結局変わらない始まり
「ふぅ、満足満足」
「ありすの顔が清々しい」
五分ほどだろうか、水萌の胸を借り、多分無意識に水萌が俺の頭を撫で続けていた。
そしてそれが終わり、視界が明るくなると、呆れ顔の水萌と、すごい満足そうな愛莉珠が丸くなっているレンの頭を撫でていた。
「どういう状況?」
「舞翔くんは知らなくていいよ。というか知らない方がいいと思う。恋火ちゃんの名誉の為に……」
水萌がそう言って俺から顔を逸らす。
水萌にそこまで言わせるなんて愛莉珠はレンに何をしたのか。
押せば答えてくれそうな依に視線を向けると、座禅を組んで瞑想している。
「いつも意味わかんないことしてるけど、今日はどうした?」
「話しかけるなお兄様。雑念を持つとうちの中のビーストが暴れ出す」
「依はケダモノと」
「うわーん、お兄様がいじめるー」
依があっさりと座禅を解いて蓮奈に抱きつく。
「蓮奈はなんともないんだ」
「私をなんだと思ってるのさ。私はしおくんと戯れることに集中してたから大丈夫」
「その紫音は拗ねてるけど?」
顔がだらしなくなっている依を抱きながら頭を撫でている蓮奈から、少し離れたところで紫音が体育座りをしている。
「私もね、しおくんを男の子って忘れる時があるんだよ。これはしおくんの見た目とかじゃなくてさ、私的にはしおくんって『弟』みたいな感じで、だからちょっとやりすぎちゃった」
「蓮奈の距離感無視の戯れって死者が出るから本当に気をつけろ」
俺も一度やられたことがあるけど、今回が切り替わったのかは知らないが、蓮奈に本気で迫られるとどうもできなくなる。
なんかこう、背筋がゾワゾワするような感じで居た堪れなくなる。
「男の子しちゃうの……?」
「あのね、別に蓮奈限定の話じゃないけど、男は可愛い子に迫られるとどうしたらいいかわからなくなるもんだから」
「舞翔君でも?」
「一瞬でも隙があればこっちも落ち着けるけどさ、その隙がないと結構危ない」
だから普段は蓮奈達に俺が負けることなんてほとんどないけど、吹っ切れて隙を見せないと俺は確実に負ける。
思考が追いつかないから。
「いいこと聞いた」
「今度試してみ」
「舞翔君が私とイチャイチャすることを望んでいるだと……」
「蓮奈だけじゃないけど、みんな無意識の時が一番やばいんだよ。つまりやろうとしてる蓮奈には絶対に負けない」
「強がりって言いたいけど、実際そうだから何も言えない……」
蓮奈がため息をつきながらふやけ顔の依の頬をつねる。
多分八つ当たりなんだろうけど、依はなぜか喜んでいる。
「依、変態なのバレるからそろそろ顔戻しな」
「失礼だよ。うちは別に変態とかじゃなくて、れなたその母性に包まれて顔がふやけただけ」
「昨日も二人でしおくんにいじめられた後、一緒に寝たけどずっと私を抱き枕にしてたよね」
「やば、紫音くんにいじめられた女子二人が同じベッドで寝るとか」
「うん、依ちゃんは変態確定だね」
蓮奈が依の肩を掴んで引き剥がし、少し距離を取る。
「いやいや、れなたそが誘ってきたんじゃん」
「そもそも依ちゃんをしおくんと一緒に寝かせるわけにはいかないでしょ。私がしおくんと一緒に寝ても良かったけど、しおくん最近反抗期なのか私のこと避けるし……」
蓮奈はそう言って拗ねた様子で紫音を横目で見る。
それは反抗期とかではなく、思春期ではないだろうか。
紫音だって男なのだから、なんだかんだで中身も可愛い蓮奈と一緒に寝ることを恥ずかしがってもおかしくない。
そう考えるとやはり紫音は可愛い。
「BLの香りがする」
「ありすは黙ってレンの介抱してろ」
「はーい」
愛莉珠が入ってくると話がこじれて元に戻らない気がしたのでレンを任せる。
水萌もいるから大丈夫だろう。
多分。
「昨日って蓮奈達何してたの?」
