姉妹のキス
「ねぇ、ありす」
「にゃ、にゃんですかな」
俺の机に何かを入れた人に関しての話し合いを待ってから数分経ったが、終わりそうにないので、ソワソワしている愛莉珠に少し気になることを聞いてみることにした。
「俺ってこれからバレンタインのチョコを貰うんだよね?」
「しょ、しょうですが?」
「だよね。ホワイトデーやばくない?」
この場に居るだけで六人。
そして真中先輩からも貰ったから七人へのお返し。
俺はホワイトデーのお返しなんてしたことがないからどういうものを返したらいいのかを今から考えないと間に合わなくなる。
今からでも間に合うかわからないけど。
「まあそれは明日の俺に任せるとして、ありすはなんでそんなソワソワしてんの?」
「しょ、しょんなことにゃいれすけど?」
「それで誤魔化せてると思ってるなら勘違いだからね?」
愛莉珠はあからさまにおかしい。
俺の足の中に入ってすぐは俺の手で遊んでいたけど、少ししたら急に手を離してソワソワしだした。
「俺、何かした?」
「ち、違いますです。さ、最初は先輩に包まれてるみたいで嬉しさしかなかったんだけど、途中から『あれ? これってほんとに包み込まれてない?』って思っちゃって、ドキドキが止まらないです」
愛莉珠が頬を赤くしながら俺の方をチラッと見てくる。
なんだかめんどくさい愛莉珠と大人しい愛莉珠を足して二で割ったみたいな感じが新鮮で可愛らしい。
「なんですかその微笑ましいものを見るような目は!」
「ほほえま」
「先輩なんて知らない」
愛莉珠が拗ねてしまった。
だけど普通は拗ねたら顔を逸らしたりするものなのに、愛莉珠は俺の胸に顔を押し付ける。
やっぱり可愛らしくて微笑ましい。
「れんれん、普通に浮気してるけどいいの?」
「オレも大人になった。あれって結局サキが口説いてるってよりかは、お前がチョロすぎてそう見えるだけだろ?」
「この中で一番チョロいれんれんに言われるとは」
「これがどんぐりの背比べ」
話し合いは終わったのか、レンが蓮奈を睨み、依が蓮奈を襲っている。
仲がいいことで。
「とりあえず休み明けにお話することになった」
「水萌の音もなく隣に来るスキルはどこで手に入れたの?」
「びっくりした?」
水萌が笑顔で聞いてくるが、それは答えになってない。
俺をびっくりさせる為に習得したのかもしれないけど、それにしては頑張り方のベクトルが偏りすぎている。
「水萌は忍者にでもなりたいの?」
「別に? 私の将来の夢は舞翔くんのお嫁さんだから」
いきなり返答に困ることを言わないで欲しい。
しかも笑顔で。
「結局お姉ちゃんは先輩のことは諦めないんだね」
「うん。とりあえず舞翔くんが恋火ちゃん一筋で私のことなんか眼中にないのはわかったけど、それは別に私が舞翔くんを好きってことを無かったことにする理由にはならないでしょ?」
確かに俺はレン一筋で、水萌のことを異性として好きになることは今のところない。
そしてそれは水萌の言う通りで、水萌が俺を諦める理由にはならないし、レンもそれを特に咎めたりはしていない。
「辛くないの?」
「私もね、思ったの。私と舞翔くんのやってることってほとんど恋人さんみたいなことだからいいんじゃないかって」
「確かに。でもキスとかはしたくないの?」
「それはしたくなったら事故を装って……ね?」
「『ね?』じゃねぇから」
水萌のつむじにレンのチョップが突き刺さる。
さすがにそういうのは許さないようだ。
「恋火ちゃんがバイオレンス」
「最近覚えたからって人を暴力人間みたいに言うな」
「恋火ちゃんは元から暴力人間じゃない?」
「その減らず口はどう塞がれたい?」
「舞翔くんの唇で──」
今度は水萌のおでこにレンのデコピンが突き刺さる。
冗談なんだからもう少し加減をしてあげればいいものを。
「じゃあ恋火ちゃんのでもいい!」
「涙目で何言ってんだよ」
「泣かせたのは恋火ちゃんだもん! 責任取って!」
「意味が──」
水萌がレンにキスをした。
……ん?
