『待て』を覚えたわんこ
「九個のひねくれが貯まったし、そろそろご飯食べたい」
「もうそんな時間か」
水萌に言われて窓の外を見ると、既に薄暗くなっていた。
どうやら結構長い時間レンで遊んでいたようだ。
水萌の言う通り、レンはわざとなのではないかと思ってしまうぐらいにひねくれを貯めていき、既に九個のひねくれを貯めた。
だから今はレンが拗ねて俺のベッドに潜り込んでしまった。
「恋火さんって、実はポンコツだよね」
「言ってやるな。可愛いことに変わりないんだから」
「いやほんと。ギャップ萌えがやばい」
愛莉珠の言う通り、レンは水萌よりもポンコツ属性が強い。
水萌がそういうのを隠さないからそう感じるのかもしれないけど。
「最初の方は判定の方がおかしい感あったけど、途中から完全にレンがひねくれてたんだよな」
「油断だね。慢心って言ってもいいけど、最初はまだ大丈夫だからって判定の緩さを許してたけど、気をつけてれば大丈夫って思っちゃうのが人間だから」
「お前は何を見てきたんだよ」
「人間の浅はかさ、かな……」
愛莉珠がどこか遠くを眺めながら言う。
多分言いたいだけだ。
「舞翔くん、今日のご飯は?」
「水萌はほんとにブレないよな。今日は大晦日だから蕎麦」
「やったー」
水萌が喜んでいるが、別に蕎麦が好きとかではなく、水萌は晩ご飯が何かを言うととりあえず喜ぶ。
「ありすの傍に居たいって?」
「実際年越しそばってそんな意味あるんじゃないの? 知らんけど」
大晦日に年越しそばを食べる理由なんて考えたこともなかったけど、日本人はお賽銭に五円玉を使って『ご縁がありますように』なんて意味にするように、言葉遊びが好きだ。
だから年越しそばにも一緒に食べた相手に対して『来年も傍に居ましょう』みたいな理由があっても不思議ではない。
「逆みたいだよ?」
「さすが現代っ子」
愛莉珠が年越しそばについて調べてくれたようだ。
俺達にはわからないことを調べるという頭がないから少しは愛莉珠を見習わなければいけない。
「スマホを携帯してない高校生なんて先輩達ぐらいだからね?」
「最近は携帯してるから」
「今は?」
「……枕元にあったはず?」
確か朝にアラームを消す時に見た気がする。
そして顔を洗ったりなんだりをして、レン達が来たからスマホはそのままベッドの上に……
「ある」
「いや、携帯してないじゃん」
「どうせ部屋から出ないんだから携帯してるようなものだろ?」
「最近の若者はスマホを肌身離さず持ってないと禁断症状が出るというのに」
「それって三大欲求に追加した方がいいんじゃないの?」
四大欲求として『食欲』『睡眠欲』『性欲』そして『スマホ欲』にすればいい。
俺の場合はその全ての欲が薄いから欲のレベルとして同率してるかわからないけど。
「でもさ、ありすも含めて俺達ってあんまりスマホ依存してないよな?」
「先輩と水萌お姉ちゃんは特にだけど、確かにそうかもね。蓮奈さんと依さんはそこそこ使ってるみたいだけど、結局みんな先輩達と一緒にいたら話す方が楽しくてスマホなんていじらないんだよね」
「いや、友達と一緒に居るのにスマホで何するの?」
「その考えが最近の若い子はできないんだよ。もうね、息を吸うようにスマホを取ってSNS開いたり、すごい人だと他の人にメッセージ送って目の前の人のことを愚痴ったりするんだよ?」
前者はまだわからないでもないけど、後者はさすがに話を盛っている。
正直前者もわからないけど、それは俺がネットに疎いからなので全否定はできない。
だけど後者のはさすがにおかしい。
学校で一人がトイレに抜けた途端にその人の悪口を言い出すのはよく見た光景だけど、それを目の前に本人がいるのにやるなんて。
「ずっと気になってたんだけどさ、なんで女子って悪口言うぐらい嫌いな相手とも傍から見たら友達みたいな関係築けるの?」
「よく言うのは、女子は大人で男子は子供ってのがあるよね」
「女子は気持ちを隠せるけど男子は何も隠さないから嫌いな相手とは仲良くしないってやつね」
確かに大人になったら嫌いな相手とも上手くやっていかないといけないから面と向かって「あなたが嫌いです」なんて言えるわけがない。
だから子供のうちからそれができる女子は大人でそれができない男子は子供というのは聞く。
だけど……
「人間関係ですごいこじらせる問題起こすのって大抵女子じゃない?」
「それね。ガチすぎて表に出せないような問題は女子しか起こさない」
「男子が起こす問題って大抵は謝って済むけど、女子のって一生ものだよね?」
「ほんとそれ。男子は馬鹿だから昨日の喧嘩を忘れるとか言うけど、女子の喧嘩は下手したら死者が出るから簡単にできないだけなんだよね」
俺は男子だから女子の裏事情はわからない。
だけど愛莉珠の言ってることが大袈裟に言ってるようにも思えない。
だからこれは知らない方がいい話で、これ以上深掘りしない方がいいやつだ。
「男が絡むと特にやばいよね」
「わざと続けようとするな」
「えー、もっと先輩とドロドロした昼ドラみたいなお話したーい」
「学校の話で昼ドラを起こそうとするな。ほんとに俺の周りは仲のいい子達で助かるよ」
「え?」
「お前そういうのほんとにやめろ」
俺が知らないだけで裏では……みたいな感じの反応はやめて欲しい。
もしもそうなら俺は一生『女』という生物を信じられなくなる。
「ごめんて。でも、ありすは恋火さんに好かれてないし……」
「ほら、レン。ありすが落ち込んだんだけど?」
俺は毛布の中から覗き見しているレンに声をかける。
「……別にオレは嫌いとかじゃないし」
「そういえばさっき、恋火さんがありすの名前呼んでくれたような気がしたんだけど、あれって夢?」
確かにレンは愛莉珠の名前を呼んだ。
だけど呼ばれた愛莉珠がレンのツンデレ(デコピン)を受けて気絶したからあやふやになっているようだ。
「ほら、レン。せっかく素直に答えたのに十回目が貯まるぞ」
「……オレはありすのこと嫌いじゃない」
「もっと素直に」
「楽しんでんだろ!」
もちろん。
だけどそんなことを言ったらせっかく素直の扉を開き始めているレンがまた塞ぎ込んでしまう。
「俺はレンとありすが仲良く談笑してる姿が見たいだけだよ」
「胡散臭いんだよ」
「じゃあ十個目貯めるか?」
「お前ほんとに覚えてろよ?」
今日の俺は強気だ。
何せレンを手玉に取れる最強の言葉、十個目を手に入れたのだから。
「オレはありすのこと……好きだよ」
「……」
「無視されたんだが?」
「自分の目で確認していいよ」
俺がそう言うと、レンが毛布から出てくる。
愛莉珠の現状を一言で言うと、固まっている。
正確に言うと、犬の『待て』状態に似てる。
「ありす、本能に従っていいよ」
「先輩大好き」
愛莉珠はそう言ってベッドにダイブする。
レンが座り込んでいるベッドに。
その先に説明はいらないだろう。
お楽しみの二人はほっておいて、お腹を空かして『待て』ができていたわんこの為に晩ご飯を作りに行くことにした。




