新しい悩みの種
「先輩って、恋火さんのどこを好きになったの?」
「いきなり何?」
結局積もるまで降らなかったホワイトクリスマス会から数日が経ち、バイト終わりにいつも通り愛莉珠を送っていたら、今更なことを聞いてきた。
「いやさ、先輩の周りってありすを含めて可愛い子がたくさんいるわけじゃん?」
「うん」
「そういうとこね。えっと、その中でなんで恋火さんを選んだのかなって」
そういえばレンと水萌には言ったような気がするけど、俺がレンを好きになった理由は他の誰にも言ってなかったかもしれない。
そもそもレンのことを好きだと気づいた時はレンと水萌以外だと依しか知り合ってもなかったし。
その依とも仲が良かったとも言えない。
「紫音と蓮奈とありすはレンのことを好きになってから出会ってるから『その中』には入ってないんだよな」
「揺らいだことは一回もないの?」
「ないな。確かにみんな可愛いし、一緒に居るのは楽しいけど、レンに感じる感情と同じになったことはない」
それに近いものはあったかもしれないけど、俺がレン以外に異性としての感情を持ったことはない。
女の子を感じてドキドキしたことはもちろんあるけど、それは男なら仕方ないものだし。
「ゾッコンだと。なんで?」
「それは……」
大変なことが起こった。
「あれ、ありす変なこと聞いちゃったやつ?」
「そんなことはない、はず。ちょっと待って」
確か言ったはずだ。
だって俺の方からレンに告白して、レンがそれを断ったからめんどくさいことになったんだから。
だからその時に俺がレンに……
「……」
「あれだよ、表現する必要がないくらいに全部好きって感じ」
まさか愛莉珠にフォローされるとは思わなかった。
だけど実際俺がレンを好きな理由がわからない。
思い返してみれば、俺がレンを好きだと自覚したのは水萌に感じる『好き』とレンに感じるものが違うからだ。
だから俺がレンを好きなのは間違ってない。
間違ってないけど、その理由がわからない。
「あれは? 運命の赤い糸みたいなの」
「それって好きになる理由にはならなくないか?」
「じゃあ一目惚れは?」
「それが一番有力だけど、正直覚えてない」
レンのことは初めて会った時から可愛いとは思ってたけど、それは水萌もだし、それを言い出したら俺が知り合った全員そうだ。
絶対にあるはずなんだ、俺がレンを好きになったタイミングが。
「なんでこんな先輩がモテるんだろうね」
「モテる言うなし」
「『こんな』はいいんだ。まあモテる理由はわかるけど」
愛莉珠が「実際ありすも好きだしー」と、はにかむように笑いながら言う。
うん、可愛い。
だけどやっぱりレンに感じるものとは違う。
だからレンは特別なんだけど……
「ありすが聞いといてあれだけど、好きなのがわかってるならいいんじゃない?」
「だけどこういう小さなしこりを残すと駄目なんだろ?」
なんかそういうのを母さんから貰った本で読んだ。
「ちなみに恋火さんはなんで先輩を好きになったの?」
「俺とレン、後水萌って親同士が知り合いで、ほんとにまだ抱かれてるぐらいの時に会ってるんだよ。それを無意識に覚えてたみたいで、俺がぼっち飯してるのをレンがたまたま見つけて、それで俺と水萌が出会ったのに嫉妬したかららしい」
だから俺もレンと同じ理由かとも思ったけど、思い出してない時点で違うのがわかる。
「なんかすごいね。本当に運命の赤い糸じゃん」
「出会いには確かに運命感じるけど、夢のないこと言うとさ、学区が違うから小学校と中学校は違うけど、家自体はそんなに離れてないから近場を選ぶと必然的に高校は同じになるんだよな」
「確かに先輩と恋火さんは距離で学校選びそう」
「ちなみにレンは水萌が行くから今の高校選んだんだぞ」
「うわ、すごい意外。でもないのか。恋火さんって水萌お姉ちゃんと喧嘩ばっかりしてるけど、大好きだもんね」
そう、レンはツンデレなだけで水萌のことを心の底から愛している。
ちょっと嫉妬する。
「先輩の可愛いところが見れたところで、それなら本当に運命じゃない?」
