」
冗談だろうけど、れんれんが本気でうちのことを殴ったらどうなるのか。
ちょっと興味本位で受けてみたい感じはあるけど、受けたらうちは生きてられるのか。
確かに昔れんれんに、人はどこをどう攻撃したら痛いのかを教えたけど、よくもまあこんなに覚えていて、全てを再現できるものだ。
正直、教えたのはうちの実体験にもとづくものだから、昔がフラッシュバックするから怖いけど、れんれんにその記憶を上書きしてもらってるとも言えるからなんとも言えない。
「早くしないとオレの気が変わるよ?」
「いじめの気は変わっていいけど、れんれんのコスプレは絶対に見たいからちょっと待って。一分で準備するから」
そこからのうちは早かった。
おそらく人生で一番高速で行動したと思う。
初めて部屋の中だけで行動したのに息切れしたぐらいに。
「こ、これ……」
「ガチ疲れしてんじゃん。ガチさがマジな時のサキみたいで腹立つんだけど」
「ご、ごめ、ん。ちょっと、突っ込む元気ない……」
いくらなんでも本気を出しすぎた。
れんれんがせっかく惚気話で場を和ませようとしてくれたのに、息を整えるので必死になってしまった。
「お疲れみたいだしさっさと着替えて御奉仕してあげよう」
「え、うち、今日死ぬの?」
あのれんれんが自らメイド服を着ることが意外すぎるのに、まさかうちに御奉仕を本気でしてくれるなんてどういう風の吹き回しなのか。
もしかしたらうちが明日死ぬことを予知して、だから最期にうちの喜ぶことをしてくれるのか。
だとしたらうちの人生に一片の悔いは……あるけど、ついでに解決してもらおう。
「って、れんれんがおもむろに服を脱ぎ出しただと!?」
「まだパーカーのファスナー下げただけな?」
「ほ、ほんとにれんれんの綺麗な柔肌をうちが見ていいの? お兄様に消されない?」
「……」
「無言やめて! え、ほんとに大丈夫? うちが死ぬ理由ってれんれんの柔肌見てお兄様に消されるからなの?」
さすがに本気で消されるなんて思ってないけど、お兄様はれんれんのことになるとガチでキレるのが容易に想像できるから怖い。
でもいくらお兄様でもうちがれんれんの柔肌を見たからといって、ガチギレするとは思えない。
嫉妬はされるかもだけど。
「それならウエルカムなのに」
「サキは怒らないかもだけど、心配はするかも」
「心配? うちがれんれんの柔肌を見て出血多量でこの世を去る可能性……の方があるくない?」
「よりがそのままアホでいてくれたらオレも楽なんだけどな」
なんかさりげなくもなくディスられた。
うちは本気で自分の身を案じているんだから少しは心配してくれてもいいのに。
「じゃあ今から服脱いでくけど、絶対に一人で暴走しないって約束しろ」
「興奮したら駄目ってこと?」
「興奮して鼻血吹くのはよりの部屋だから勝手にしていいよ。オレが言いたいのは、何があっても勝手な思い込みをするなってこと」
「どゆこと?」
「よりはアホでいてってこと」
全然意味がわからない。
だけどれんれんの顔にふざけてる様子はなく、だからこそ余計に謎だ。
「百聞は一見にしかずってやつだな」
れんれんはそう言ってフードを脱いだ。
「れんれんの顔をちゃんと見たのって小学生ぶり? やっぱり可愛いよね」
「うるさい。可愛い顔のやつに言われても嫌味でしかないんだよ」
「褒めんなよ。それよりも可愛い顔を見たらうちが興奮するから心配だったの? 確かに可愛いけどうちはそこまでチョロくは……」
れんれんがうちに背中を向けて脱いだパーカーを畳み始めた。
わざとなのか、うちに見えるようにしている気がする。
れんれんは反応するなと言っていたけど、そんなのは無理に決まっている。
だって……
「れんれんのうなじの破壊力やば……」
