手のひら返し
「正直に言うなら情状酌量の余地ありとして許すかもしれないけど、誰だ?」
「自作自演で犯人探ししなくていいんですよ?」
依の始めたユダ探しという名の魔女狩り。
愛莉珠の発言でみんな納得したような顔になり終了した。
「いや、ちょいまちなさい! ほんとにうちじゃないから!」
「引くに引けないのはわかりますけど、依さん以外に誰がやるんですか?」
「みんな可能性で言ったらあるでしょ」
「ないですよ?」
「断言できるだけの理由があるんだろうね?」
「ありま……。せんぱーい、依さんがパワハラしてきますー」
愛莉珠がわざとらしく目元を擦りながら俺に近寄って来る。
「依、あんまり年下いじめるなよ」
「お兄様までうちをいじめるんだ! そんなこと言うなら秘蔵の一品……五品を見せてあげないぞ」
依が頬を膨らませながらジト目で俺を睨んでくる。
秘蔵の五品。
なんなのかはわからないけど、依の反応から俺が喜ぶものなのは確実だ。
「依さん、五品じゃなくて六品ですよね?」
「甘いな。紫音くんとれなたそのは既に消去済みなのさ」
「なんでお二人が簡単に消させたかわからないですか?」
「……スマホ出せー!」
依が血相を変えて愛莉珠に駆け寄る。
その愛莉珠は俺のベッドに乗り、俺を盾に使う。
「依うるさい。それよりも俺の机に何か入れたの依なの?」
「だから違うっての。放課後に渡す予定あるのにそんな回りくどいことしないよ」
「依さんならやりかねなくないですか?」
「否定はできないけど、ほんとにうちじゃないから。好きな人の机の中にバレないようにチョコ入れるとかガチっぽくて恥ずかしいし」
依が言いながら頬を赤く染める。
「その可愛い反応はマジのやつか。それなら蓮奈さん?」
「当てずっぽうでしょ」
「可能性の高い人からしらみつぶししてるだけですよ?」
俺の机にチョコを入れることが物理的に無理な愛莉珠だけができる犯人探しではあるけど、もしも本当にこの中に犯人がいなかったら空気が悪くなるだけだ。
そもそもあれが本当にチョコなのかもわからないけど。
「私は絶対に無理だから」
「なんでですか?」
「だって登校はしおくんと一緒で、今日は一日中、真中さんと一緒だったからそんな余裕ない」
「真中先輩と仲良くなったんだ」
真中先輩からの感謝の理由がやっとわかった。
俺は何もしてないけど、蓮奈と仲良くなれたことが嬉しくて、俺が何かしたのだと勘違いしたのだろう。
だけど良かった。
「元から私は真中さんのこと嫌いとかないからね。ちょっと気まずかっただけで」
「そっか、蓮奈にも同い年の友達ができたんだね」
「何そのお母さんみたいな言い方」
「叔母さんも同じこと言ってたよね」
「舞翔君達がうちによく来るようになった時ね。毎日お赤飯地獄で泣きそうになったよ。うち、パン屋なのに……」
それは確かに地獄だ。
もしも毎日のご飯がお赤飯になったら普通に嫌だ。
残すのも嫌だから全て食べるけど、食事に何も感じない俺が、食事に嫌悪する。
「舞翔くんお赤飯嫌いだもんね」
「うん。どうも食感が苦手」
「食わず嫌いだろうが」
「なぜわかった」
俺はお赤飯を食べたことがない。
だけど本能でわかる。
あれは俺が食べれないものだと。
それをなぜかレンに見破られた。
「先輩にも嫌いな食べ物ってあるんだね」
「俺は基本的に無理すればなんでも食べれるだけで、苦手な食べ物は結構あるぞ?」
「じゃあ今度先輩の苦手な食べ物だけを用意した拷問していい?」
「したら多分ありすのこと嫌いになるけどいい?」
「ありすが先輩の嫌がることするわけないじゃんか」
愛莉珠が凄まじい手のひら返しをして俺の頭を撫でてくる。
実際やられても嫌いになることはないだろうけど、俺にそういうことをするなら自分がやられても何も言えないだろうからそれ相応のことはやり返す。
「絶対にやめとこ。それより、依さんでも蓮奈さんでもないなら本当に先輩を狙う第七の刺客?」
「真中さん入れたら八だけど、あの人は舞翔君のことは人として好きみたいだから違うか」
「いや、一番可能性あるやつが残ってるだろ」
犯人探しに飽きてきて、俺は水萌と手遊び(指をいじり合う)をして終わるのを待っていたら、レンが本当の終わりに導いてくれそうになったので手遊びを終えてレンに向ける。
「誰?」
「そこで無言でサキと遊んでるやつ」
依がレンに問いかけると、レンが俺の足の中で猫じゃらしを追いかける猫のように俺の手を捕まえようとしている水萌を指さす。
「水萌さん?」
「水萌氏は一番ありえなくない? そもそもずっとお兄様と一緒に居たでしょ」
