新年初の全員集合
「あけおめことよろー」
「そういう陽キャっぽい言い方やめろ。あけおめ」
俺達の着替えが済んだほんの数分後に依達がやって来た。
そしてみんなが集まってから言おうと思っていて、決して忘れていたわけではない新年の挨拶をする。
「さすがに着物着てくるやつはいないか」
「うちはそんなの持ってないからね。でも紫音くんは着させられそうになってたよ」
「依ちゃん、言わないでよ!」
紫音が顔を赤くしながら依に詰め寄る。
紫音は今もだけど、男っぽい服装しかしない。
だけどその紫音が着物なんて着たら普通に可愛いと思う。
言ったら絶対に怒るから言わないで妄想だけに留めるが。
「お兄様が紫音くんでえっちな妄想してる」
「なんで紫音だけ? 蓮奈は?」
「普通にスルーされた。れなたそは諸事情により着物は着れないんだよ」
「諸事情とは?」
「舞翔君のえっち……」
これは誰も否定ができない理不尽だ。
今のは絶対に俺は悪くない。
だけどなぜだろうか、レンと水萌以外の全員からジト目を向けられる。
「え、理不尽すぎて泣いていいやつ?」
「それでれなたその母性に包まれたいと?」
「依に言っとくと、なんの説明もしないで俺を悪者にするならこれからの対応を考えさせてもらうから」
「なんでうちだけ!? みんな見てた……」
こういう時の団結は脆い。
既に俺にジト目を向けてるやつはいない。
つまり依一人が悪いことになる。
「う、うちだって理不尽な悪者扱いは物申すぞ!」
「人を理不尽に悪者扱いしたやつは悪い」
「理不尽じゃないもん! お兄様がれなたそに着物着させて着崩れさせようとするからだもん!」
「させてないじゃん」
説明されたのに意味がわからない時は説明者が言葉足らずということで結局依が悪いということでいいのだろうか。
「依ちゃんを庇うわけじゃないけど、私の場合、着物着ると胸が邪魔なの。少し動けば崩れちゃうし、そうじゃなくても色々とあるから私は着物着ないんだ」
「そういう女の子的な理由ならわざわざ匂わせる必要なかっただろ」
蓮奈の感じからどうしても隠したかったことでもないようだけど、蓮奈のコンプレックスである胸の話を蓮奈自身にさせるのはどうかと思う。
つまり依が悪い。
「依、罰として一人着物着てきて」
「あ、それいいじゃん。依ちゃん実は着たがってたんだし」
「そうなの?」
「うん。お母さんがしおくんに無理やり着せようとしてた時、羨ましそうに見てたの」
「見てないから!」
依が慌てた様子で蓮奈の肩を掴んで揺する。
どうやら真実のようだ。
「じゃあいいじゃん。今から着てきて」
「一人だけ着物って絶対浮くからやだ!」
「大丈夫、依は可愛いから」
「とりあえず可愛いって言っとけばうちが納得すると思ってるだろ!」
「違うの?」
「いや、まあ嬉しいから揺らいだけど……じゃなくて、一人はやだ。せめてもう一人生贄が欲しい」
着物を着ることを生贄と言わないで欲しい。
それでは世間一般の好き好んで着物を着ている人達はどうなるのか。
「そもそも依が悪いことした罰なのになんで他の人も巻き込まれないといけないんだよ」
「じゃあお兄様が紫音くんを妄想で穢した罰」
「紫音、ジャッジ」
「まーくんなら許す」
「俺の勝ち」
紫音が許すのなら俺が罰を受ける必要はない。
そもそも俺は妄想の中で紫音に着物を着せただけなんだから何も悪いことはしていない。
「じゃあれなたそもうちのこと許してくれるよね?」
「え、私も依ちゃんの着物姿見たいから許さない」
「そ、それなら紫音くん。お兄様の着物姿見たくない?」
