嫌いだけど……
「今なら冗談で済むけど、続ける?」
「まーくんが聞きたいなら続けるよ。多分ちゃんと話さないといけないことだから」
紫音の爆弾発言を受けた俺は、平静を装って紫音と向かい合う。
正直頭は回ってないけど、とりあえず話を聞く。
さすがに紫音の言ったことを鵜呑みにもできないし。
「どこから話せばいいのかな。まずなんだけど、嫌いっていうのはそのままの意味じゃないよ?」
「俺の今のホッとした気持ち、君にわかるかな?」
信じてはいたけど、本当にホッとした。
紫音が実は依のことが嫌いだなんて、俺はこれからどう二人と相手をすればいいのかわかはなくなる。
「ホッとするのはまだ早いよ!」
「ほんとにやめろ。さすがにキレる」
「ごめんね。でも、僕は依ちゃんのこと嫌いだもん」
紫音が俺から顔を逸らす。
「とりあえず聞かせて。依の何が嫌なのか」
「依ちゃんね、何も言ってくれないの」
「そういうやつね。それなら俺だって依のこと嫌いだよ」
依は基本的に俺達に何も言わないで問題を解決する。
実際に何をしてるのかは言わないからわからないけど、俺達が学校に何事もなく行けているのはほとんど依のおかげと言っても過言ではない。
「僕が今の学校でやっていけてるのって、まーくん達が居るのは当然として、でも、依ちゃんが色々やってくれてるからなんだよね?」
「そうだろうな」
紫音が転校して来た理由は前の学校でのいじめ。
容姿が可愛すぎるから女子扱いされていたからだけど、今はそれがほとんどないらしい。
「まだいるにはいるんだろ?」
「うん。それでも女の子から『肌が綺麗で羨ましい』みたいな軽いのだけだよ。前に比べたら同じクラスに恋火ちゃんも居るし天国だよ」
紫音が体育座りをして膝に顔を埋める。
「レンのこともだけど、依が相当根回ししてるんだろうな」
「うん。転校して来てすぐはあんまり言われないことに驚いたけど、まーくんが依ちゃんが裏で何かしてるって言ってるの聞いて、一回聞いてみたの」
「依を嫌いになった元凶俺かよ。それで?」
「依ちゃんがね、僕を女子扱いすると『魔王』が出てくるって言ったんだって」
「魔王?」
何かの比喩だろうか。
それとも依が作り出した幻想。
「僕も何かはわからないんだけど、依ちゃんはその『魔王』を使ってみんなのことを守ってるみたいなの」
「なるほど。それで実際に依が裏でコソコソしてることを知った紫音は依のことが嫌いになったと」
「僕の為にやってることだから嬉しいんだよ? でもさ、それじゃあ僕はお礼ができないんだよ」
それは俺も思う。
依からしたらお礼なんて求めてないんだろうけど、それは依の事情だ。
だから依を無理やり褒める日を作ったりしてたけど、そういうことでもない。
「一番の理由は文化祭だけどね」
「確かにあれはイラッとしたかも」
文化祭の日。依の母親を名乗るおばさんが学校に侵入して来て、結構大変だった日。
あの時は色々あって思わなかったけど、冷静になってから考えると、あれはどうなのかと思う。
「僕達のことは裏で散々助けてくれるのに、自分のことは自分だけで解決しようとしてた」
「実際の問題の解決は仕方ないとして、アフターケアまで自分でやりやがったからな」
依にだって知られたくない事情があるから話さなかったのは別にいい。
だけどそれが露見して、俺達も巻き込んだんだから最後まで巻き込んで欲しかった。
「文化祭が終わってから依の噂が流れなかったのって、依が何かしたんだろ?」
「そうだよね。何かあったらいつものお返しで何かしたかったのに、それもさせてくれなかった」
「余計に悪化する可能性もあったから慣れてる依に任せるのは正解なんだろうけどな」
「でもそれってさ、依ちゃんは僕達のことなんか微塵も信用してないってことでしょ?」
紫音が悲しそうな顔を俺に向ける。
確かに捉え方によってはそう捉えることはできる。
実際は依が俺達に迷惑をかけたくなかっただけで、紫音もそれをわかっているのだけど。
「俺も依の裏でコソコソするの嫌いだけど、こういう考え方もできるぞ」
「え?」