依の言う通りで、少し前まで俺を避けていた水萌だけど、仲直りが済んでからは文字通りずっと一緒に居る。
さすがにお泊まりはしてないけど、前と同じように、少なくとも学校では授業の時以外は常に隣に水萌が居る。
「そうだろうな。サキって学校でトイレもめったに行かないみたいだからずっと離れないだろうし」
「じゃあやっぱり水萌氏は……あぁ、そっか」
依が何かに気づいたようで、水萌に視線を向ける。
「でもやっぱり違うよ。れんれんはお兄様がれなたそと逢い引きしてる間に入れたと思ってるんだろうけど、その時は水萌氏すごいつまんなそうにして珍しく自分の席に居たし」
「私が呼んだだけで用があったのは真中さんだから。というか、珍しくってなに?」
「お兄様はめったにトイレに行かないけど、人間だからたまには行くんだよ。そうじゃなくても今日みたいに一人でどこかに行くことはあるのね。そうやって水萌氏が教室に一人で残ると、うちのこと完全無視でお兄様の席に座って待ってるの」
「やってることが重い彼女だ」
言われてみたら確かに俺が席を外して帰って来ると水萌が俺の席に座ってることが多い。
その直前まで話してることが多いから普通のことだと思って何も感じていなかった。
「ありすちゃんだってやるでしょ?」
「先輩と同じクラスだったらやる。だけど絶対に先輩はクラスの人に変な目で見られるよね」
「別に興味ないし。それで俺にちょっかいを出してくるなら相応の対処はするけど、多分依がなんとかしてるんでしょ?」
「してないよー?」
どうやら本当にしてるらしい。
後でご褒美をあげないといけない。
追加で。
「それで結局水萌は知ってるの?」
「知らなーい」
「本当のこと言わないと席替えするけど?」
「舞翔くんのいじわる! それとも、私のこと嫌い……?」
「ねえ、このずるい子どうしたらいい?」
とりあえずウルウルした目をやめさせる為に水萌のほっぺたを軽くつねる。
どこでこんな手を覚えてくるのか。
「依か?」
「全部うちのせいにしない。水萌氏は自主勉を頑張ってるんだよ。それと普通に水萌氏は何しても可愛いから許せるだけ」
水萌の自主勉。
依から話だけは聞いているけど、それがなんなのかはわかってない。
今の上目遣いがそうなら、普通の勉強もそれぐらい本気でやって欲しい。
「まあいいや。それで水萌、どっち?」
水萌のほっぺたから手を離して水萌に問いかける。
「んー、どうしよっかなー。みんなが居るところで教えちゃうとその人が酷いことされちゃうかもだから言わないようにしてたけど、聞きたい?」
「本心どうぞ」
「えへっ♪」
なぜだろうか、声も顔も笑っているのに、すごい冷たく感じる。
これは……
「君達、水萌を絶対に一人にするなよ?」
「水萌氏、お兄様の机にチョコ入れる人がいないか確認する為に今日は自分の席に居たのか」
「それで本当に入れる奴がいて、どうしてやろうかを考えてたと」
「だけど、その話を持ち出したのも水萌ちゃんだよね?」
「水萌ちゃんのこと小悪魔ってまーくんは言ってるけど、小悪魔で済む?」
「紫音さんよりよっぽどお腹が……」
「みんなして酷い! 私は散々舞翔くんの悪口言ってたくせに、舞翔くんが素敵な人ってわかった途端に手のひら返しをしたあの人が許せないだけだもん。それともみんなは許すの?」
水萌が俺の右手の人差し指をいじりながら拗ねた様子で言う。
別に俺の悪口なんて言わせておけばいいし、今更そんなやつに好意を寄せることなんてないんだから気にしなくても──
「よし、作戦会議を始めよう。何回目かわからないけど、今回は全員真面目に取り組めよ」
「もちろん。うちは誰かなんとなくわかるから情報提供しよう」
「私が呼んだのが原因なんだもん、私も頑張って意見出す」
「じゃあまず証拠集めからだよね。どうせまーくんには遊び感覚でチョコをあげてるわけだし、彼氏でも作ったらそれをネタにして……」
「ありすも怒ったけど、この怖い人達と会議するの怖いんですけど……」
「じゃあちょっとの間舞翔くん貸してあげる。私も本格的に考えないとだから」
水萌はそう言って立ち上がり、自分の鞄を取りに行った。
なんで鞄を取りに行ったのかは見ないようにして、俺は怯えてしまっている愛莉珠を手招きする。
人肌を感じて安心したのか、愛莉珠の怯えも少しだけ緩和したようで、愛莉珠の顔が緩んでいる。
目の前では真剣な表情の水萌達が、見覚えのある箱を真ん中に置いて話し合いを始めた。
その話し合いが終わるまで、今度は愛莉珠と手遊びをして待っていたのだった。




