真実の謝罪
「本っ当に申し訳ありませんでした」
「いやいや、俺はもう十分謝ってもらったんで大丈夫ですよ」
紫音と一緒に依の家にやって来た俺は、いつも通り依を軽くいじって遊んでいると、そこに依の父親である吾郎さんがダイビング土下座をしながらやって来た。
やっとの思いで吾郎さんを動かすことに成功して客間に案内されたけど、ここでも土下座をされる。
ちなみにレンと紫音は先に依の部屋に向かった。
「というか俺が謝られるのってなんでですか?」
「形だけとは言え、うちの妻が坊ちゃんに暴力をしたと聞いたんで。それ以外にも色々と……」
吾郎さんが頭を下げながら気になることを言う。
「坊ちゃんってなんですか?」
「そっちが先に気になるあたりが兄貴の息子ですよね」
また新しい気になることを言われた。
まあさすがに『兄貴』は父さんのことだろうけど。
「そういえば吾郎さんは母さんの自称舎弟なんでしたっけ?」
「俺は本気で思ってますよ。姐さんに力で負けて、兄貴に心で負けたあの日、俺は二人のことを敬愛すると決めたんです」
吾郎さんの顔が上がり、表情が明るくなったのが見える。
「だからそんな二人の息子だから舞翔坊ちゃんです」
「じゃあそれ次に言ったら母さんに『舎弟の人に変なあだ名付けられた』って言いつけますけど大丈夫ですか?」
「それだけはご勘弁を!」
吾郎さんがまたも盛大に頭を下げる。
その際に下が畳のはずなのに「ゴンッ」という音が聞こえた気がするけど、さすがに気のせいだと思うことにした。
「お兄様は変わらないね」
「何が?」
「ちゃんと嫌なことは嫌って言えて偉いってこと」
「馬鹿にしてる?」
「褒めてんの。うちにはそれが出来なかったからさ」
メイド服姿の依がどこか寂しそうに言う。
依はそう言うが、そういうのは環境がそうさせるから仕方ないところはある。
俺の場合は両親が二人とも放任主義で自由に育ってきたのもあるから言いたいことを言えるところはあるけど、依のように小さい頃から決められたことしか出来なかったのなら無理もない。
「あ、お兄様が怒る前に言っとくけど、お父さんはうちとれんれんには謝ってるからね?」
「当たり前だけど良かったよ。もしも俺には謝っておいて一番の被害者の依とレンに謝ってないってなったら……」
「な、なったらどうなるんですか?」
「お父さん、聞かない方がいいよ。多分お父さんが一番困ることを言われて、それが一番困るってお兄様が判断したら返答次第で本当にやるから」
吾郎さんの顔が一気に青ざめた。
依は失礼なことを言っているけど、俺は別に依とレンに謝ってないなら母さんに言おうとしただけだ。
吾郎さんは母さんに頭が上がらないようだし、それが一番効果的だろうし。
「そういえば店長とも関係あるんでしたっけ?」
「店長と言うと、大姉御の三上先輩ですか?」
「大姉御とか店長の名字が三上って言うのかは知らないですけど、多分そうです」
「やっぱり兄貴の息子なんですね……」
吾郎さんの顔が引き攣っていく。
一体父さんは吾郎さんに何をしたのか。
父さんのせいで俺がヤバいやつみたいになってしまった。
「後で父さんに文句言っとこ」
「兄貴の文句を言えるのも舞翔さんだけですよ」
「さん付けなんてやめてくださいよ」
「よ、呼び捨てなんて恐れ多い。ち、ちなみに、悠仁のやつは舞翔さんのことをなんて呼んでますか?」
「名前に君付けです」
「あいつ凄いな。そのチャレンジ精神は尊敬するけど、いつもそのせいで痛い目みてることをそろそろ自覚すればいいのに」
吾郎さんが一人でぶつぶつ喋り出す。
少しずつ関係性が見えてきたけど、どうやらカースト的には一番上に店長か母さんがいて、その次に唯さんで、一番下が悠仁さんと吾郎さんのようだ。
父さんはよくわからないから省く。
「ちなみにさん付けした場合も姐さんに言いますか?」
「吾郎さんがどうしてもって言うならさん付けでもいいですけど、坊ちゃんじゃないなら母さんに言うことはしません」
「わかりました。じゃあ舞翔さんで」