「餅は餅屋」
「鍵は鍵屋?」
「そう。要は適材適所だよ。俺達は依みたいに裏でコソコソして全部解決なんてできないけど、その依であそ……癒すことはできるだろ?」
思わず本音が出そうになったけど、正直依がやってることは俺達の助けになっているのだからありがたい。
だけどそれに対してなんの見返りも求められないと俺達がこうして悩む。
それなら依を癒す、依の喜ぶことを依に秘密で計画してやってやればいい。
「裏でコソコソされる気持ちを味合わせるってこと?」
「それもある」
「他もあるの?」
「前もやったけど、依って純粋に褒められたりすると困るじゃん? だから徹底的に困らせてやり返す」
俺達を助けてくれる依の喜ぶことをして、だけど俺達がいつも思っている気持ちを味合わせることをして、更に依の焦る顔が見れる。
完璧だ。
「まーくんって依ちゃんいじめるの大好きだよね」
「それは違う。俺は紫音のことをいじるのだって好きだよ。基本やり返されるけど」
「訂正。まーくんは好きな人にいじわるするの大好きだよね」
紫音がクスッと笑いながら言う。
可愛いのだけど、それでは俺が小学生男子みたいだ。
もう言われ慣れたから今更いいけど。
「じゃあ今度『依ちゃんありがとうパーティー』やろ」
「お別れ会みたいだな。普通に依を褒め倒す会でいいんじゃないの?」
「それはまーくんが依ちゃんの照れる顔見たいだけでしょ。恋火ちゃんに言いつけるよ」
「やめとけ、可愛いが過多になる」
依の照れる顔だけでも可愛いのに、それを超えるレンの拗ね顔も見れるなんてどんなご褒美か。
可愛いの摂取のしすぎて蓮奈が倒れたらどうする。
「まあいいや。とにかく紫音は依のこと嫌いだけど好きってことね?」
「それはどうかな」
「もういいだろ」
「だってまーくん、まだそれ当ててないもん」
紫音はそう言って俺の前に置いてある紙を指さす。
そういえば『私は誰でしょうゲーム』で俺が勝ったら紫音が異性を好きかどうか教えてもらえる話だった。
「じゃあさっさと終わらせる。私は双子?」
「はい」
「私は普段フードを被っている?」
「いいえ」
「答えは水萌」
「もうちょっと遊ぼうよ……」
紫音が頬を膨らませて不満を表す。
紙を裏返すと『水萌ちゃん』と、可愛い丸文字で書かれていた。
なんとなくレンか水萌な気はしてたから決め打ちしてみたら当たってしまったのだから仕方ない。
恨むなら簡単な答えにして俺を勝たせようとしたあの時の紫音を恨むことだ。
「俺の勝ちだよ。教えてくれる?」
「もう、そんなに僕のこと知りたいの?」
「知りたい。俺に紫音のことを教えて」
「そこは『君の全部を知りたい』ぐらいは言わないとドキドキしないでドキッで終わるよ」
よくわからないけど、紫音が嬉しそうだから良かった。
「僕は依ちゃんのこと好きだよ。友達としてはもちろんだけど、異性として、女の子として好き。……なんか恥ずかしい」
紫音の顔が真っ赤になる。
俺も告白の時にこういう反応をしていたら良かったのだろうか。
まあ紫音の可愛さがあるからいいのであって、俺が照れたところで需要はないのだけど。
「告白の予定は?」
「今のところないよ。依ちゃん好きな人いるし」
「誰?」
「……」
なんか紫音が恋敵でも見るような目で俺を見てくる。
「まあいっか。そういえばさ、俺が勝ったら紫音が異性を好きかどうかを教えてくれるだけで良かったんじゃないの?」
「今更じゃない? 別にまーくんに隠す気なかったし」
「そういう。じゃあ本人にも言おうよ」
「まさか……」
「お兄様ただいまー。あ、紫音くんも居るじゃんか。なに、男二人で好きな女優さんの話でもしてたのかー」
蓮奈とアニメショップデートをしていた依が扉を勢い良く開けて俺の部屋に入って来た。
大量の戦利品を手に持ちながら。
それを見た俺と紫音は向き合い「なんでこれを?」と紫音に聞くと「知らない!」と顔を逸らされた。
依は頭にはてなマークを浮かべ、後ろでヘロヘロの蓮奈は「とうと、い……」と言って倒れた。
とりあえず蓮奈をベッドに運びました。




