運命的必然
「絶賛病み病み中?」
「絶賛病み病み中」
事故で依を押し倒している場面を紫音に見られた俺は、紫音なら察しているとは思っていても、実際どうなのかわからないから現在病んでいる。
そしてその俺の頬を蓮奈がつついて遊んでいる。
「しおくんに見られたのがそんなにショック?」
「色々あるんですよ」
「ま、まさかほんとに男同士の友情が私好みの方向に……」
蓮奈が腐っているおかげで真実は話さなくて済みそうだけど、本当にどうしたものか。
一度紫音と話したいけど、今はバイト中だろうから話せないし、それなら依と少し話しておきたいが……
「蓮奈、依どうしたの?」
「今ならどんなえっちなことをしても無反応であろう依ちゃん? それはね、舞翔君に床ドンされて女の子してるの」
蓮奈の言ってることは置いておくとして、依は今、ベッドに背中を預けて体育座りをして、扉をボーッと見ている。
依の顔の前で手を振っても無反応だし、蓮奈の真似をして依の頬をつついてみても無反応だ。
ちょっと口がもにょもにょしてる気がするけど、多分気のせいだ。
「あれじゃない? 舞翔君が依ちゃんに『無視するなら何されても仕方ないよな?』ってイケボで囁けば動き出すと思うよ?」
「今の俺にそんなことを囁ける元気はない。いつもなら依の反応見たくて喜んでやるが」
「ほんとにどうしたの? 依ちゃんの反応を見たくないなんて」
蓮奈が心配そうに俺のおでこに手を当てる。
別に熱があるわけじゃないからそんなことをされても困る。
そして何かを察した蓮奈が手を離しておでこを当てようとしてきたので逆に俺が手を当てて止める。
「おでこ同士で熱を測るのやりたいの!」
「先に手を出した自分を恨め」
「舞翔君だってオタクなら一回は夢見たでしょ? 年上のお姉さんにおでこ当てられて熱測ってもらうの」
「年上って言うか、弟がいるヒロインに『い、いつも弟にこうしてて』みたいに顔を真っ赤にしながら焦って言い訳されるのはオタクの夢じゃない?」
「あぁ、なるほどね。年上好きか正統派ヒロイン好きかで分かれるとこではあるよね」
なんの話をしてるのかわからなくなってきたけど、余裕のある年上のお姉さんにからかわれるのが好きか、同い年の子が思わずおでこを当てて恥ずかしがるのを見るのが好きか。
「俺は余裕ぶっておでこを当てるけど、実際やってみたら恥ずかしがるお姉さんとか好きだよ?」
「それもあるよね。逆に幼なじみとか後輩女子におでこ当てられてからかわれるタイプとかね」
「そうそう。水萌とかありすがそのタイプだよな」
「うんうん。おでこ当てて恥ずかしがるのが恋火ちゃんと依ちゃん。しおくんもからかうタイプかな?」
「そうだろうな。それで蓮奈が?」
「それはもちろん舞翔君の熱を更に悪化させちゃう悪いお姉さんだよ」
蓮奈が胸を張っておかしなことを言っている。
蓮奈は絶対におでこなんて当てたら頭から煙を出す。
想像しただけで可愛かったので頭を撫でておく。
「なんかお姉さんを子供扱いしてないかい?」
「そんなことない。俺は蓮奈みたいなお姉さんが理想だよ」
耳まで赤くなった蓮奈に無言で肩を殴られた。
やっぱり蓮奈のように、余裕ぶっているのにいざとなったら恥ずかしくなるお姉さんタイプは可愛くて好きだ。
無性に頭を撫でたくなる。
「子供扱いして……」
「蓮奈ももう三年生になるんだから子供じゃないよ」
「……」
今の今まで顔を赤くして俺をジト目で睨んでいた蓮奈が急に真顔になって依のようになった。
「地雷踏んだ?」
「私は病みました。元気になるには舞翔君にいいこいいこしてもらわないと駄目です」
「さっきまで嫌がってたくせに」