「三人だったから、最大四人プレイの友情破壊ゲームやってた」
「ほんと好きな。人生ゲームのやつね」
有名な、サイコロを振って日本を一周するゲーム。
狙い撃ちとかができるから、やりすぎると友情が破壊されるゲームとして有名だ。
「オールしてやろうかと思ったけど、紫音くんが圧倒的すぎて途中でやめた」
「しおくんは人の嫌がることを多分無意識にやる天才だよ」
「なんか想像できる」
紫音は相手の嫌がることは絶対にしないけど、それが嫌がることかわからない時は話が変わる。
特にルールのわかってないゲームをさせると、ビギナーズラックを発動して相手を絶望に追い込むタイプだ。
「お兄様は酒池肉林でしょ?」
「ニュアンスしかわかってないだろ。正直に言うと、レン達がお風呂入ってる間に布団に吸い込まれた俺が寝落ちした」
「コタツじゃないんだから」
「俺はコタツって使ったことないからわかんないけど、多分それに近い状態になった」
よく「コタツの魔力には抗えない」とか聞くけど、あの布団の魔力に俺は抗えなかった。
もしも眠れなくなったらあの布団に潜り込めば今日も一瞬で寝れる自信がある。
「ていうかさ、このままだと初詣行かないよね?」
「それは思った。そもそもなんで行くことになったんだっけ?」
「依の気まぐれ」
「うち? そういえば新年一発目はみんなと何かしたいって思ってたような気がする」
「もうみんなで新年最初の一日を過ごしましたでいいじゃん。日記書けるよ」
「うちの夏休みってか。まあうち的にはもうそれでいいけど」
依が提案者なのに、なぜかホッとしたような顔をしている。
「じゃあ今日はみんなで仲良くおしゃべりしてようか」
「それじゃあ依はとりあえず蓮奈の家に帰って着物に着替えて来て」
「なして!?」
「え? だって依は今日着物を着るって約束したよね?」
依が了承したかは置いておくとして、とりあえず依は着物を着るということで話は終わったはずだ。
だから初詣に行こうと行くまいと、依は着物になってもらわないと困る。
「お兄様はそんなにうちの着物姿が見たいの?」
「正確に言うと、別に依の着物姿が見たいわけじゃない。一人着物姿で浮いてるのを恥ずかしがってる依が見たい」
「お兄様の方がよっぽど変態だよ!」
依が頬を膨らませながら俺にジト目を向けてくる。
そんなことを言われても、依だけなのだ。
一人だけ着物を着て、それを照れてくれるのは。
水萌と愛莉珠は嬉しそうに見せてくるだろうし、紫音と蓮奈はなんかいつもと変わらなそうだ。
レンは少し希望があるけど、恥じらいよりも緊張が勝ちそうだから違う。
やっぱり依が一番いい反応をくれそうだ。
「お兄様ってうち達に恥じらいを求めてるの?」
「そういうわけじゃないけど、ガチ照れしてる子って可愛くない?」
「それはわかるけど、うちのこと口説いてる?」
「まったく?依のガチ照れは可愛いけど、微笑ましい感じだし」
依は些細なことでも照れてくれるから見てて楽しい。
そう『楽しい』だ。
「依の反応見るの好きだけど、頭を撫でたくなるような好きだから」
「お兄様ってれんれん以外を動物だと思ってるっしょ」
「否定ができない。だけどレンのことも猫だとは思ってる」
「まあ小動物的な可愛いって意味だから別にいいんだけどね」
依が呆れたようなため息をつく。
「大丈夫、お兄様がうち達を大切に思ってるのはわかってるから」
「それなら良かった。じゃあ大切な依、着物はよ」
「やっぱ前言撤回。うちをもっと大切にしろ」
結局依は着物を着てはくれなかった。
少し残念だけど、そもそもなんで依が着物を着る話になったのか忘れたから別によくなっていた。
レンの方も水萌のおかげ? でなんとかなったようなのだ。
こうして俺達の怒涛の一年が終わったと思ったら、変わらない怒涛の一年が始まったのだった。