愛を伝える
「酷い悪夢を見てた気がするんだけど、起きたら起きたで悪夢が広がってるんだが?」
「私はとってもいい夢見てた気がするけど、起きたら私抜きで楽しそうなことしててずるい」
「俺は全部覚えてるけど、絶対に俺のせいじゃないし、楽しいことしたわけじゃないから」
アルコール入りのチョコの香りで酔ってしまったレンと水萌が目を覚まし、俺の目の前に広がる状況を見て、レンが呆れ水萌がほっぺたを膨らませている。
俺の目の前に何かあるのかと言うと、依と紫音と蓮奈がうずくまって震えている。
「普通な、怯えてるようにしか見えないのに、なんでその発想が生まれない」
「なんとなく」
「舞翔くんだし」
「なんか納得いかん。ありす、説明」
いつものことだけど、俺が悪いことにされているので、俺が説明したところで信じてもらえない。
だからここは、ジッと俺達を傍観していた愛莉珠に説明を求めることにした。
「先輩が依さん達を口説いてた!」
愛莉珠が元気に俺を裏切る。
「信じた俺が馬鹿だった。ありすは真実を話してくれないか……」
「記憶の改ざんは先輩の十八番でしょ。先輩達は酔うと記憶が無くなるタイプみたいだね」
さてどうしたものか。
俺は愛莉珠の言葉を全て否定することができない。
なぜなら俺は全てを覚えてるつもりだけど、チョコの箱を開けた後に少しくらついた気がする。
だからもしかしたら俺はその時に意識が飛んだ可能性がある。
「……よし、この話は終了にしよう。多分誰も幸せにならない」
「えー、ありすに酷いこと言ったのにそれだけー?」
「何が望みだ」
「ありすも幸せになりたいな♪」
愛莉珠がそう言って俺に這い寄って来る。
「ちょっと待て」
「なんで止めるの、恋火さん! ありす達が何してもいいってさっき言ってたのに!」
レンが真面目な表情で愛莉珠のことを止めてくれたが、それを受けた愛莉珠は頬を膨らませて拗ねてしまった。
「いや、ありすのやることは停めてない。ちょっとサキに聞きたいことがあるだけだから続けていいよ」
「恋火さん大好き」
「レンは俺の味方しろや」
もう今更だからいいんだけど、どうして俺よ味方はこうもいないのか。
味方のいない俺は愛莉珠を受け止めるしかない。
「サキはさ、記憶があるんだろ?」
「あるよ。だからありすの言ってることは信じてない」
「そんな酷いこと言う先輩にはこうだ!」
愛莉珠に首筋を噛まれた。
正確には歯は立てられてないから吸われた?
そしてすぐにレンが愛莉珠の頭にチョップをする。
「えろいことをしていいとは言ってない」
「いいって言ったもん! 先輩エキスを補充しないとありす死んじゃうの!」
「少しは自重しろ。それと水萌もやろうとすんな」
音を立てずに俺に近づいて来ていた水萌がレンに捕まった。
俺のエキスとは何かわからないけど、何かが吸われる感じはあるからやめて欲しい。
というか今まで大丈夫だったんだから今更する必要もないだろうに。
「先輩も無反応だし別のことやろ」
「無反応っていうか、反応に困ってるだけだからな。それとあんまりそういうこと続けるならオレも手が出るから」
「……了解しましたです」
愛莉珠が真剣な表情で敬礼をする。
そして俺から少し離れて俺の服の袖をつまむ。
「何してるの?」
「姑とか、なんか逆らえない相手にいびられて落ち込んでる女の子ごっこ」
「それ楽しい?」
「状況を想像すると結構楽しい」
愛莉珠が楽しいならそれでいいけど、つまりはレンが愛莉珠をいじめる姑ということになるんだろうか。
それを想像すると……
「ありす、レンのはいびりじゃなくて愛のムチだよ」
「そうは言っても、それは第三者からの、しかも恋火さんをよく知ってる先輩だから言えるんだよ!」
「確かにレンはすぐ怒るし、すぐに手を出してバイオレンスだけど、ありすが気に食わないからとかの幼稚な理由でいじめたりはしないよ」
「でも……」
「レンは大丈夫。他の有象無象達は違うから何か言われたら言いなさいよ?」
「うん、先輩を信じる!」
愛莉珠はそう言って俺に抱きつく。
こうして俺と愛莉珠のコントは終了した。