「なんのことかわからないです。お姉ちゃんは病んだので早く慰めないとまた不登校になりますよ?」
「どういう脅しだよ」
蓮奈に敬語で脅されたけど、蓮奈に不登校になられても困るから喜んで撫で回す(頭を)。
「傷心中の依ちゃんを放置して『ドキッ、いじられ系お姉さんとイケナイ遊びしてみたぞ♪』みたいなことしてるんじゃないよ」
「蓮奈の頭撫でたら依が復活した」
「結構前から様子伺ってたの気づいてたでしょ。楽しそうすぎて入れなかっただけだから」
確かに依は俺達が好きな女子の属性の話をしてる時に入りたそうな視線を送っていた。
だけど入ってこないから放置していたら怒られてしまった。
「いきなりの床ドンで驚いちゃったけど、すぐに落ち着いてたからね」
「強がる依も見てて楽しいよな」
「強がってないわ! ていうか紫音くんがどうとか言ってたけど、なんなの?」
「依には教えない。紫音に怒られたくないし」
言えるわけがない。
紫音が依のことを好きだから俺が依を押し倒してるところを見てしまって気まずいなんて。
「紫音くん怒ると怖いもんね。それなら仕方ないからそれ以上は聞かないけど、れなたそはどしたん?」
「俺が聞きたい。もしかしたら歳をとることに恐れを感じてるのかもしれない」
『三年生』という言葉に反応していたし、女の人は歳に関して敏感とも聞くからそのせいかもしれない。
もしそうなら謝らないと。
「それはないから別の理由だね。でも考えてみたら、れなたそが三年生になるように、うち達も来月から二年生だよ。はやない?」
確かに早い。
水萌とレンに出会う……再会してからもうすぐ一年が経つということになる。
依達と仲良くなったり、本当に今までの俺の人生ではありえないぐらい濃い一年だった。
「過去を振り返るのは死亡フラグだからやめてね?」
「それはファンタジーの世界だけな?」
「最近はガチラブコメでもいきなりヒロイン死亡ルートとかあるんだよ。推してる子だとガチで病むからほんとに辛い」
「だけど?」
「それを含めてその作品が好きだから読むのをやめられないんだよね」
最近の漫画やラノベは、日常系ラブコメだろうと人が死ぬことがたまにある。
だけどその頃には引くに引けないぐらいに作品にハマっているから読み続けてしまう。
オタクのサガというやつだ。
「お兄様は死なんでね?」
「頑張って寿命までは生きるよ」
「頑張らないで普通に生きなさい」
「生きるよ。事故死なんてしたら母さんがまた絶望するし、それを支える相手もいなくなるわけだし。それに父さんに怒られる」
父さんが事故に遭った時の母さんは二度と見たくない。
そう思っているのに俺がそうさせるなんて絶対に許されない。
そんなことをしたら父さんにガチでキレられて、体に返されそうだ。
「お兄様の気持ちを考えないで変なことを言ってすいませんでした」
「謝ったことにキレればいい?」
「ほんとにお兄様。そんなお兄様が大好きだよ」
依が呆れたかと思いきや、照れながら言う。
今更依に父さんのことを蒸し返すようなことを言われたからってキレたりしない。
だから普通に流してくれればいいものを、わざわざ「大好き」なんて言うものだからめんどくさいことになる。
「お、どしたお兄様。うちに『大好き』って言われて嬉しすぎて固まったかぁ」
依が『運命的必然』に呆然としてる俺の頬をつつく。
もうなんだか……どうにでもなれという感じだ。
「しおくん居たね」
「居たよな。もういっそ入ってきてくれればいいのにさ……」
ずっと扉は開いていた。
そしてちょうど依が「大好き」と言った時に紫音はやってきて、すぐに帰って行った。
上手くいかないところが人生みたいだ。
なんて言ってられないので紫音を捕まえに行くのでした。




