真剣なお願い
「……」
「さっきまであんなに元気だった水萌はどこに行ったのか」
神社に着き、階段の真ん中まで続く行列の一番最後に並んだ俺と水萌は、ようやく鳥居までやって来た。
どれだけの時間が経ったのかは見ないようにしてるからわからないけど、水萌の元気を無くすには十分な時間は経っているようだ。
「疲れた?」
「うん。前に比べたら見られないから大分平気だけど、それでもやっぱり人混みは苦手」
「やっぱりまだ視線はある?」
「少しだけね。髪の色は普通なはずなんだけど」
水萌が疲れたように笑う。
確かに今の水萌は黒髪だから前のように人の目を引くような髪色はしていない。
だけどそれは些細なことだ。
結局水萌は可愛いからそれだけで人の目を引いてしまう。
可愛いは罪というやつだ。
「加害者の言い訳」
「ん?」
「なんでもない。水萌に向けられる視線を分散させる方法ならあるけどやる?」
「舞翔くんのかっこよさで引きつけるの?」
それができれば楽なのだけど、あいにくと俺にそんな魅力はない。
それにもしもあったとしても、水萌に向けられる視線は男からの卑しい視線だから俺が引きつけるのは無理だ。
だから水萌と半分とはいかなくても、水萌へ向かう視線を少し引きつけてくれる存在を隣に召喚すればいい。
「ということで、お参りまでの間お願いしてもいいですか?」
俺は俺達の後ろに並んでいてフードを被っている真中先輩に声をかける。
「だからなんでわかるかね。完全に不審者になりきってたから絶対にバレない自信あったんだけど」
「さすがに俺達が行列並んだタイミングで近寄って来たらわかりますよ」
「フード被るタイミングが遅かったか。次からは気をつける」
真中先輩がスマホに何かを打ち込んでいる。
多分今回の反省点でも書いているんだろうけど、別にそこまでする必要はないと思う。
というか普通に話しかけてくれればいいものを。
「浮気デートしてる後輩に話しかける勇気は私にゃあないよ」
「浮気ではないですし、それならついて来るのも違うでしょ」
「いやまあ、元からここには用があったからさ。そんでついでに君達を見つけて探偵ごっこしてたわけさ」
この人は高二にもなって何をしているのか。
来年受験生の自覚を持って欲しい。
まあ知り合いを見つけてなんとなく後を追いたくなる気持ちはわからないわけでもなくはないような気はするけど。
「それで君は私をそこの……」
「水萌です」
「そう、水萌ちゃん。君は可愛すぎて通り過ぎる人の目をかっさらってしまう水萌ちゃんを助ける為に私を使いたいってことでいいのかな?」
「言い方にトゲしかないですけど、そういうことです。可愛い先輩に水萌の盾になって欲しくて」
要は俺(根暗)と水萌(圧倒的美少女)という構図が悪い。
これでは俺のせいで水萌の可愛さが目立ってしまって仕方ない。
だけどここにもう一人美少女が居れば俺の存在が消えて、水萌と真中先輩の二人に視線がいく。
水萌にいくのは仕方ないとして、それでも分散すれば神社を出るまでの水萌の体力が持つかもしれない。
「私は別にいいけど、愛人の水萌ちゃんはいいの?」
「……」
「すごい睨まれてるんだけど、私って水萌ちゃんに嫌われることした?」
水萌が俺に隠れるようにして真中先輩をジッと見つめている。
これはいつもの人見知りだ。
だけどそれ以外にも何かある。
「水萌、どうする? 水萌が大丈夫なら真中先輩にはまた探偵ごっこ続けてもらうけど」
「君の私に対する扱いも相当だぞ? いいんだけどね?」
真中先輩が拗ねたようで俺の腕をつついてくる。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
「今日だけは舞翔くんは私のだもん」
「うん?」
「ふむふむ、ほんとに君達は面白いことをするよね。水萌ちゃん、安心していいよ。私には心に決めた人がいて、ぶっちゃけると女の子にしか興味ないから」
真中先輩が水萌を安心させる為に笑顔でぶっ込んだことを言い出す。
なんとなくそんな気はしてたけど、本人から堂々と言われると水萌に近づけたくなくなる。
