好きの証明
「あー、メイドさんが紫音くんと密会してるー」
「別にお互いのパートナーについての愚痴を話してただけだよ」
依からの見えない攻撃によって一撃で気絶した吾郎さんを放置して依の部屋に来ると、紫音とメイド服姿のレンが何かを話していた。
多分紫音が依のことを話していたんだろう。
決して俺の悪口を言ってたわけじゃないと信じている。
「つーかお前らの方が言い訳が必要なことしてんだろ」
「ん? 何が……」
レンにジト目を向けられ、依が慌てた様子で俺の手を離す。
「ち、違うの、これはお兄様がうちの手を握りたいって言ったからで」
「つまり握りたいって言ったらおかわり可能ってことな」
「ちゃうわ!」
現地を取ったので依の手を握り直したら振りほどかれてしまった。
「ほらそこ、恋人の前でイチャつかない」
「れんれんの調教がなってないからでしょ!」
「言って聞くならオレだって言うさ。だけどサキに聞く耳なんてないし」
「そこをなんとかするのがれんれんの役目なの!」
呆れ顔のレンとむう顔の依が何か俺の悪口のようなことを話しているけど、気のせいだよな?
そんな堂々と悪口を言われたら俺の豆腐メンタルが崩れ落ちるけど?
「ぶっちゃけさ、サキって抑え込むよりものびのびとさせた方がいいと思うんだよ。オレはそういうサキが好き」
「惚気られたんですけど。まあ言いたいことはわかるけどさぁ……」
依が不貞腐れながら俺の足を叩いてくる。
「俺の悪口大会終わったなら本題入ろう。紫音もなんか元気ないし」
紫音の元気がない理由がなんとなくわかる俺からしたら今の雰囲気をさっさと変えたい。
だけどそもそもの話で、俺達がここに呼ばれた理由を聞いていなかった。
「そだね。ちょっとお兄様と紫音くんに話したいことがあったんだよね」
「何?」
「うちと紫音くんはお付き合いをしてるわけじゃないですか」
「そうだな」
「だけど最近の紫音くんを見てると、うちの反応のせいで不安にさせてると思うのですよ」
依がそう言うと、紫音が肩をビクッとさせる。
ちょうどここに来る前に紫音と話していたことなので俺も少し驚いた。
「気づいてたの?」
「そりゃあ一応か、彼女です……しぃ……」
依が言いながら俺の背中に隠れる。
なんなのかこの可愛い生物は。
「サキ、オレはのびのびしてるサキが好きとは言ったけど、彼氏持ちの女に浮気するのを許可した覚えはないぞ」
「大丈夫、レンから見ても今の依可愛いでしょ?」
「それなりに」
「そういうこと」
「どういうことさ!」
なんか依が俺の背中をポカポカと叩いてくる。
結局『可愛い』は万国共通で、老若男女問わずみんなが感じる感情なわけで、仕方ないということだ。
「一応付け足すと、やってることは可愛いんだけど威力は可愛くないんだよな」
「安心しろ、たとえ傷ができてもオレが愛してやる」
「かっこよくて惚れ直しちゃうわー」
「棒読みやめろ。なんだ? サキはオレに傷が増えたら嫌いになるのか?」
「なんで?」
「心底意味がわからないって顔をありがとう」
レンが嬉しそうに言うけど、実際心底意味がわからない。
レンに傷が増えたら心配するけど、なんで嫌いにならなければいけないのか。
「ほんとに君達はどこでも変わらずイチャイチャするよね」
「依もすればいいじゃん」
「あのね、普通は恥ずかしくて人前じゃそういうことしないの」
「そうやって自分の気持ちに嘘をつくからすれ違いを起こすんだよ」
「その通りだけど、さすがに無理。恥ずか死ぬ」
依が紫音のことを俺の背中からチラチラ見て、紫音と目が合った瞬間に俺の背中に隠れる。
まあ確かにこれはこれで見てて面白いからいいのかもしれない。
「ていうかそれはいいんだよ。それよりも依は紫音を不安にさせて楽しんでたって話は?」
「楽しんでないわ! 多分さ、紫音くんはうちが実は紫音くんのことを好きじゃないとか思ってない?」
「……違うの?」
依が俺を盾にしながら顔だけを出して紫音に聞くと、紫音が今にも消え入りそうな声で答える。
「違うから。あれだよね、告白を受けた時の反応が悪かったよね。お兄様に振られたから紫音くんの告白を受けたみたいにしちゃって」
