水萌の後悔
「まいとくんにきらわれたぁ……」
「よしよし、実際にどんなことを言ったのかはわからないけど、舞翔君が水萌ちゃんを嫌うことなんて絶対にないから大丈夫」
恋火ちゃんを陥れて手に入れた舞翔くんとのデート権。
それを使ってずっと言いたかったことを舞翔くんに伝えたけど、舞翔くんには絶対に嫌な子だと思われた。
最初からこうなるのはわかっていたから蓮奈お姉ちゃん達には私と舞翔くんのアフターケアを頼んでいた。
「最初はれんれんに何も言わせない為のことかと思ってたけど、ほんとに喧嘩? したんだね」
「依ちゃんってデリカシーないね。そんなんじゃまーくんに……水萌ちゃんに余計嫌われるよ」
「言い方間違えたのは認めるけど、紫音くんの言う通りで、お兄様はうち達を嫌うことはしないよ」
「依さんが蓮奈さんの言ったことを自分の言葉にして自分の言葉を無かったことにしようとしてる」
「ほんとにうちの味方はどこにもいないな!」
文月さんが何か騒いでいるけど、今の私にはそんなの気にしてる余裕がない。
多分今じゃなくても無視してるんだろうけど、それはそれだ。
「依ちゃん、後でいっぱい構ってあげるから今は静かにしてね」
「なんかうちがわがまま言ってるみたいな……今れなたそがうちにどんなことでもしてくれるって言った?」
「そういうのいらないから静かにして。明るくしたいのはわかるけど、話が進まない」
「あ、ごめんなさい……」
蓮奈お姉ちゃんに真面目な顔で怒られた文月さんがしゅんとして小さくなる。
私を気遣ってのことなのはみんなわかってるけど、それで私が元気になれば苦労はない。
自分で言うなって感じだけど。
「それで、舞翔君に全部さらけ出すってのは聞いたけど、実際何を話したの?」
「……なんで恋火ちゃんを選んだのかって」
「それはまたぶっ込んだことを聞いたね」
蓮奈お姉ちゃんはそう言いながら私の頭を優しく撫でてくれる。
「舞翔くんがありすちゃんにも言われたって言ってたけど、なんで恋火ちゃんを選んだのかずっと気になってたの」
「そういえば聞いたかも。ありすも気になってたんだよね。これは中身とか考えないで、単純に第一印象だけで考えた話として、普通に男の子なら水萌お姉ちゃんを好きにならない?」
「それね。うちも思った。れんれんが駄目とかじゃないけどさ、れんれんって良さがわかるまで時間が掛かるタイプで、水萌氏は学校での人気を見ればわかる通りで男なら即落ちだもんね」
私は恋火ちゃんが可愛くていい子なのを最初から知っていたから私と恋火ちゃんは対等だと思っている。
だから私が選ばれなかったことに対して不満があるとか、そういうのではない。
シンプルに気になったんだ、恋火ちゃんのどこが好きなのか。
私と恋火ちゃんのどこに対等じゃない場所があったのか。
「それにありすと会った時にはもう恋火さんと付き合ってたけど、それでもありすに見向きもしないのはおかしいですよね?」
「ありすちゃんが可愛いのは認めるけど、れなたそに見向きもしないのは本当に男なのか疑うところあるよね」
「舞翔君は依ちゃんみたいにえっちな子じゃないの。確かに私も初めて会った時に胸を凝視されてガッカリしたけど、実際見てたのが名前なんだもん。フルネームが書かれてるから同じ名字の人でもいたのかって」
「女の私でもガン見するのにお兄様ってやっぱりそっち系……」
蓮奈お姉ちゃんに抱かれながら文月さんを見ると、呆れ顔のしーくんの方を見ている。
「僕は男子なんだからそういう話はしないでよ。でもまあ、僕がまーくんに好かれてるって話ならいくらでもしていいけど」
「紫音くんはさ、実際のところお兄様とキスしたいとかあるの?」
「さすがにそこまではないかな。僕はまーくんの唯一の男友達でいたい」
「やってること一番エグい気がするのはありすだけじゃないはず……」
「なーに?」
しーくんに笑顔を向けられたありすちゃんが「なんでもありません!」と言って頭を下げる、
こうして見ると、私達の中で一番強いのは舞翔くんかと思われそうだけど、しーくんが一番強い。
「それはそうとさ、水萌ちゃんは結局どうしたいの?」
