下ネタ嫌い
「唐突で特に深い理由はないんだけど、お兄様は甘いもの好き?」
「普通」
水萌との関係が元通りになり、それからは何事もなく二月に入った。
そんな二月に入ってすぐの今日、放課後に珍しく依がうちに遊びに来たかと思ったら、開口一番そう言ってきた。
「普通って言うのは、甘すぎるのは得意じゃないけど、嫌いではないってことでおけ?」
「うん。俺って味で好きな食べ物とか嫌いな食べ物ってないから、真ん中だったら大丈夫」
俺は赤飯が嫌いだけど、あれは味が嫌いというよりかは、食感が駄目だから嫌いだ。
甘いものなんかは、過度でなければ基本的になんでも美味しく感じる。
「ほうほう。なんとなくそんな感じはしてたけど、お兄様って貧乏舌だよね」
「否定はしない。それよりも、いきなり甘いもの好きか聞いてくるって、毒でも盛って俺に食べさせる気?」
さすがにあからさますぎるから違うと思いたいけど、俺の好きな味を聞いてそこに何かしらのものを入れ、俺をどうにかしたいのか。
もしそうだとしたら、普通に犯罪だから止めなくてはいけない。
「いや、二月にうちが甘いもの好きか聞いてるんだからわかるでしょ」
「二月に……あ、そっか。レンと水萌がソワソワしてるのもそれね」
レンと水萌だけでなく、紫音と蓮奈と愛莉珠も少しソワソワしている感じがする。
水萌とのことで何か思うことがあるのかと思ってたけど、そういうことなら納得できる。
「当日って何かするの?」
「何かするようなイベントでもないでしょ。普通に渡して終わり」
「わかった。ちなみに依って甘いもの好きなの?」
「人並みかな。お兄様と一緒」
勝手な想像だけど、俺達の中に甘いものが好きな人がいなそうなイメージがある。
水萌はなんでも好きだろうし、レンは隠れて好きそうだけど、多分俺と同じで食に興味はない。
紫音と蓮奈は甘いものはよく食べてて飽きてる節があるし、愛莉珠は好きそうだけど前に苦手と言っていた。
「俺達って食に興味があるのいないんだな」
「女子がたくさんいるのに甘いもの好きがいないってのも珍しいよね。今もだけど甘い空気にはすぐなるのに」
依はそう言って、ずっと目線を逸らしていた場所に目を向ける。
簡単に言うと、俺の足の中で眠る水萌へ。
「仲直りしたのはいいんだけどさ、最近余計に距離感近くなってない?」
「言っとくけど、レンに許可は取ってるからな? 最近は二人で何かしてるみたいで、水萌も疲れてるみたいだし」
その理由もさっきわかったけど、なんか、俺を足止めしてるような感じがしてならない。
レンが許していることも含めて。
「そのれんれんは?」
「買い物行ってる。なんか最近冷たいから一緒に行かせてくれなかった」
「倦怠期か。なんとなく理由はわかるけど」
水萌と仲直りしてからのこの数週間は、三人で集まることが減った。
理由を知って納得はしたけど、別に隠さなくても良かったのに。
「距離感って言えばさ、依達も仲良くなったよね」
「元から仲良しでしたけど?」
依が少しキレ気味で言う。
何か変なことを言っただろうか。
「お兄様までうちと紫音くんとれなたそはそこまで仲良くなかったって言うんだ……」
依がふくれっ面で拗ねてしまった。
「ありすのことだから。紫音と蓮奈に何を言われたのか知らないけど、あの二人は依のこと大好きだろ」
紫音と蓮奈は依とレンのようにひねくれたことを言ったりはしない。
だから依の反応を見て楽しんでただけだ。
依には悪いと思うけど、依は嗜虐心をそそる。
こればっかりはいい反応をくれる依が悪い。
「ということで依がギルティ」
「うわ、うちのせいにしやがった。そんなこと言うお兄様には酷いことしてやるんだから」
依がニマニマした顔で俺を見てくる。
なんでだろうか、依の言う「酷いこと」をされたい自分がいる。
絶対に面白いことにしかならないだろうから。
「余裕でいられるのも今のうちだかんね」
「楽しみにしてる」
「絶対にその笑顔を歪ませてやる。……それはそれで嫌だな」
依が何かを一人で考えだした。
