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楽しい一日

「あー、楽しかった」


紫音しおんが楽しかったなら良かったよ。だけど二度とやるな」


 数が減った俺の部屋で紫音が満面の笑みを浮かべている。


 なんだか俺も色々と削られて体力が無くなった。


 もう疲れたからゆっくりベッドで休みたい。


「まーくん、膝枕してあげようか?」


「紫音よ、なんでそんなにハイテンションなのか知らないけど、そんなことしてると女子扱いするぞ」


 紫音がニコニコ顔で自分の膝を叩いてくるものだから、紫音が嫌がることを人質に取ってみた。


 今の紫音はちょっと……困る。


「それって僕もまーくんのお嫁さん候補になれるってこと?」


「お前な……」


「冗談だよ。まーくんのお嫁さんは恋火れんかちゃんだもんね。今のところは」


 紫音がウインクをしながら言う。


 そして言ってすぐに俺の背中に隠れる。


「紫音、隠れるなら最初から喧嘩売るな」


「だって僕も一回やってみたかったんだもん」


「レンを怒らせること?」


「まーくんをからかって恋火ちゃんを嫉妬させること」


 そんなことをして何になると言うのか。


 確かに他の子も俺をからかってレンをよく怒らせているけど、あれはそういう遊びなのか。


 そんなことを話していたらレンが俺の前に来ていた。


「紫音、お前に一つだけ聞いておく。お前は男子でいいんだな?」


「うん。さすがに性別変えてまでまーくんと恋人になろうとか思ってないから安心して。ただみんなと同じようにまーくんで遊ぶことはするけど」


 紫音が俺の肩から顔だけを出してレンに言う。


 なんか少し引っかかることを言っていたような気がするけど、まあ別にいい。


「前も言った気がするけど、同性の紫音が一番危ないんだよな」


「大丈夫、いざとなったらまーくんにお嫁に来てもらうから」


「何も大丈夫じゃないからな? 勝手に俺の性別を変えるな」


 紫音が女子になるならまだわかるけど、なんで俺が女にならないといけないのか。


 絶対に気色悪い。


「サキの女装じゃなくて、ほんとに女子にか……」


「それってつまりさ、先輩と合法的に裸の付き合いとか、一緒にお着替えで脱がし合いとか、キスとかし放題ってことだよね、最高では?」


 レンの後ろで話を聞いていた愛莉珠ありすが意味のわからないことを言い出す。


「女子同士なら一緒にお風呂も一緒に着替えも普通だろうけど、最後のキスは違うだろ」


「あぁ、先輩は男の子の状態でありすとキスしたいもんね」


「話が通じない。こういうときは無視」


「酷い!」


 愛莉珠が膨れながらレンに抱きつく。


 抱きつかれたレンは鬱陶しそうにしながらもそれを受け入れている。


「ほんとに冗談は置いといて、恋火ちゃんの番にする? 残りの二人はなんか出てっちゃったし」


「元凶の一人が何言ってる。まあいいけど」


 今、俺の部屋には俺を含めたこの四人しか居ない。


 水萌みなもより蓮奈れなは洗面所に向かった。


 理由は鼻から血が垂れてきたから。


「依さんと蓮奈さんはわかるけど、水萌お姉ちゃんも腐女子だったなんて」


「女子って全員そうなんじゃないの?」


「あぁ、知ってるか知らないかって言うよね。ありすはまだ知らないからなんともないのかな?」


「ありすちゃんの場合はまーくんを取られてるのを見てそれどころじゃなかったんじゃない?」


「なるほど。そういう考え方もできるのか」


 愛莉珠が顎に手を当てて何かを考え出す。


 多分どうでもいいことを真面目に考えているのだろうけど、それを言ったら絶対に怒られるので触れないことにした。


「それでレンはチョコくれるの?」


「オレさ、君の彼女なんだよ?」


「じゃあちょうだい。そろそろチョコの限界が近いから」


 すごい今更で、絶対に今言うべきではないことだけど、俺はチョコがそんなに好きではない。


 少量なら美味しく食べれるのだけど、一度にたくさん食べると喉に残る感じがあって苦手だ。


 今のペースなら多分大丈夫だけど、みんながくれるチョコなのだから美味しく食べたい。


「それなら良かった。最初は生チョコとかガトーショコラみたいな『ザ・チョコ』みたいなの作ろうと思ってたけど、ぶっちゃけオレもそういうの好きじゃないからやめたんだよな」