「オレはよりのそういうところ結構好きだよ」
「れんれんに告白された! やばい、お兄様に嫉妬されちまうぜ」
「ほんと、サキの次に大好きかも」
「やめろよ、うちには紫音くんっていう心に決めた人がいるんだから」
大丈夫なはずだ。
多分れんれんには気づかれてない。
れんれんもそれを望んでいるようだからうちが触れることでもない。
だからうちはアホでいればいい。
あの火傷の跡はうちには関係ない、うちは友達としてれんれんが触れて欲しくないだろうからわかってはいるけどスルーをしてる子を演じればいいんだ。
「今日オレが呼ばれたのって、その紫音と上手くいってないからだろ?」
「え、あぁ、そうかも? 上手くいってないって言うか、紫音くんってうちのこと本当に好きなのかなーって思って」
れんれんの火傷は一旦忘れる。
うちが耐えられなくなったらお兄様に相談すればいい。
きっとお兄様ならうちの気持ちも理解した上で最適解を出してくれるから。
「紫音はよりのこと好きだろ。むしろよりは紫音のこと好きなの?」
「す、好きだよ?」
「そこで恥ずかしがるから紫音も心配になるんだろ。よりは最初が悪いんだよ。サキから聞いたけど、なんでわざわざサキに告白なんてしたんだよ。照れ隠しでももう少しあったろ」
れんれんに呆れ顔で言われたが、ぐうの音も出ない。
うちだってあの時を毎日やり直したいと思っている。
紫音くんがうちのことをす……きなのはわかるけど、少し壁を感じるのはそれのせいだ。
つまりうちが悪いんだけど、優しい紫音くんは自分のせいだと思っている。
「でも、れんれんだってわかるでしょ? 好きな人から告白されたら恥ずかしくて変なこと言っちゃうよ」
「確かにオレも告白された時は固まって動けなくなったからな。多分相手がサキじゃなかったら呆れられて水萌と付き合ってたと思う」
れんれんとお兄様の馴れ初めは水萌氏から愚痴られたことがあるから知ってるけど、一度断ってキープをしてから結局付き合ったとのこと。
確かにそれなら同じぐらい好きであった水萌氏になびくのが普通ではある。
「でもオレはあの時サキのことを好きってちゃんと伝えてはいたから」
「みんながみんな好きな相手に本心をそのまま言えるわけじゃないよ……」
「それはそうだけどな。じゃあせっかくの機会だし、今日は本音デーにしたら?」
「それってつまり、デート中の紫音くんを呼んで本音で語り合うってこと?」
「そう。ついでにサキも呼んで感想聞いてやる」
れんれんがそう言ってメイド服への着替えを完了する。
ちょっと想像以上に似合ってて可愛い。
れんれんは顔立ちが少年のようで、メイド服を着るとギャップ萌えがすごい。
「よりも一緒に着て紫音をお出迎えしたらいいさ」
「え、無理」
「遠慮するな。きっと紫音も惚れ直してくれて、普通の恋人関係になれるから」
「ほんと?」
「もちろん」
れんれんがまっすぐうちの目を見て言ってくれた。
なんだろう、顔は真剣なのに内心は笑ってそうで怖い。
だけどれんれんもせっかく着てくれたんだからうちも着る。
それで紫音くんが喜んでくれるならメイド服の一枚や二枚ぐらい着るのが立派な彼女というものだ。
そういうことでれんれんの口車に上手く乗せられたうちは予備のメイド服に着替えてからお兄様に連絡を入れた。
紫音くんに連絡するのは少し気まずかったから。
結果は万々歳になったけど、うちはこれから紫音くんの本気に耐えられるのか心配になったのでした。
ちなみになんで予備のメイド服があるのかというと、紫音くんのメイド服姿が似合っていたから、貸し出し用としてもう一着買い足したからだ。
これで二人のメイドさんに御奉仕してもらうことができるという寸法だ。




