不安の先に
「まーくん、今日はありがとね」
「別にお礼を言われることではないだろ。俺があげたんだし」
無事にホワイトデーのお返しとして『何でも言うことを聞く券』を渡した俺は、今日その券を使った紫音と一緒に出かけることなった。
紫音いわくデートらしいが、男同士でしかもお互いに彼女がいるのにそれはいいのだろうかと思ったけど、レンは「眠いから勝手にどうぞ」と適当に言われてしまって、依にいたっては「デートの感想よろしくね!」と、むしろ送り出してきた。
俺としても何でも言うことを聞くと言っている以上は断ることはできないし。
「どこか行きたいところあるの?」
「別にないよ? ただ久しぶりにまーくんとお出かけしたいなーって」
「久しぶりって、俺と紫音が一緒に出かけたことある?」
忘れてるならごめんだけど、俺の記憶の中では紫音と二人で出かけたことはないはずだ。
登下校を含めたらあるけど、それも二人きりではないし。
「出かけたことはないけど、一緒に遊んだことはあるでしょ?」
「それはあるな。小さい頃とか最近は思い出してきたし」
小学生に上がる前に俺は紫音と遊んでいた。
少しずつだけどその時の記憶も思い出してきて、ベンチに座って日向ぼっこをしていたり、意味もなく公園の中を歩いてたりしてた気がする。
「つまりそういうことだよ」
「どういうことだよ。要は一緒に居たってことを言いたいの?」
「よくわかったね。あえてわかりにくいように言ったのに」
「ほんとに悪い子に育ったよな。昔はあんなに真っ白ないい子だったのに……」
昔の紫音は『善』の塊だった。
多分自分が散々女子扱いされて嫌な気持ちをしてきたから、人には同じ気持ちを与えないようにしていたんだと思う。
それが今ではこんなに腹黒に育ってしまって。
「今の僕嫌い?」
「割と好き」
「やっぱりまーくんも辛口で言われるのが好きなの?」
「そういう意味じゃないから。あれだよ、全部を従順にされるよりも、言い返される方が信用できるだろ?」
何でもかんでも受け入れて従う人間は何を考えているのかわからなくて信用ができない。
逆に反抗してくる人間はめんどくさいけど、その分自分の考えを素直に伝えてるわけだから信用できる。
「でもさ、お淑やかな子? が好きなんでしょ?」
「蓮奈が言ってた?」
「うん。蓮奈お姉ちゃんとまーくんみたいな人達はそういう子が好きって」
「否定はしない。だけどそれは二次元の話な? アニメとか漫画ってキャラの心の声が全部聞こえるから」
そりゃあ相手が何を考えているのかがわかるなら従順ないい子の方が好きに決まっている。
だけど現実ではそういう子が考えてることまでいい子とは限らない。
だからめんどくさくても自分の気持ちを何でも言ってくる子の方を信じてしまう。
「まーくんは中身重視だもんね」
「普通は……違うんだっけ。実際さ、依なんかは見た目は陽キャの美少女だけど、中身はただの変態オタクじゃん?」
「一応僕って依ちゃんの彼氏なんだよ?」
「怒らないあたり紫音もそう思ってるんだろ?」
「ノーコメント。っていうかまーくんが言いたいのは、依ちゃんは普通に可愛いってことなんでしょ?」
「すごく拡大解釈するとそう」
俺達のグループ。
イツメンというやつは、いわゆる陰キャに属する。
そんな中で依は見た目だけで言ったら陽キャのグループで、俺達のグループには居ないような存在だ。
だけど実際は陽キャが仮の姿で、実の姿は変態オタク。
結局見た目ではわからないということだ。
「まーくんにさ、聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「依ちゃんって僕のことを本当に好きだと思う?」
紫音が足を止めて寂しそうに聞いてくる。
「正直に言っていいやつ?」
「うん」
「わかった。俺の完全な主観だけど、好きか嫌いかで言ったら好きだよ。だけど多分俺と同じで友達として好きなのかどうかはわかってないと思う」
これは依の気持ちだからわからないけど、なんとなくそんな気がする。
紫音のことは好きだから気持ちには応えたいけど、自分の気持ちがどうなのかわかっていないような。
「本人に聞かないとわかんないけどな?」
「いや、大丈夫。この数日依ちゃんと一緒に居て思ったんだよね。なんか依ちゃん無理してるなって」
「それは違うと思うけどな。多分なんだかんだで楽しんでるぞ?」
依は紫音への気持ちがなんなのかわかってはないのかもしれないけど、紫音にからかわれたり、紫音とイチャつくのは嫌ではないと思っていると思う。
というかむしろ構ってもらえて喜んでいる。
「依ってさ、結構寂しがりだろ?」
「まーくんには負けるけどそうかも。ほとんどはまーくん達が無視するからだけど」
「何も聞こえない。っていうかさ、依の反応がいいのが悪いんだよ。見てると和むし」
本人からしたらふざけるな案件だろうけど、依の反応は安心する。
だから俺はこれからも依を無視をするだろう。
「可哀想な依ちゃん」
「紫音がその分慰めてあげればいい」
「でも、依ちゃんは僕のこと好きじゃないわけだし」
「好きだっての。一回何もしないでみ。寂しがりの依の方から寄って来るから」
依は紫音のことが好きかどうかわかってないだけで、実際は好きだ。
だからいつもグイグイくる紫音がいきなり何もしなくなったら何かあったのかと不安になる。
そして自分が何かしたのかと思って紫音に近づき、飛んで火に入る夏の虫が完成する。
「多分なんだけど、紫音はいきなりグイグイいきすぎたんだと思う」
「それは僕も思う。前にも言ったけど、依ちゃんを前にすると色々と抑えられなくなっちゃうの」
「依ってあんなだけど繊細すぎるから、びっくりしたんだろうな。もう少しゆっくりでもいいんじゃないか?」
依が紫音のことを好きなのは確実なのだから、いきなり告白をした紫音の方が依に合わせるのがいいと思う。
どうせくそ真面目な依のことだから、今頃紫音のように悩んでいると思うし。
「そうだよね。依ちゃんは優しいから僕の告白を受けてくれたわけだし、僕がグイグイいったら駄目だよね」
「優しいからね。依の場合ほんとにその可能性があるから困るんだよな」
依が紫音を好きなのは確実として、だけど依はそのことを完全に理解する前に紫音に告白された。
そして告白を受けた。
「やっぱり依とちゃんと話せ」
「うん。ちなみにまーくんも居てくれる?」
「居た方がいいなら居るけど」
「居て。まーくんにも聞いて欲しいことがあるから」
よくわからないけど、紫音がそう言うなら俺も同伴させてもらうことにする。
何か真面目な話のようだし。
「ちなみになんだけど、今日のお出かけってこの話する為のもの?」
「そうだね。話したいことがあったけど、それは依ちゃんと話す時に話すから話す必要無くなったし」
「そか。じゃあ行こ」
「どこに?」
「おたくの彼女が俺と紫音を呼び出した」
スマホが鳴ったので見てみると、依から『紫音くんと一緒にうちに来て』とメッセージが来ていた。
なんで俺になのか、なんで依の家なのかはわからないけど、紫音は行く気満々なので断る理由はない。
だから俺は依に『行く』とだけ送って歩き出した。




