今年最後の大一番
「今の状況の説明求む」
「ん? 恋火ちゃんとありすちゃんを仲直りさせる為に私が間を取って舞翔くんを貰った?」
水萌に説明を求めた俺も悪かったけど、全然意味がわからない。
今の状況を客観的に説明すると、レンと愛莉珠が机を挟んでお見合いしていて、本来なら俺と水萌が残りの場所でお見合いしてるはずなんだけど、水萌は久しぶりに俺の足の中に入っている。
だけどそのせいなのか、レンと愛莉珠からは横目で睨まれてるような気がする。
「なんか余計に雰囲気悪くなってないか?」
「気のせい気のせい。舞翔くんは私を抱っこするの嫌?」
「嫌じゃないよ。むしろ最近は全然来ないから寂しかった」
「言うと思ったー」
水萌が足をパタパタさせながら俺に体重をかけてくる。
ほんとに懐かしく感じる。
このフィット感は心地いい。
「それで?」
「ん?」
「水萌はこの後どうしようと思ってるの?」
「え、私は普通に舞翔くんに甘えたいだけだから特に何も考えてないよ?」
やっぱり水萌だった。
レンと愛莉珠の共通の敵になって、気まずくなっている二人の関係を元通りにしようとか考えてる可能性もあったけど、水萌は本能で生きているからそこまで考えてないようだ。
つまり、どうすればいい?
「レン、困ったから何か考えて」
「困ったらオレに丸投げするのやめろ」
「丸投げじゃないよ。レンにしか頼れない俺を許して」
「言い方ずるいだろ……」
「恋火ちゃんはちょろかった」
レンが無言で水萌のほっぺたを引っ張って俺の足の中からどかす。
水萌が痛がってないから水萌も居座る気はなかったようだ。
「あったものがなくなった感がやばい」
「私が戻ろうか?」
「そしたら今度はよりの方に強制送りだからな?」
「そんなに言うなら恋火ちゃんでいいよ」
水萌はそう言ってレンに抱きつく。
レンは呆れながらもそれを受け入れ、オレに顎で指示を出す。
「それで通じる俺達って老夫婦すぎない?」
「うるさい」
ちょっと思ったことを言っただけなのに、レンが照れて水萌にデコピンをしようとしたようだけど、水萌にガッチリホールドされているレンの腕は動きそうにない。
水萌の勝ち誇った顔にレンが頭突きをする。
「ほんと仲良しだな。今更だけど」
俺は仲睦まじい姉妹のやり取りを横目に見て愛莉珠の隣に行く。
「とりあえず俺の寂しさ埋めてくれる?」
「恋火さんも言ってたけど、言い方どうにかならないの?」
別に意識してるわけじゃなく、思ったことを言ってるだけだからどうにもならない。
そんなことよりも、レンも愛莉珠も想像以上に普通で安心した。
「気まずいの?」
「恋火さんは大丈夫。ありすが悪かったし、痛かったのもそれ以上のことされて考えられなくなっちゃったから」
「何されたんだよ」
俺が愛莉珠に聞くと、愛莉珠にジト目で睨まれた。
「ほんと無意識天然タラシは嫌だよ」
「まさかとは思うけど、俺のこと馬鹿にした?」
「馬鹿にはしてないよ。やっぱり先輩だなーって思っただけ」
「つまり?」
「馬鹿にした」
開き直った愛莉珠の頭を小突く。
愛莉珠は大袈裟「いたーい」なんて頭を押さえながら言うけど、自業自得だし、痛いわけがない。
「女の子に傷を付けたんだから責任取って」
「ありすに馬鹿にされて心に傷を負ったから責任取って」
「ありすが癒せばいい?」
愛莉珠はそう言って俺を押し倒す。
なんか目がマジに見えるけど、きっと冗談だ。
この後すぐに我に返って「なんで止めないの!」と逆ギレするに決まっている。
だから放置してても大丈夫なはず……
「じゃないな、これ」
「そうだよばか」
愛莉珠が誰の目もない時のレンみたいなことをしだしたところで、レンに引き剥がされた。
そしてなぜか俺が睨まれる。
「やー、ありすが先輩を癒すのー」
「本音は?」
「先輩といやらしいことして既成事実作ってから堂々とイチャイチャして、三人目の家族と楽しく過ごすのー」
「妄想力がやばいな……」
さすがのレンも怒りを通り越して呆れている。
というか、あのままレンが止めてなかったら本当にやっていたのかと思うと……