「それで《《文月さん》》は今日なんで来たの?」
「水萌氏よ、寝たフリなのはなんとなくわかってたけど、いきなり声をかけられてらドキッとするからやめて。それと『文月さん』はやめてって言ってるじゃん」
俺の足の中で寝たフリをしていた水萌が結構辛辣なことを言っているが、依からしたら水萌に話しかけられたことが嬉しくて気になっていないようだ。
そんなことよりも、俺もそれは気になっていた。
まさか俺に甘いものが好きか嫌いかを聞く為だけに来たわけでもないだろうし。
「まあ、今日は紫音くん達が作戦会議するって言ってたからうちがお兄様の相手担当に選ばれたのが一番の理由かな。ほら、れんれんと水萌氏が最近倦怠期入ってるから、うち達までお兄様と距離取ったら寂しいでしょ?」
「寂しい」
「素直すぎるんよ。まあぶっちゃけ水萌氏かれんれんのどっちかが居ればお兄様は満足なんだろうけど」
確かに正直なことを言えば、俺は一人でなければなんとか寂しさを誤魔化せる。
だけどできるなら一緒に居る人は多い方がいい。
「依が居てくれて俺は嬉しいよ」
「はっ、どうせみんなにそう言うんだ」
「舞翔くんに何を期待してるの? 当たり前じゃん」
「水萌氏よ、お兄様的にはもう少しうちを泳がせてから落とすのが楽しみなんだから、そうやってお兄様の楽しみ取ったら駄目だよ?」
「あ、ごめんなさい」
水萌が俺の方を向いて俺の胸に頭をぶつけながら謝ってきた。
事実だからなんとも言えないけど、依はもう少し俺を怒ってもいいと思う。
怒られてもやめる気はないけど。
「まあ、お兄様が本心からうちか居てくれて嬉しいのはわかってるけどね」
「それならいいけど」
「……よし、耐えた。あ、そういえばもう一つ聞きたいことあった」
「嫌な予感しかしないけど聞こうか」
なんだか依がすごいニマニマしているから絶対にろくでもないことを聞いてくるのはかっている。
だけど人間というのは駄目だとわかっていても興味には逆らえないものだ。
後で絶対に後悔するとしても。
「お兄様はぁ、誕生日に『プレゼントはわ・た・し(はぁと)』って言って、裸にリボンだけ巻いた状態で彼女が部屋で待ってたらどう思う?」
「その彼女はレン?」
「でもいいけど、今回は特別に誰でもいいよ。うち達の誰かを彼女と設定した場合でも」
「多分反応に困って近くにあるもので肌色を隠す」
やはり依は想像を軽く超えてくる。
あまりの意味のわからなさに、逆に落ち着いてしまった。
「そんなことしそうな痴女はありすぐらいだからもしもの時は止めろよ?」
「ありすちゃんのことをなんだと思ってるのさ。わかるけど」
「ちなみに一番破壊力があるのは水萌」
「それもわかる。ちょっと恥じらってると完璧」
あんまり言いすぎると水萌が本当にやりかねないのでここら辺でやめておくけど、実際水萌がリボンだけ巻いた状態で頬を赤らめながら上目遣いした日には……
「舞翔くんのえっち」
「水萌はそんな子にならないでくれよ?」
「舞翔くんが喜んでくれるなら」
「お兄様のおに──」
「それ以上言ったらレンに突きつける」
「やば、目がマジだ。お兄様ってほんと下ネタ嫌いだよね。いや、ごめんて」
俺が睨みつけると、依が顔を引き攣らせながら謝ってきた。
下ネタは嫌いだけど、嫌いというよりかは苦手というのが正しい。
どう反応したらいいのかわからないし。
「ちなみに下ネタ言う女子は嫌い?」
「言った後に微妙な空気に耐えられなくなって恥じらうなら好き。大声で叫んでるタイプは嫌い」
「善処するね」
依が笑顔で言うが、そんなこと善処しないでいい。
むしろ二度と言うな。
「じゃあお兄様がどこまで許してくれるのか試してみよー」
「いいんだな?」
「何がだい? うちはやめないよ」
そうして俺は依から様々なセクハラ(言葉の)を受けた。
水萌の耳は俺が塞いだから水萌の心が汚れることはなかったと思うけど、俺はなんか色々と削れた。
そして案の定ちょうど帰って来たレンにバレ、依は消沈したのだった。