「うん、俺もそういうのがきてたら危なかったかもしれない」


 たとえ全員から板チョコをそのまま貰ったとしても全て食べたけど、それでもやはり出来るだけチョコは少ない方がありがたい。


 ということでレンがくれたのは……


「お前の彼女が丹精込めて作ったトリュフだぞ」


「……いや、なんとなく察してたけどね。うん、嬉しい、嬉しいよ」


 レンのニタリ顔を見ればわかる。


 こいつはわかっててトリュフを用意した。


 そして多分だけど、普通よりもチョコを増やしているか、カカオが増量されているものを使っている。


「ほら、愛しの彼女からのバレンタインチョコなんだから喜んで食べろよ」


「……やだ」


「まさかの拒否。いや、確かに嫌がらせしてるけど、さすがに傷つくな……」


「嫌がらせしたの認めたな? じゃあ食べさせて」


 このままレンに好き放題させるのは癪だからやり返す。


「自分で食べろ」


「やだ。ありすも蓮奈も紫音も食べさせてくれた。だったら彼女のレンが食べさせてくれないのはおかしい」


「こういう時だけ彼女とか言いやがって」


「そっくりそのまま返そう」


「ああ言えばこう言うが!」


 それもそのまま返したい。


 というか彼女なんだからそれこそ愛莉珠のやっていた口移しぐらいはやって欲しい。


 やられたら困るから別にいいんだけど。


「これは変なこと言われる前に食べさせた方がいいやつか」


「多分そう。今なら紫音とありすしか居ないぞ」


「それもそうか。蓮奈さんはいいけど、水萌と依が居るところじゃやりたくないし」


 レンはそう言って、いつの間にか手に持っていたラッピングからトリュフチョコを取り出す。


「……」


「レン、素直に思ったことを言え」


「なんかペットに餌あげてるみたいだなって」


「ふーん、そういうこと言うんだ」


「これは何か失敗しひゃ!?」


 レンが俺をペット扱いするものだから、ペットらしくレンの指ごとトリュフを食べてみたらどこからか可愛い声が聞こえてきた。


「どうしたレン。顔が赤いぞ」


「う、うっせぇ! 何してくれてんだ!」


「俺はご主人様のことが大好きすぎるペットだから」


「ふざけん──」


舞翔まいとくん、あーん」


 先程音を立てずに俺の部屋に戻って来た水萌が俺の口に生チョコ(多分)を押し当ててきたので俺を食べる。


 なぜか深くまで指を入れてきたので水萌の指に口が少し触れてしまった。


「美味しい?」


「うん。どしたの?」


「なんか恋火ちゃんが楽しそうなことしてたから私もやりたくなった」


「そうなんだ」


 レンへの対抗心は今に始まったことじゃないけど、俺にチョコを食べさせることは楽しいのだろうか。


 少なくともレンはそう思っていないと思う。


 俺のイタズラを受けたレンは水萌と入れ替わるように部屋を出て行ったし。


「と思ったら帰って来た」


「れんれんが自分の指にキスしてたんだけど、何かあったの?」


「より、ありもないことを話すならその口縫うぞ」


「あ、さーせん。目がマジすぎて怖い」


 レンが一緒に帰って来た依を睨みつける。


 多分手を洗いに行ったのだろうけど、洗面所に行ったにしては帰って来るのが早い気もする。


 キッチンで洗ったのだろうか。


「もしかしてうち以外みんなあげた?」


「貰った。多分依から貰ったら今日のカカオ成分が過多になる」


「よくわからないけど、うちのはギリ入る?」


「入る。くれる?」


「もちよ。れんれんごめんね。多分お兄様と二人っきりになったら自分にチョコかけて『食べて』ってやろうとしてたんだろうけど、うちのが最後だって」


「……」


「あ、これ以上はガチで怒られる。静かにあげまーす」


 依はそう言って部屋に戻って来る時に持っていたラッピングと一緒に俺の前にやって来る。


「うちがあげるチョコはこれだ!」


