お姉ちゃんの悩み
「舞翔君、最近の悩みを相談していい?」
「なんとなくわかるけど聞こう。ちなみにシリアスな話なら聞かないから」
紫音が依に告白をしてから数日が経ち、春休みに入った。
今日は蓮奈の部屋で二人きりになっている。
そんな蓮奈が小首を傾げながら俺にお悩み相談があるそうだ。
「シリアスなんかじゃないよ。疲れた私の愚痴を聞いて欲しいだけさ……」
蓮奈の疲れ切った顔を見ればわかる。
最近見ないあの二人は相当蓮奈を追いつめてるらしい。
「そんなに酷いの?」
「酷いとかじゃないけど、なんかね、純愛系ラブコメが始まるの」
「純愛系は嫌い? もしかして昼ドラ系が好みだったりするの?」
俺はラブコメなら純愛系が好みだけど、蓮奈はドロドロしたラブコメが好きなのだろうか。
たとえそうだとしても、それを紫音と依に求めるのはやめて欲しい。
「私だってオタクなんだから純愛系が好きだよ。だけど、弟みたいに思ってたしおくんとオタク友達の依ちゃんが私の好きなシチュでイチャつくんよ」
「その心は?」
「二人で危ない妄想をして複雑な気持ちになる」
蓮奈が楽しそうに体をくねらせる。
想像以上に蓮奈してて安心した。
「つまり、目の前でイチャついてウザいとかじゃなくて、シンプルに好きなラブコメを見れて毎日興奮気味と?」
「それ。ちなみに私が好きなラブコメはね、主人公(男)がヒロイン(女)をからかってヒロインの子が『もー!』って頬を膨らませながら怒るタイプのラブコメが好きなの。つまりしおくんと依ちゃんのイチャイチャは私の性癖にどハマりなんですよ」
蓮奈がすごい早口で説明をする。
言いたいことはわかるけど、少し気になることがある。
ヒロインに(女)が付くのはなんなのか。
まるで男なのにヒロインのキャラがいるような感じがしてならない。
「いるでしょ?」
「心を読むな。確かに女性キャラが強くてひ弱な男主人公が守られてるのがヒロインって言われるのは知ってるけど、今の流れでいる?」
「必要でしょ。もしかしたら主人公(女)でヒロイン(男)の作品しか興味ない人もいるだろうし、主人公(女)でヒロイン(女)とか主人公(男)でヒロイン(女)にしか興味ない人もいるでしょ?」
「前者はわかるけど、後者はもうそれだろ」
蓮奈の言う通りでそういうものしか見ない人はいるとは思う。
というか後者は普通に腐ってるかどうかだ。
だけどそもそもの話で、今は俺と蓮奈しかいないんだから(男)とか普通にいらない。
「俺達と居る時は普通だけど、蓮奈の前だけはイチャつくの?」
「ううん。私も水萌ちゃんと同じことをしてるだけ。前に言ってたじゃん? どこに耳があるかわからないって」
つまりこの蓮奈の部屋で隣の紫音の部屋に耳を立ててるということらしい。
ちなみに水萌は俺とレンが二人っきりの時に耳を立てたり覗いたりはしてない。
「マジレスしていい?」
「私が傷つかない程度なら」
「普通に聞き耳立てるなよ」
目の前でイチャつかれて、それを見るのはわかるけど、隣の部屋で仲睦まじくしてる紫音と依のイチャイチャに聞き耳を立てるのは人としてどうかと思う。
それがうるさくて聞こえてくるなら話が別だけど、多分紫音はそういうところをちゃんとしてるだろうから静かに依で遊んでると思うし。
「あ、もしかして依がうるさい?」
「たまに『もー!』って怒ってるのは聞こえる。そしてそれが私が耳を立てる合図」
「なるほど。それは依が悪いな」
紫音は多分蓮奈が耳を立ててることに気づいているのだろうけど、依は気づいていないと思う。
ましてや自分の叫び声がその発端になってるなんて思ってもないだろう。
「ラブコメ読むのとどっちが楽しい?」
「現実は小説より奇なりだよ」
蓮奈が「ふっ」とカッコつけながら笑う。
なんで得意気なのかはわからないけど、リアルの方が楽しいと思えるのはその相手が紫音と依だからだろう。
俺だってあの二人の絡みを見るのは楽しくて仕方ないし。
「ちなみに舞翔君と恋火ちゃんも私の推しカプではある」
「ん? それだと俺がレンをからかって楽しんでるみたいに聞こえるけど?」
「むしろ違うと思ってるならもう少し客観的に自分達を見た方がいいよ」
なんか蓮奈に呆れられた。
まるで俺がレンで遊んでるみたいじゃないか。
俺はレンをからかっているのではなく、レンの可愛い反応を見て楽し……好きという気持ちを再確認してるだけだ。
「まあいいよ。でも実際のところ、最近恋火ちゃんと会ってないの?」
「会ってないことはない。放課後に会わない日が増えたけど」
今日もこの前もそうだけど、レンは未だに眠気に勝てずに放課後は帰る。
春休みになってもそれは変わらず、今日はもうそろそろお昼になるけど水萌曰く起きてないらしい。
その水萌は最近だと愛莉珠と出かけてばっかりだし。
「舞翔君ってさ、恋火ちゃんと連絡したりしないの?」
「しないわけじゃないけど、いきなり連絡したら迷惑かなって思うのはある」
「舞翔君ってそういうところは消極的だよね。私達が困った時はどんなことをしてでも深入りするのに」
「ごめ──」
「いい意味でね!」
蓮奈が俺が謝るのを想定していたのか、すごい食い気味に言ってくる。
いい意味なら良かったけど、絶対に勘違いさせる言い方をしたと思うのは俺だけだろうか。
「気のせいだよぉ」
「さいで」
「なるとは思うけどさ、心配にはならないの?」
「なるけど、レンって『教えない』って思ってると絶対に教えてくれないし、それなら信じるしかないじゃん」
「それでも舞翔君なら無理やりにでも深入りしない?」
「これはさ、俺の勝手な想像なんだけど、今回のことは俺が知らない方がいいと思うんだよ。もっと言うと、後から知った方がいい気がする」
レンのことはもちろん心配だけど、こんなあからさまに心配させる行動をするのはレンらしくない。
つまりレンは誰にもバレたくないことはしてるけど、それは俺達を心配させるようなことではない。
と思いたい。
「ぶっちゃけお眠な恋火ちゃんが可愛すぎて見惚れてるはある?」
「……」
「あ、あの舞翔君が目を逸らした、だと……」
蓮奈が目をキラキラさせながら俺に詰め寄る。
ぶっちゃけると蓮奈の言ってることは否定できない。
寝ぼけまなこのレンはいつ見ても可愛い。
「目をこするレンって可愛くない?」
「あぁ、わかる。フード被ってるのもあるのかわからないけど、本当に猫感が出てるよね」
「それ。学校じゃなかったら頭を撫で回してなんか色々したい」
別に学校だから控えてるとかはないけど、俺は学校で俺の部屋に居るようなことはしていない。
可愛いレン達を見せたくないのが一番の理由ではあるけど。
「まあ、もしもの時は寝てるレンに特攻してくから大丈夫」
「……」
「寝込みを襲うわけじゃないわ」
「何も言ってないけどぉ?」
「顔が言ってた。それよりも──」
「もー!」
蓮奈に聞きたいことがあったのを思い出して聞こうとしたら、隣の部屋から叫び声が聞こえた。
俺と蓮奈は目配せもなくその声に反応して体が動く。
俺達は顔を向かい合わせて壁に耳を当てた。




