ずるい人達
「おかえり」
「……ただいま」
水萌を追いかけられなかった俺は、水萌に言われた通り自宅へ帰った。
玄関を開けると、廊下に座り込んでいるレンが出迎えてくれた。
「今にも死にそうな顔してるな」
「死にそうって言うよりかは、死にたい」
「サキが絶対に選べない選択肢だな。そんなことしたら水萌が自分を責めて何するかわからないから」
レンの言う通りで、「死にたい」と言ってはいるけど、ほんとに死んだりしたら水萌が責任を感じる。
水萌を泣かせたことを後悔してるのに、余計に水萌を泣かせることなんてできるわけがない。
「とりあえず中入れば? サキの部屋でゆっくり話そ」
「うん」
レンが立ち上がり廊下を歩き出す。
俺も玄関を上がって後に続く。
「まあ、水萌から事前に話は聞いてたけど、要はサキがオレのことをなんで好きになったのかを言えないのが問題なんだよな?」
「うん」
俺の部屋に着き、レンが当たり前のように俺のベッドに寝転がり、俺がベッドに背中を預けながら体育座りをして話す。
すんなり話が進むと思ったら、やはり水萌は俺以外には事前に話をしていたようだ。
「水萌もそんなことでサキとの関係を壊しかねないことする必要ないのに」
「俺が曖昧な態度取ってたのが悪いんだよ」
「確かにサキは水萌達が勘違いするようなことばっかりしてたけどさ、自分で言うのもあれだけど、サキってオレのことをほんとに好きだったじゃん?」
「うん」
「そんで、オレ達はサキが浮気みたいな、誰かが傷つくことをしないのも知ってるんだよ。それなのに今更オレのことをなんで好きになったとか言い出すのって、オレからしたら水萌がサキを困らせたいだけにしか見えないんだよな」
レンの言う通りで、確かに今更ではある。
俺がレンを好きになった理由は言えないけど、俺は今現在レンのことが好きだ。
それはずっと言い続けてることで、もちろん水萌も知っている。
俺が思わせぶりなことをしてると水萌は言うが、俺がレンを好きなことを知ってる水萌がそんな勘違いをするのはレンを好きになった理由がわからないことと関係あるのだろうか。
だけど多分そういうことではないのもわかる。
「水萌からしたら、自分の好きな相手が『なんか好き』って理由で他の女子と付き合ってる感じなんだろうな」
「やっぱりそうだよな。でも水萌に色々と言われて思うところもあるのも確かなんだよ」
レンのことが好きだ。
だけど、俺はレンと水萌で『好き』に違いがあるかと言われたら多分答えられない。
レンのことは異性として好きで、水萌のことは友達として好きと言ってきたけど、詳しくどこが違うのか聞かれたら沈黙で返す。
「ぶっちゃけさ、オレ達とサキだと立場が違うからオレ達は言いたい放題できるんだよな」
「と言うと?」
「だってさ、まずオレ達って友達がいないわけじゃん。みんな以外な? そんで友達がいないオレ達は必然的にコミュニティって言うのかな、要するに人と接することがオレ達の中でしかないんだよ」
「うん」
レンの言う通りで、俺は同年代の友達はレン達しかいない。
人数で言うなら六人しかいない。
年上を含めたらもう少し増えるけど、レンが言いたいのはそういうことじゃないなろうから除外して考える。
「んで、サキにはなぜか可愛い女の子が寄って来るじゃん?」
「結果的にそうなってるから何も言えないけど、別に俺に寄って来てるわけでもないだろ」
確かに俺の周りは可愛い女の子(一人は可愛い男の子)しかいない。
散々言われてることだけど、それが今更なんだと言うのか。
「つまりな、オレ達はサキの気持ちがわからないんだよ」
「周りが全員異性(可愛い)の場合、どういう気持ちになるかってこと?」
「そう。もしもオレがサキの立場になったとする。オレはサキと付き合ってるけど、周りはみんな美少年で、全員友達。その時に、オレはサキと他の男友達の好きの違いを聞かれたら答えれるのかわからないってこと」
なんとなくだけど言いたいことはわかった。
要は俺はレンと水萌達に対する好きの違いが答えられないけど、レン達も俺が答えられない理由がわからない。
なぜなら比較対象がいないから。
「だから水萌がやったことは意味がないと思ってる。多分今頃めっちゃ自分のこと責めてるぞ」
「それをケアしてるのが依達ってことか」
「さすがにわかるか。だけど、水萌は『答え』を待ってるのはわかるよな?」
「……うん」
水萌は確かに自分のやったことを責めてるかもしれない。
だけどそれは自分のやったことを『後悔』してるのかと言えば違うと思う。
「サキに悪いことをした自覚はあるけど、サキを本当の意味で諦める為に答えが欲しいんだよ。まあそれ以外にも理由はありそうだけど」
レンが呆れ顔で言ってため息をつく。
「ほんとめんどくさい妹を持つと苦労するよ」
「俺にとっては可愛い妹だから悲しませたくない」
「オレと別れて水萌を選ぶ選択もサキにはできるぞ?」
「その口塞いでレンのことが好きだって証明してやろうか?」
「いいよ?」
レンがベッドから起き上がって微笑みながら両手を開く。
「……今はやめとく」
「ヘタレ」
「なんか水萌を利用してレンとイチャついてるみたいでやだ。全部終わったらそのうるさい口を物理的に塞ぐ」
「ヘタレにできるかな。楽しみにはしといてやるけど」
レンがニマニマと笑いながらベッドに寝転がる。
なぜだろうか、水萌を泣かせた時はあんなに胸を抉られるように感じたのに、今のレンは泣かしてやりたい。
「そういえばありすが言ってたけど、恋人としての好きって、大人の階段を一緒に上りたいかどうからしいな」
「絶対そんな回りくどい言い方してないだろ。もっとわかりやすく」
「キスの先をしたいかどうか」
「キスの先って?」
レンのニマニマが更にウザさを増す。
「わからないなら今から実演する?」
「……それはやめとこ。冗談なのはわかってるけど、準備も無いだろうし、それにサキの言葉が嘘になる」
レンがニマニマ顔をやめて真面目な表情で言う。
「レンのそういうとこが好きだよ」
「はっ、どうせ水萌にも同じこと言うだろ」
「そうなんだよな。結局レンと水萌って似てるから同じことすんだもん」
水萌も俺をからかう時は楽しそうだし、真面目な時になると相手を尊重してくれる。
レンの好きなところを水萌も持っているから差がつきにくい。
「うわきものー」
「でもさ、こうして俺が困った時に隣に居てくれるのはレンなんだよ」
「……うるさいばか。水萌に言われたからだし」
レンがそう言って俺の頭を小突く。
「いつもありがと」
「これはあれか? オレに襲わせて自分は被害者ぶって水萌に助けを求めて仲直りして、そのまま付き合うという。つまりさっきオレにキスするのを躊躇ったのはオレを捨てて水萌を選ぶ予定がある──」
ちょっと本格的にうるさかったのでレンの唇に親指を押し付ける。
そしてその親指を俺の唇に付ける。
「うるさい」
「……ずるいんだよ。いつも」
頬を赤くしたレンがベッドから下りて俺に抱きつく。
こういう時は抱きしめてる相手のことだけを考えるべきなんだろうけど、水萌のことが頭から──
「今だけはオレだけを見て」
「……ずるいのはどっちだよ」
耳元でそんなことを囁かれたらレン以外の全てが吹っ飛ぶに決まっている。
それから俺達は時間を忘れて抱き合っていた。