「はわぁ……」
「ありすには刺激が強いです」
頬を赤くして、口元に手を当てている愛莉珠の目を手で覆い、俺も目を逸らす。
「ありすにってよりも、先輩にでしょ? 完全に寝盗られだよね」
「やめなさい。姉妹だからセーフ」
「いや、姉妹だからで許されるのは小学生まででしょ。あれは見る人によっては色々とアウト」
そんなのはわかっている。
だけどそういうことにしておかないと後々面倒になる。
「現実逃避だ」
「うるさい。つーか長ぇ──」
さすがに長すぎるのでやめさせようと視線を戻すと、そこには頬を赤く染めて見つめ合う水萌とレン。
レンは目をとろけさせて、口元に手を当てている。
これは……
「官能小説かよ!」
「黙れ依。せめて同人誌と言え!」
「いや、えっちなことには変わりないよ……」
見入っていた依が叫び、俺が訂正して、蓮奈が紫音の目を隠しながら照れた様子で言う。
ちょっと空気が……
「つぎ」
水萌が体を起こして依達の方に目を向ける。
まるで次の標的を探すかのように。
「あれは探してるやつだよ」
「だよな。水萌に初めてを捧げたくないやつは逃げろ。水萌の為にも」
多分愛莉珠も標的に入っているから愛莉珠の目隠しを解いた。
とりあえず被害者が出る前になんとかしなくては。
「逃げろって言われても、うち的には水萌氏が襲ってくれるならほんも、う!?」
「馬鹿野郎、戦場で敵から目を逸らすやつがいるか!」
水萌の次の標的が依に決まった。
音もなく近づいた水萌に依が押し倒される。
「やばい、ドキドキが止まらない」
「……放置していいのかな?」
「先輩、水萌お姉ちゃんの為に止めて」
「わかってる」
愛莉珠にジト目で怒られたので立ち上がって水萌の元に向かう。
そして水萌のお腹に手を回して抱き寄せる。
「依、目を瞑って待ち構えてるとこ悪いけど、水萌の唇はそんなに安くないから」
「誰が安い女だ!」
「水萌相手なら簡単にキスするやつは安い女だろ」
「水萌氏には毎日バーゲンセールしてるからね」
依が照れながら言うけど、多分本当にキスなんてされてたら明日からまともに水萌と話せていないと思う。
そしてしたことを後悔するんだから止めた俺に感謝して欲しい。
「まあいいけど。とりあえず水萌、落ち着け」
「んー、やー」
水萌がジタバタと暴れる。
思った通りのようだ。
「怒るから誰がやったか挙手」
「怒ること前提なんだ。それよりも何を?」
「白々しいぞ依。まさかお前、こうなることまで予想してやったのか?」
「だから何が。言われのない罪をふっかけるのは冤罪だよ」
依が起き上がって俺をジト目で睨む。
「みゃいとくんはわらしのこときらい?」
「呂律も回らなくなってきてるじゃん。好きだから大丈夫」
「ほんろ? じゃあちゅーするー」
「しないから。水萌はとりあえず寝ろ」
「いっひょに?」
「隣にレンを置いてあげるから」
「やったー」
水萌はそこで眠りについた。
可愛い寝息を立てる水萌を俺のベッドに寝かせ、その隣に気絶中のレンも寝かせた。
寝ながらも無意識に水萌はレンに抱きついたが、とりあえずそれ以上のことはしなそうだ。
心配は残るから愛莉珠に見張りを頼んで、俺は今日何度目かの犯人探しを始める。
「それで誰? 水萌にアルコールを入れたのは」
ちょっと真面目なトーンで俺はそう切り出したのだった。