「絞り袋?」


 依が取り出したのはチョコの入った絞り袋。


 コルネというのが正しいのだろうか。


「一緒に作っていたクッキーを取り出しまして、そこにこう書くのですよ」


 依はそう言ってラッピングからクッキーを一枚取り出し、そこにチョコで文字を書き出した。


 小さい文字で『スキ♡』と。


「ど、どうだ!」


「照れるなら書くなよ」


「て、照れてないし。本当はお兄様の舌に書こうかと思ったけど、なんか卑猥に感じたからやめたんだよね」


「正解だよ。多分色々とアウトだから」


 俺の舌に書かれても読めないし、上手く書けないだろうからやらなくて正解だ。


 絶対にレン達も引くだろうし。


「それと自分の体にチョコをかけるのはさすがに無理だから、これで勘弁して」


 依はそう言って自分の指にチョコを付ける。


 そして顔を赤くしながら俺の口元に指を持ってくる。


「誰もやってくれなんて言ってないだろ」


「うちだって何かしたいんだもん! お兄様は知らないだろうけど、今日はうちにとっても特別で、お兄様からの祝福を受けたいの!」


 依の指からチョコが垂れそうだったので手で受け止めようとしたら、その手を依に止められた。


 床を汚したくないならチョコを食べろということのようだ。


「せっかくの誕生日なのにこんなことされていいのかよ」


「誕生日だからされたいんじゃ……え?」


 依の手が緩んだので、依の指に付くチョコを俺の指で取って食べる。


 とても甘い。


「呆然としてどうした?」


「いや、え? なんでうちが誕生日って知ってるの?」


「律儀に連絡先に誕生日書いてるやつが何を言ってるのか」


 俺はめんどくさいからやってないけど、依はちゃんと連絡先に誕生日を書いていて、交換している俺達はそれが見れる。


 だから依の誕生日を知らないわけがない。


「みんながソワソワしてる理由って依の誕生日が近いからだと思ってたんだよな」


「まーくんは依ちゃんの誕生日のことでバレンタインのことなんて忘れてたぐらいだもんね」


「マジでそれ。紫音は俺が依の誕生日のこと言うの邪魔してたし全部知ってたんだろ?」


「うん。僕達が色々考えてたのにまーくんが全部持っていきそうだったから。結果的に持っていかれちゃったけど」


 紫音は依にサプライズでも仕掛けようとしてたようだ。


 だけど俺が先にサプライズのようなことをしてしまったから少し拗ねている。


「まあ、依ちゃんが喜んでくれたならいいや」


「絶賛固まってるけど?」


「誕生日プレゼントにキスでもしてお姫様を起こしてあげたら?」


「依へのプレゼントって何も思いつかなかったから『何でも言うこと聞く券(常識の範囲内)』にしたんだけど、それ使ったことにしてやればいい?」


「何それ、僕も欲しい!」


 俺は誰かにものをあげるのが苦手だから、相手の欲しいものを調べてからあげるタイプの人間だ。


 だけど今回は依の欲しいものを聞けなかった。


 だから結果的には同じな『何でも言うこと聞く券(常識の範囲内)』にしたのだけど、紫音だけでなく全員がポジティブな反応を見せるとは思わなかった。


 考えなくてもいいし、毎回これにしてしまおうか。


 そんなこんなでバレンタインは終わった。


 そして依のお誕生日会が小さく始まった。


 紫音と蓮奈と愛莉珠は用意していたプレゼントを渡し、何も用意してなかったレンと水萌は俺と同じように『何でも言うこと聞く券(常識の範囲内)』をあげた。


 そのお誕生日会も終わり、最後に依がボソッと言った「楽しい気持ちで誕生日が終わるのなんて初めて」と。


 どういう意味かはわからないけど、依が楽しんでくれたのならそれでいい。


 今日を楽しい日だと思ってくれたのなら。

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