「どうって?」
「まーくんが恋火ちゃんを選んだのって、水萌ちゃんも背中を押してのことなんだよね? それって水萌ちゃんはまーくんと恋火ちゃんが付き合うことを認めた上でのことなんでしょ? それを今更まーくんを責めるみたいに言って、水萌ちゃんは何を求めてるの?」
「しおくん!」
蓮奈お姉ちゃんが珍しく怒ったように叫ぶ。
だけどしーくんは私に向ける目を緩めない。
「みんな言わないだけで思ってるんでしょ? まーくんが恋火ちゃんのことを好きなのは見てたらわかるし、確かになんで恋火ちゃんなのかは気になるけど、それを聞いたところでまーくんの気持ちが揺らぐことがないのもわかってるでしょ?」
しーくんの言う通りだ。
私が今更恋火ちゃんを好きな理由を聞いて、それを舞翔くんが答えられなかったとしても何か変わることはない。
強いて言うならこうして私が落ち込んで舞翔くんが私のことを嫌うだけ。
いいことなんてない。
「しおくん、それ以上は──」
蓮奈お姉ちゃんがしーくんを怒りそうだったので、お姉ちゃんを強く抱きしめて止める。
「しーくんの言う通りだよ。ほんとになんで今更なんだろうね。でも多分言った理由は今のしーくんと同じ理由だよ」
しーくんは別に私を責め立てたくて言ったわけじゃない。
ただ、この場の全員の言葉を代表して私にぶつけてくれただけだ。
「今のは代弁とかじゃなくて僕の言葉だよ」
「そういうことにしておくね。じゃあ私のも自分の言葉なんだけど、今更言った理由は多分、みんなよりも私は舞翔くんと一緒に居る時間が長いからじゃないかな」
文月さんとありすちゃんがさっき言っていたけど、私が今日舞翔くんに話したことはみんなが思っていたことだ。
つまりは私と同じで言うのを我慢していたこと。
だけど私の場合はみんなよりも舞翔くんとの出会いが早くて、みんなよりも一緒に居る時間が多くて、それに恋火ちゃんと一緒に居るのを一番近くで一番長く見ている。
だから私は……
「言い訳するなら、これからは舞翔くんと普通のお友達になりたかったからだよ。しーくんみたいに言うなら、一番の女友達に」
それも多分言い訳だ。
今回私が舞翔くんにあんなことを言ったのは自分でもわかってない。
恋火ちゃんを好きな理由がわからないのを問い詰めたくせに、私自身が聞いた理由がわからないなんて、ほんとに最低だ……
「何もしなくても水萌ちゃんはまーくんの一番なのに。それと理由は恋火ちゃん、というか姉妹への嫉妬だと思ってた」
「嫉妬?」
「うん。もっと簡単に言うと、姉妹におもちゃを取られて拗ねるみたいな?」
なんだかすごくしっくりきた。
私は今まで恋火ちゃんに何かを取られることなんてなくて、むしろ恋火ちゃんは私に全部くれていた。
だからこそ私は舞翔くんと恋火ちゃんを恋人さんにして恋火ちゃんを幸せにしたかった。
だけど内心では恋火ちゃんに舞翔くんを取られて悔しかったのかもしれない。
それを今更になって舞翔くんにあたってしまった。
「そっか、私は恋火ちゃんに嫉妬してたんだ」
「なんか、少しだけ元気になった?」
「うん。ありがとうしーくん。舞翔くんがいなかったら好きになってた」
「……ありがと」
「しおくんが男の子してる! これは舞翔君では見れない反応だぞ」
「紫音くんってお兄様以上に女の子に耐性ないよね。正確には『好き』とか言われるのに慣れてない」
「まーくんと比べないで! みんなみたいな可愛い子にそんなこと言われたら恥ずかしいの!」
しーくんが顔を真っ赤にして叫ぶ。
そしてそんな小鹿状態のしーくんは、周りのハイエナさん達にはいい餌でしかない。
それからは楽しかった。
色々言われたからやり返しということでしーくんと遊んだ。
しーくんも泣くぐらい喜んでくれて良かった。
それから数日は舞翔くんとまともに話せなかったけど、たまにしーくんで遊んだり、蓮奈お姉ちゃんに慰めてもらったり、ありすちゃんに甘えてもらったり、文月さんは……まあいいとして。
結果的に舞翔くんとも仲直りができた。
なんとかバレンタインには間に合って本当に良かった。
みんなで仲良くチョコ作りができるから。