「いや、冗談だよな?」
「さすがに三人目の家族は冗談だよ。そういうのはありすが高校卒業してからだもんね」
「それ以外も駄目だわ!」
レンが暴れる愛莉珠のわきから腕を入れてホールドしながら怒っている。
どうやら気まずい雰囲気は晴れたようだ。
「ほらね、私のおかげで仲直り」
「水萌何かした?」
「舞翔くん酷い! 私が舞翔くんに抱っこされて恋火ちゃんとありすちゃんが嫉妬して、それでなんやかんやあって結果的に私が恋火ちゃんをいいタイミングで解放したからこうなったの」
「要するに結果良ければ全て良しと」
「うん、そんな感じ?」
多分水萌の言いたいことではないんだろうけど、水萌自身何を言いたいのかわかってないから適当に頷いている。
実際水萌のおかげではないと言えるかと言えば……微妙なところだし。
「じゃあ偉い水萌には俺を椅子にする権利をあげよう」
「わーい」
水萌が喜んで俺の足の中に入ってきた。
やっぱり水萌を抱き枕にするのは心地よい。
「なんか水萌にご褒美あげてるみたいに言ってるけど、絶対にサキが水萌を抱きしめたいだけなんだよな」
「ほんとに。水萌お姉ちゃんの成長中のお胸さんをさりげなく揉みしだきたいだけなんですよね」
「あぁ、子供相手にさりげなくやる大人いるみたいだよな。だけどサキはしないだろ」
「まあ同じサイズでむしろ揉ませてくれるのがここに二人もいますしね」
「別にやらせないわ。それにサキってそういうの耐性なさすぎて避けるタイプだし」
「あ、その言い方だと先輩にえっちなことして欲しくて誘ったけど、先輩が鈍感すぎて気づいてもらえなくて──」
「その先言ったら次は本気で泣かす」
なんかいつの間にか仲良しを通り越しているような気がする。
少し気になるところはあるけど、そこを突っついたらまた気まずくなるかもしれないから黙って──
「恋火ちゃんってありすちゃんのこといつになったら名前で呼ぶの? それとありすちゃんはいつになったら敬語やめるの?」
「……」
「……」
こうなるから言わないようにしたのに、水萌はそんなの関係ない。
水萌に悪意はないんだろうけど、こういうのは部外者が口を挟むことでは……
「いや、悪意ありありだなその笑顔」
「えー、なんのこと?」
水萌が満面の笑みでとぼける。
確信犯な笑顔だけど、可愛いから良しにする。
「話戻すけど、そんだけ仲良いんだからそろそろいいだろ」
「恋火ちゃんも素直にならないと。ありすちゃんが敬語なの気にしてたんだから」
「え?」
水萌の全てをぶち壊す暴露大会が始まった。
言ったのは水萌なんだから俺を睨むのはやめなさい。
「それにありすちゃんだって恋火ちゃんに名前で呼ばれないの気にしてたでしょ?」
「そうだけど、それはお勉強頑張ったご褒美のやつでお願いしようかなって」
「じゃあありすちゃんはいい子。恋火ちゃんは悪い子」
「なんでだよ」
「恋火ちゃんはほんとに素直になろうよ。今だって余裕みたいな態度取ってるけど、舞翔くんに私が抱っこされてるの嫌なんでしょ?」
水萌に言われたレンが気まずそうに俺から顔を逸らす。
レンが嫌がるのをわかっててやってる水萌に突っ込まなくていいのだろうか。
「ということで、恋火ちゃんの今年最後のお仕事は、どぅるどぅるどぅるどぅるーばん」
「すごい、セルフドラムロールが全部ひらがなに聞こえた」
「そういうこと言わないの! えっと、なんだっけ?」
「レンの今年最後の大一番」
「そうそれ」
「絶対違うだろ。要は年が変わるまでに素直になれってことだろ?」
進まない水萌の進行に痺れを切らしたレンが自分で結果を言う。
俺が揚げ足を取ったのは気のせいだ。
「有言実行しようね」
「絶対偶然なのにオレが自分で言ったことになってるのかよ」
「頑張れー」
「サキの他人事がすごいうざい」
「応援してます」
「それならお前も敬語やめろや」
今年最後でもレンの突っ込みは鋭さが変わらず、むしろ鋭くなっている。
来年は更に鋭くなるのかと思うと、今から楽しみだ。
もう俺が突っ込みに回ることがないことを祈る必要がないように。