不純異性交友
「……」
「どうしたんだい依ちゃん。さりげなく『大好き(はぁと)』なんて言ったのが恥ずかしくなっちゃったのかな?」
依と蓮奈に弄ばれた俺は、蓮奈に拘束されながら顔を両手で押さえている依を蓮奈と眺めている。
見なくてもわかるけど、絶対に蓮奈はニマニマしているのだろう。
「蓮奈よ、離せ」
「なんで?」
「恥ずかしいからに決まってんだろ」
今の状態を詳しく言うと、蓮奈が俺のことを後ろから抱きしめて、俺は蓮奈にもたれかかっている。
形で言えば俺の足の中に座る水萌のような感じだ。
「素直だ。でもぉ、舞翔君が恥ずかしがってくれるならやめなーい」
「はーなーれーろー」
「それ最高! もっとちょうだい!」
水萌の真似をして暴れてみたけど、蓮奈には逆効果で抱きつく力を強められた。
「れなたそのれなたそを枕にして喜んでるお兄様」
「あ?」
「普通に怒られた。うちを無視してたことを責めようとしたのに……」
さっきまでうずくまっていた依が体育座りでジト目を俺に向けている。
確かに俺は今蓮奈を布団にしているけど、喜んではない。
気分はいいけど。
「舞翔君は私の包容力に抗えないから」
「それは誰も抗えないよ。というか、うちは(はぁと)なんて言ってないから」
「突っ込みが遅すぎる。でも大好きとは言ったじゃん」
「あれはちょっとしたからかいだもん。無反応すぎて依ちゃんの女の子の部分が傷ついたけど」
「自分の名前をちゃん付けで呼ぶの、基本は痛いけど普通に可愛いよな」
「わかりみしかない」
俺と蓮奈が分かり合っていると、可愛い依ちゃんが俺の足を叩いてきた。
「やめろ依ちゃん」
「それをやめろ!」
「依ちゃん可愛いよ」
「蓮奈ずるくない? 普段から依ちゃんのこと『依ちゃん』って呼んでるから怒られないじゃん」
「ふっ、日頃の行いだね」
「俺もこれから依ちゃんって呼ぼうかな」
依が俺の足を叩く力を強めた。
そこそこ痛いからやめて欲しい。
「あ、そういえば舞翔君にお願いしたいことがあったんだけど、いい?」
「いいよ」
「ありがと。じゃあ私の不安を忘れさせて」
「喜んで、と言いたいが、何したらいい?」
「うんとね──」
「ちょい、そこは『お願いを聞いてから了承するとこじゃないの?』『お前の言うお願いならどんなことでも叶えるさ』『……ずるいよ』みたいな流れがないんですけど?」
俺の足を叩くことに飽きた依が意味のわからないことを言い出した。
意味はわからないけど、言いたいことがわかる自分が嫌だ。
「無視されるのはわかってるから続けるね。れなたそが『忘れさせて』って言ったってことは、つまり今日の夜を共にしてってことですか!?」
「してくれる?」
「蓮奈がそれを望むなら」
「……お願い」
蓮奈が弱々しく言うと、抱きしめる力が少しだけ強くなる。
俺はそれに応えるように蓮奈の手を握り──
「ちょ、ちょっとまてい!」
「顔を真っ赤にしてどうした?」
「お、お兄様はれんれんというものがいながられなたそと何を……ナニをしようとしてる!」
「言い換えて文字変換すんなよ。そもそも依が言ったことだろ」
「そうだけど、そうじゃないでしょ!」
顔を真っ赤にした依が俺の背中に手を回して引っ張る。
「れなたそ、お兄様を離しなさい!」
「やだ! 最近舞翔君、私のこと構ってくれないんだもん!」
「れなたそとお兄様を一緒に居させると不純異性交友なんだよ!」
「そんなこと言ったら舞翔君と一緒に居たら誰でもそうなるでしょ!」
「それはそう!」
なんかさりげなく俺のことを馬鹿にしてるように聞こえるけど、気のせいということにしておく。
それよりも可愛い女の子二人が俺を前と後ろから引っ張り合う今の状況がまるでラブコメの主人公みたいで楽しんでいる俺がいる。
だからもうしばらくはこのまま放置することにする。
「とりあえずれなたそは離しなさい!」
「だからやだ! 私は今舞翔君と友達のスキンシップをしてるだけなの!」
「それで堂々とれなたその爆弾をお兄様に押し当てるな!」
「当たるのは仕方ないでしょ?」
「普通にマウント取られてうちはどうしたらいいの?」
「諦めて離せば?」
「そのまま返そう」
一瞬我に返って終わりそうになったけど、それでも終わらない女の戦い。
こういうのは俺とは縁遠い世界かと思っていたけど、まさか俺がその渦中に入れるなんて感動しかない。
まあ、これからやばいことが起こるところまでが俺達なんだけど。
「さて問題です。この先何が起こるでしょう」
「ピンポン!」
「はい、蓮奈」
「修・羅・場♪」
見なくてもわかる。
蓮奈は今満面の笑みなんだろう。
その蓮奈がやることは一つ。
いきなり俺を抱きしめる力を弱めてパッと離す。
そうなるとどうなるか。こうなります。
「……」
「……」
「浮気現場捉えました!」
蓮奈が急に俺のことを離したから俺は依に引っ張られて押し倒した。
右手を床につけて左手で依の頭を守る。
一種の床ドンというやつを、蓮奈が隣でスマホに収める。
それだけで終わればどれだけ良かったものか……
「勢いのままキスでもすれば良かったのにね」
「……」
「あれ、無視ですか? 私は依ちゃんじゃないよ?」
蓮奈が隣で俺の頬をつついてくるが、それどころではない。
蓮奈の言う通り修羅場になる可能性があるから。
「ほんとにどうしたの? さっきから扉の方見て……ん?」
蓮奈が俺の視線の先の扉を見る。
ちょうど中を覗けるような隙間の開いている扉を。
「ずっと開いてた?」
「さっき開いた。開けたのは紫音」
「しおくん? 何か用事かな? だけど舞翔君と依ちゃんの浮気現場を見て気まずくなったのかな?」
蓮奈が不思議そうな顔をしているが、蓮奈は知らないから仕方ない。
紫音のことだから勘違いはしてないと思うけど、自分の気持ちを理解した紫音にの前で、紫音の気持ちを知る俺が依を押し倒した。
普通にアウトだろ。
「ほんとにどうしたの? ずっとかっこいい顔してるから依ちゃんの顔真っ赤だよ?」
蓮奈に言われて気づいたが、俺はずっと依を押し倒した状態のままだった。
そしてその依は顔を真っ赤にして目をキョロキョロさせている。
「めんどくさいことにならないでくれよ……」
俺はこの状況をラブコメで見たことがある。
友達の好きな相手を知っているのにその相手を押し倒したり、それに似た状況が起こってそれをそや友達に見られる。
それは不幸な事故なんだけど、そんなのは恋をしている相手には関係ないこと。
そしてそこから関係が崩壊して、そのまま……
その先は考えたくないので、俺は体を起こして蓮奈の包容力に甘えたのだった。