「見たいけど、依ちゃんとペアルックみたいになるのが嫌だから今回はいい」
「それなら紫音くんとお兄様でペアルックにすればいいじゃん。うんそれがいい」
それは一番ない。
なんでこんな顔面偏差値が高い女子に囲まれているのに男二人で着物を着ないといけないのか。
そもそもそれでは依の罰にならない。
「とにかく依が着るのは確定。一人で着るのがいじめになるならせめて着たがってる子を選んで」
「いたら苦労してないんだって……」
そうでもない。
さっきから挙動不審の子がいるからそこを攻めればなんとかなるかもしれない。
「レンとありすは着たいの?」
「オレは別に……」
「ありすは先輩が可愛いって言ってくれるなら着たい」
「女神がこんな近くに二人も……」
依がレンと愛莉珠に手を合わせて拝む。
愛莉珠の理由はなんとなくわかるけど、レンが着たがるのは少し意外だ。
「レンって和装好きなの?」
「だからオレは別に着たいとかじゃないから」
「別に昨日だけじゃなくて、普段からひねくれを封印してもいいんだよ?」
レンが着物に興味津々なのは雰囲気でわかる。
話に入りたいのに、入ったら何か言われそうだからというオーラが出ている。
「舞翔くん舞翔くん」
「なんだい水萌さん」
「恋火ちゃんね、一番に着物を着て欲しいって言われなかったことに拗ねてるの」
「何その可愛い拗ね」
「違うわ!」
レンに睨まれた。
これは多分ニアピンか?
「ありすはわかるよ。恋火さんね、先輩に着物を着て欲しいって言われたかったのはあるんだけど、着物を二人で着て初詣デートがしたいんだよ」
「勝手なこと言うな!」
「ちなみに甘酒飲んで酔っちゃって薄暗い場所に連れ込むところまで想像してる」
「その意味のわからないことしか言わない口を塞ぐには何がいい?」
「え、恋火さんがキスしてありすの口を塞ぐって?」
「言ってないだろ。でも、いいのか? 初めてがサキじゃなくなるけど」
「……」
勝ち誇った顔でレンが愛莉珠を見ている。
そのレンを愛莉珠がジッと見つめる。
なんだか目と目ではなく、愛莉珠の視線が少し下に行ってるように見えるのは気のせいなのか。
「どこ見てんだよ」
「いや、恋火さんって先輩と深く濃密なキスをしたってことだよね?」
「そこまではしてないわ!」
「さすがにここで言うのは恥ずかしいでしょうからそれでいいだけど、つまり恋火さんの唇に先輩の唇が触れたってことで……」
愛莉珠がジリジリとレンに近づいて行く。
「ありす、何考えてる?」
「……」
「黙るな。そして近寄るな」
「……」
「サキ、お前の彼女が痴女に襲われそうになってるんだからどうにかしろ」
「俺が寝落ちしてる間に仲良くなったんだな」
「どう見たらそう見えんだよ!」
どう見てもそうだ。
愛莉珠がタメ口になっているし、レンが愛莉珠のことを『ありす』と呼べるようになっている。
それにこんなじゃれ合うことまでできるなんて。
「感動で泣きそう」
「おま──」
「私の胸で泣いていいよ」
「ありがと。多分俺が見たら駄目な状況になりそうだから借りる」
俺はそう言って水萌の胸に顔を埋める。
やってから思ったけど、なんか恥ずかしい。
「やっぱり離して」
「やーだ。それにもう始まったから」
確かに水萌が押さえた俺の耳に、レンの抵抗するような声と、聞いたらいけない愛莉珠の声が小さいけど聞こえてくる。
多分紫音も蓮奈が目と耳を塞いでいると思う。
もう九時になろうかというのに、俺達は九時までに神社に着くことはできるのだろうか。
まあ無理だろうから十時に出れれば御の字だけど。
新年になろうとも変わらない俺達ということだ。