「お、後輩くんの目の色が変わった。さっきも言ったけど、私には心に決めた相手がいるから水萌ちゃんを狙うことはないよ。その相手だって君は知ってるでしょ?」
「知ってますけど、それでも水萌の魅力に気づいたら好きになるでしょ」
「ほんとに君達は面白い。お互いのこと好きすぎでしょ」
真中先輩が笑いを押し殺しながら言う。
確かに水萌のことは好きだけど、今更なんなのか。
「似た者同士だけど相手の気持ちはわからないタイプだな」
「よく言われます」
「だろうね。今さ、後輩くんは水萌ちゃんを取られる心配してたけど、水萌ちゃんは意味がわからないんでしょ?」
水萌が俺に隠れながら頷いて答える。
「そんで、普段は後輩くんが水萌ちゃん達に取られる心配されてるんでしょ?」
「そうですね」
「うん、ほんとに面白い」
真中先輩に肩をぽんぽんと叩かれる。
だから何が面白いのか。
「水萌ちゃん達も後輩くんのこと言えないぞ」
「説明する気ないですよね?」
「ん、ないよ? だってせっかくこんなに面白いんだから私は特等席で見てたいし」
「うわぁ……」
薄々思っていたけど、この人はなんか残念な人だ。
別に嫌いではないし、むしろ人としては好きな方なんだけど、やってることが……
「普通に引くでない。冗談、ではないけど、要は君達はお互いを責められないぞってことだから」
「意味はわかりませんけど、わかったことにしときます」
「めんどくさがるな。それはそうと、次だよ」
真中先輩がそう言って前を指すと、確かに次で俺達の番になるようだ。
「結局先輩を使う必要なかったですね」
「君はそういう煽るような言い回しをして気を引く小学生か。そこは私と話してたおかげで時間がすぐだったとか言えないのか」
「まあ、水萌がずっと先輩をなぜか警戒してたおかげで体力がもったので感謝はしてます」
「素直になれよ」
「ありがとうございます」
「素直か!」
素直になれと言うから素直に感謝を伝えたのに、そうしたら怒るとはどういう理屈なのか。
まあそんなことは置いといて、俺達の番になったのでさっさとお参りを済ませることにした。
「五円玉がいいんだよな」
「私も一緒していい?」
「むしろ別々にする必要あります?」
「さりげなく優しさは美点かもだけど、言わないとわからないから次からは言ってね。言われた方が嬉しいから」
真中先輩の言う通りだ。
俺にとっての当たり前が相手の当たり前とは限らない。
相手の為にしたことが、それがたとえ相手がして欲しかったことでも、したことが伝わってなかったら意味がない。
「とりあえず口に出すことが大事ってことか」
「そだね。今は静かにお願いするとこだけど」
真中先輩はそう言って五円玉を賽銭箱に親指で弾いて入れる。
そういうことをすると水萌が真似をするからやめて欲しい。
案の定やろうとしていたので、その手を握って首を振ってやめさせる。
絶対に変な方向にいって視線を集めることになるから。
水萌も渋々だけど納得してくれたので、二人で普通に五円玉を投げ入れる。
そして二礼二拍手一礼をしてお願いをする。
(ありすが俺達の高校に受かりますように)
ここは学業成就を押している神社のようなので、直近で関係する愛莉珠の高校合格をお願いすることにした。
もう受験まで二ヶ月もない。
だから後は愛莉珠の頑張りと、俺がどれだけ愛莉珠に勉強を教えられるかだ。
頑張らなければ。
言いたいことは言い終わったので目を開けると、真中先輩も終わったらしく同じタイミングで顔を上げた。
そして反対側を向くと、水萌はまだ目を閉じたままだった。
そもそも水萌が何かお願いしたいことがあるからとここにやって来たのだから、水萌にはそれだけ真面目にお願いしたいことがあるということだ。
なんなのかはわからないけど、水萌のお願いが叶うようにもう一回お願いだけしてみた。
効果があるかはわからないけど、こういうのは気分だから気にしない。
そうして水萌が一分ぐらいしたら顔を上げた。
何かをやり遂げたように息を吐き「行こ」と言って歩いて行った。
何も聞かせない雰囲気だったので、俺と真中先輩は黙って後をついて行った。