「いきなり何始めたのかと思ったら、オレを元カレにできた新しい彼女に口出しする元カノ扱いするコントやめろよ」
「あぁ、姑よりもそっちのがそれっぽかったか」
「次からはそうしよ」
「次とかないから。選べサキ。お前かありすか」
レンが笑顔で指を構える。
「レンの愛を受け止めてやる」
「せ、先輩! ありすを庇ってそんな……」
「大丈夫、レンならきっと情が入って手心が──」
そんなものはなかった。
レンのデコピンは痛い。
痛いのは確かなんだけど、なんでだろうか、すぐに痛みを感じなくなる。
痛覚を殺しているのだろうか。
「性懲りも無くやるから呆れて加減しちまった」
「うずくまり族が追加された」
「もう一人いっとくか?」
「ありすは先輩の介抱で忙しいので遠慮しておきます」
「あっそ。それでサキは何してより達を動けなくしたんだよ」
レンが呆れながら聞いてくるけど、俺には喋る余裕かない。
レンは加減をしたと言っていたけど、絶対に嘘だ。
多分頭蓋骨が割れた。
「それはさすがに……嘘だよね?」
「加減したっての。それなりに」
「してないやつー。まあ先輩が喋れなそうなのでありすが先輩の口になりますね……なんかえっち」
「お前もサキみたいに口が動かせないようにしようか?」
「バイオレンス! 恋火さん、そういうことしてると先輩と結婚しても家庭崩壊しますよ。なのでありすが先輩を幸せにします」
「そこになおれ」
うずくまっていて見えないけど、多分愛莉珠が土下座をした。
愛莉珠の言ってることも合ってはいるんだけど、レンが暴力を振るうのは正直俺達が余計なことしかしないのが原因ではある。
だから多分、俺達がレンをからかうことをやめたらレンだって暴力を振るうことはない。
絶対にやめることはないんだけど。
「恋火ちゃんのことを暴君って言うの?」
「そうそう、旦那を尻に敷くタイプで、将来は鬼嫁と呼ばれるだろうね」
「だけど舞翔君と二人っきりの時はデレデレなんだよね」
「まーくんはそのギャップに抗えないだろうね」
水萌が静かだと思ったら依達と一緒に居たようだ。
というかいつの間にか依達が復活している。
「言いたい放題言ってるとオレも手が出るってわかってるんだからやめればいいだろ」
「うち達はれんれんとお兄様が家庭を築いた後に暴力で崩壊しないようにれんれんの沸点を上げようとしてるんだよ」
「蓮奈さんが言ってたろ、オレはサキと二人ならそうそうキレない」
「れんれんは嫉妬がすごいからね。だからお兄様が職場で女の匂いを付けて帰って来たら癇癪起こすでしょ」
「それは否定しない。だけどサキだし」
またもレンに呆れられた。
「そうだよね。お兄様に『俺はお前しか眼中に無いよ。愛してる』とか言われたられんれんは卒倒しちゃうだろうし」
「……しないし」
「肯定の間ー」
「皇帝の間……」
「れなたそ、捉え方によったら危ない言い換えしないの。それよりもさ、お兄様にうち達が何されたのか気になってたよね?」
「そう、サキはどうせ何もやってないとか言うだろうから被害者に聞く」
さっきは俺に聞いてきたくせに依達が起きれば依達なのか。
なんて少し拗ねたフリをしてみたり。
「まあ何されたって言ったら、愛を囁かれたね」
「……ほう」
今、レンが居る方から殺気を感じた。
声はまだ出ないから何も言い返せないけど、俺は絶対にそんなことはしていない。
確かにチョコの香りを嗅いだ後に少しだけふわふわしていて、それが無くなったら依達がうずくまっていたけど。
「よし、なんか空気が気まずくなったところで、お兄様にチョコを渡そー」
「サキとよりには後で色々と話を聞かないとな」
「え、うちも?」
「当たり前だろ。それともサキに全部押し付けるか?」
「いいじゃんか! うち達への気持ちを『愛』って表現したって!」
どうやら俺は無意識のうちに依達へ俺の気持ちを伝えたらしい。
内容はわからないけど、依達がうずくまるようなことを。
「思い出すだけで恥ずかしい……」
「だいたい内容はわかるよ。それも後で聞くけど、とりあえず今日の本題に入るか」
こうしてとりあえず俺の冤罪は晴れ、今日の本題であるチョコのお渡し会が始まるのだった。