このさん付けは俺への罪悪感からなのか、父さんと母さんへのきょう……敬愛からなのか。
どっちにしろ俺に対してそんな下手に出る必要もないのに。
「なんか、あれですね。舞翔さんは兄貴と姐さんを足して二で割った感じですよね」
「そうなんですかね。それを言うと、依はどちらにも似てない感じですけど」
「確かに俺とあの人の子供にしてはいい子過ぎますね。ちなみに隠し子とか、養子とかではなくて、本当に実の娘ですよ?」
吾郎さんが薄く笑いながら言う。
似てないとは言ったけど、昔はどうあれ、今の吾郎さんしか知らない俺からしたら、真面目なところは依と似ていると思う。
依と違って静かな感じはするけど。
「こういうのは言わない方がいいんでしょうけど、俺とあの人はいわゆる政略結婚ってやつで、恋愛感情とかないんですよ。それも一回俺が捕まりそうになったから白紙になりそうだったんですけど、多分全部揉み消されたからそのまま結婚することになったんです」
どうやら本当に依はいいとこのお嬢様のようだ。
やっぱりこれからは依のことを『お嬢様』と呼ばなくてはいけない。
まあ人のことを『お兄様』と言い続けてる依だから別にいいだろう。
「これは言い訳なんで聞き流してもらっていいんですけど、その捕まりそうになったってのが兄貴と唯さんを拉致ったやつで、俺の意思ではなかったんです」
「だからか」
母さんが父さんを拉致されて今もその犯人と関係を持っているのは、いくら父さんが母さんに告白したきっかけだからっておかしいと思った。
実行犯が吾郎さんなだけで、裏に指示出しをした本当の犯人がいるなら母さんが吾郎さんを許してるのに納得がいく。
「結果じゃなくて過程を見てくれるのが姐さんのいいところですから。それで、まあ、結婚はしたんですけど、正直俺は親の仕事とか興味なかったんです。だけどちょうど将来について考え始めるところで親が倒れまして」
「もしかして?」
「多分そうです。証拠はないですけど」
ほんとにトンビが鷹を産むというやつなのか。
なんでそんなクズみたいな母親から依みたいないい子が生まれるのか。
「親が倒れてからは忙しくなって将来をゆっくり選ぶ時間なんてなくて、一応親の仕事については教え込まれていたんで継ぐ以外に道が無くなったんです」
「それも全部計画通りと」
「そうなんでしょうね。忙しくて、疲れて、依が産まれたのもあの人の計画通りだったんでしょうね」
心身ともに疲れた時に甘い言葉をかけて起こる一夜の過ち。
こうして聞くと一番の被害者は吾郎さんになる。
だから母さんが許したんだろうけど。
「まあそこだけは感謝してます」
「と言うと?」
「だってそれがなければ俺は依と出会えてなかったわけですし。依も吾郎さんも大変な思いをしたんでしょうけど、俺は依と出会えたことを本当に嬉しく思ってます」
俺が依と出会えたこと。
それだけはあの人の策略に感謝しなければいけないことだ。
「なるほど、大姉御の言った通りだ」
「また新しい名前が」
「舞翔さん。今度は依の親として謝罪と感謝を伝えさせて欲しい。依と出会ってくれて、そして依の心を助けてくれて本当にありがとう。依のことをこれからもお願いします」
吾郎さんが今度は丁寧に頭を下げる。
「依とはこれからももちろん友達として仲良くしていきます。だけど、それは俺に全てを丸投げするってことですか?」
「兄貴にも絶対にそう言われたでしょうね。いいえ、これからは俺も依を見ていきます。それとこれは噂程度でしか聞いてないんですけど、依に彼氏ができたと……か」
吾郎さんが消えた。
正確には机で見えなくなってしまった。
急に倒れたせいで。
「依よ、照れ隠しで父親を気絶させるなよ」
「う、うるさい! お兄様がなんか色々言ってた時から駄目だったのに、お父さんが変なこと言うからキャパオーバーしたの!」
依が頬を赤くしながら俺にむぅ顔を向ける。
とりあえず「可愛い可愛い」とだけ伝えて吾郎さんを仰向けに寝かせてから恥ずかしくて泣いているメイドさんの手を引いて依の部屋に向かったのでした。