「そうなるんだろうな。後は俺がレンを好きになった理由なんだよ」
「単純に女の子と関わりがなかった先輩がチョロかったとかは?」
「多分そうなんだよ。そうなんだけど、だからそのタイミング」
彼女いない歴=女子との関わり=年齢の俺だから、レンを好きになった一番の理由は耐性がなかったから。
水萌に続いてレンという可愛い子と仲良くなって好きにならない方がおかしい。
「ありすももう少し早く先輩と出会えてたら今頃子供の一人や二人はできてたのかな?」
「いつの間にかで片付けるのは嫌だもんな。しっかり考えないと」
「あれ? 普通にスルーされた?」
愛莉珠の冗談に付き合ってられるほど俺に余裕はない。
これは俺とレンのこれからを左右するかもしれないことなんだから。
「下世話な話していい?」
「やだ」
「要はさ、えっちなことをしたいかどうかだと思うの」
断っても話すなら最初から確認なんて取らないで欲しい。
しかも結構核心をついたようなことを言い出すし。
「先輩がいつ恋火さんをえっちな目で見たかっていうのが答えだと思う」
「その考え方嫌だけどその通りでもあるからなんとも言えない」
俺が認めざるを得ないからと、愛莉珠が「えっへん」と言って胸を張る。
「あー、今『張る胸ないくせに、可愛いやつめ』って思ったー」
「後ろは思った」
「絶対どっちも思ってないでしょ!」
愛莉珠に腕を叩かれた。
確かに思ってないけど、愛莉珠はいつでも可愛いのだから同じことだと思う。
「ありすの恋心を弄んで楽しいか!」
「一番楽しそう、嬉しそう? なのはありすだけどな」
愛莉珠の顔はずっと緩んでニマニマしている。
俺が悩んでる姿はそんなに滑稽なのか。
「ばーか」
「いきなりの罵倒。俺の豆腐メンタルが崩れる」
「先輩のメンタルはアダマンタイトよりも硬いよ」
「そこはダイヤモンドぐらいにしとけ」
「うーん、じゃあ高野豆腐」
「やっぱり俺は豆腐メンタルだ」
なんの話をしてるのかわからなくなってきたけど、愛莉珠が楽しそうだからそれでいい。
とにかく俺はレンとの馴れ初めを思い出さなければいけないのだから。
「ありすが悪かったからやめよーよ」
「断る」
「頑固者め。じゃあ話題変えよ。大晦日は先輩のお部屋でお泊まり会するんだよね?」
「俺とレンと水萌とありすでな」
話題を変えられても俺の悩みが消えるわけではないが、確かに大晦日は愛莉珠達が泊まりに来ることになっている。
せっかくの一年の節目だからと、そういう話になった。
ちなみに紫音達は紫音達で、蓮奈の家に依が泊まるらしい。
うちに集まらない理由は単純に寝る場所が足りないからだ。
そして夜に集まったりしない理由はこれも単純に寒いからというのと、水萌が起きてられるかわからないから。
「すごい楽しみ。先輩と同じベッドでお互いを温め合うなんて」
「さすがにありすは水萌とね」
「えー」
「レンと喧嘩したい?」
いくら恥ずかしがり屋でめんどくさがり屋のレンでも、目の前で俺が他の女子と同じベッドで寝るのは許さないだろうし、何かしらの対策をしそうだ。
そしてもしもレンにバレないように潜り込んだりしたら……
「俺はこれからも元気なありすと話したいな」
「え、ありす何されるの?」
「ありすが何もしなければ大丈夫」
「普通に怖いんですけど? でも怖いもの見たさでやりたいお茶目なありすもいる」
「……」
「その無言やめて。やらないから」
それがいい。
レンからの被害を受けるのは俺と依だけでいい。
「あぁ、イタズラで先輩のクローゼットとかにありすの下着とか紛れ込ませようとしてたけど、やめた方がいい?」
「俺はありすが二度とうちに来れなくなるのは嫌だな」
「言葉だけ聞いたら嬉しいのに、意味を考えたら怖い……」
多分そこまでのことにはならないだろうけど、俺のクローゼットに変なものを入れられても困る。
まあどうなるかは本当にわからないからやらないに越したことはない。
そうして新しい悩みの種を抱えながら愛莉珠をアパートまで送ったのだった。