確かにいくら照れ隠しにしたってあれは酷い。
俺を使うのは別に構わないけど、告白された後に違う男に告白をして振られたから付き合うなんて最低以外の何ものでもない。
「なんだろう、お兄様の中でうちの評価がどんどん下がってる気がする」
「気のせい気のせい」
「絶対に違うよ、まあいいけど。えっとね、うちは確かにお兄様のことが好きだったけど、れんれんとお兄様が付き合った時点で諦めてたんですよ。そもそもお兄様と付き合おうなんて大それたことは思ってなかったし」
「それならわざわざ告白なんかしないで紫音の告白受けとけよ」
「うちなりのケジメだよ。とか言ったらお兄様は何も言えないよね?」
言えるわけがないに決まってる。
依の俺への気持ちが本気だったらそれを踏みにじることなんて俺にする権利はない。
「まあ実際は照れ隠しなんだけどね」
「なんかごめん」
「いや、ほんとに照れ隠しだからね?」
「気を使わせてごめんなさい」
「うわぁ、出たよ。お兄様の相手を勝手に悪者にして自分を正当化する遊び」
「焦る子は三割増しで可愛いものだからつい」
実際のところは相手の顔を伺っているだけだ。
もしも本当に相手を傷つけてしまっていたのなら謝らなきゃだし。
嘘をつけない俺は本音で気付かぬうちに相手を傷つけることもある。
だからそういう感じが見えたら即座に謝るようにしている。
もしも勘違いなら焦った姿が見れてそれはそれで俺得だから。
「なんかずるいよね」
「策士と言え」
「それはそうと、とにかくうちは紫音くんのこと……しゅきだから!」
依の顔がみるみる赤くなっていく。
はい、せーの──
「可愛い」「「あざとい」」
「そこのバカップル!」
「おいレン、そこはちゃんと『可愛い』って言わないと」
「いやいや、責任転嫁をするんじゃないよ。サキこそ『可愛い』って言わないと」
「まーくん、恋火ちゃん、素直に言うと?」
「「え? めっちゃ可愛かった」」
俺とレンがハモって言うと、なぜか俺だけが背中に理不尽の拳を受ける。
そろそろほんとにキズモノにされかねない。
「紫音、俺の背中が痣だらけになる前に君の可愛い彼女をどうにかして」
「でも、依ちゃんが一番可愛いのはまーくんにいじめられてる時だし」
「今は俺がいじめられてんの。今なら依がなんでも本心で話してくれるって」
「ちょっ、何を勝手なこと──」
依が俺の後ろから消えた。
恐ろしく速い紫音によって押し倒されたようだ。
「し、紫音くん? あのね、ここでそんな大胆なことはね、駄目だからね?」
「依ちゃん……」
「紫音くん、目がマジだよ? 駄目だからね? そういうのはもう少し時間を置いてからで、それでいて二人っきりの時で、あの……」
紫音に肩を掴まれてジッと見つめられている依が目をキョロキョロさせている。
そして依が意を決したように目を閉じて……
「依ちゃんは本当に僕のこと好き?」
「来るならこ……にゃい?」
「やっぱり……」
「ち、違うよ! 好き! 好きだけどちょっと想像と違って驚いただけ」
「何を想像したんだー?」
「したんだー?」
「うるさいバカップル!」
俺とレンの煽りを受けた依が顔を真っ赤にして叫ぶ。
なんか依がメイド服なのもあって、ちょっとやばいことをしてるように見えていけない。
これではどこかの妄想がすごいメイドさんと同じになってしまう。
「ほんとに好き?」
「好きだよ。……証拠をくれてやる!」
依はそう言って紫音を抱き寄せた。
そしてすぐに離れるが、依も紫音も耳が真っ赤になっている。
「し、信じてくれた?」
「……」
「あ、これはもしややりすぎたやつか──」
紫音が顔を近づけたことによって依の言葉が止まる。
後ろからでは何をしてるのか見えないけど、長いのでレンと一緒に静かに部屋を出た。
見えないからわからないけど、背中に助けを求める視線を感じたような気がしたけど、見てはいけない気がしたのでレンと仲良く廊下で待つことにした。
一体何が行われていたのだろうか。
俺にはまったくわからないや。




