番外編 先輩との出会い
「私の親戚の子の篠山 愛莉珠だ。来年からここで働くことになったから」
「よろしくお願いします」
さくらちゃんがわたしとそんなに歳の変わらない男の人にわたしを紹介してくれた。
さくらちゃんの言う通り、わたしは来年から高校生でバイトができるようになるのでさくらちゃん、三上 咲良のお店で働かせてもらうことになっている。
今はこの人しかいないからなのか、すごい嫌そうな顔の男の人を呼び出した。
「そんな嫌そうな顔するなよ」
「生まれつきです」
「それは知ってる」
「用が済んだなら戻っていいですか? あなたが何も仕事手伝ってくれないから仕事残ってるんで」
「私には私の仕事があるの。それに今の時間はお客様いないだろ」
「お客がいなかったら仕事がないわけでもないでしょ。それに、もしも今来たらどうするんですか」
「お前がダッシュで戻ればいい」
「それじゃあ」
男の人は少し拗ねたようにして戻ろうとする。
なんか可愛い。
「いや待て」
「まだ何か?」
「愛莉珠は挨拶したぞ?」
「あぁ、そっか。店長がウザ……変なことしか言わないから忘れてた」
「やっぱり家庭訪問必要か?」
「俺は桐崎 舞翔です。この人にはいつもこき使われています」
男の人、桐崎さんがさくらちゃんを無視してわたしと目線を合わせて自己紹介してくれた。
なんかすごい人だ。
「やっぱりあいつの息子だよな」
「これで用事は済みました?」
「まあほとんどは? ちょっとお前にしかできない仕事があるんだけど──」
「済んだみたいですね。それじゃあ俺はこれで」
何かを察したのか、桐崎さんはそそくさとお店に戻ろうとする。
「お前さ、彼女いたよな?」
「それが何か」
さくらちゃんの言葉に足を止めた桐崎さんが、さっきまでとは違って少し怖い感じでさくらちゃんを睨む。
「睨むな。私が知ってる理由はわかってるだろ。それはそうと、彼女はいるけど恋人らしいことができてないんだろ?」
「それが何か」
桐崎さんが余計に怖くなる。
さくらちゃんはそれの何が楽しいのか、桐崎さんが怒る度に嬉しそうだ。
そういう趣味が?
「だから愛莉珠のお世話係に任命しようかと」
「は?」「え?」
わたしと桐崎さんの言葉が重なった。
一瞬目が合って少し気まずい。
「俺、まだこの店入って半年程度なんですけど?」
「大丈夫だろ。今も一人で仕事全部できてんだから」
「できてるんじゃなくて、あなたがそうさせてるんですからね?」
桐崎さんが呆れたようにため息をつく。
なんだかすごい悪い気持ちになってくる。
多分さくらちゃんが言う『お世話係』とは、バイトの後輩に仕事を教えるだけの意味じゃない。
多分……
「それはそれとして、愛莉珠に仕事を教えるだけじゃなくて、愛莉珠の相手をお前に任せたいんだよな」
「意味がわからないんですけど?」
「ほら、私って忙しいから愛莉珠のことを常に見てあげることってできないじゃん」
「だからってなんで俺が……」
桐崎さんがチラッとわたしのことを見て、すぐにさくらちゃんを睨みつけた。
ほんとにごめんなさいと言いたい。
さくらちゃんがそんなことを言うのはわたしが原因だ。
さくらちゃんはわたしのことが嫌いだから相手をしたくない。
わたしがさくらちゃんの住むアパートに来ることになってから、さくらちゃんはアパートに帰らなくなった。
一応わたしは一人で生活ができるぐらいには生活力はあるけど、あからさますぎて悲しくなってしまった。
まあわたしがさくらちゃんを責めることなんてできないんだけど。
「あ、あの、別にわたしのことは気にしないで大丈夫、です……」
さくらちゃんと桐崎さんを困らせるわけにはいかない。
アルバイトが始まったらさすがにお仕事を教えてもらわなきゃだけど、それ以外でわたしに関わる必要はない。
桐崎さんもわたしのことを知ったら嫌だろうし。
「いや、えっと篠山さん? の相手をするのは全然いいよ? だけど店長の言うことをそのまま聞くのが癪なだけ」
「え?」
「というか普通に考えておかしいでしょ。なんで初めて会った女の子の相手を俺なんかにさせるんですか?」
「だってお前女慣れしてるんだろ?」
「別にしてないですけど? 確かに俺の友達はほとんど女子ではありますけど」
まさか、と言ったら失礼かもだけど、桐崎さんはモテモテのようだ。
そういえば彼女さんもいると言っていたし、実は女の人と遊んでばかりの怖い人なのかもしれない。
「化学反応起きてくれそうだし、お前に頼みたいんだよ」
「どういう意味ですか?」
「いやなんでもない。とにかく今日から、というか今から愛莉珠の相手を頼む」
「俺には仕事があるんですが?」
「どうせ客なんて来ないだろ」
「店長のあなたが言ったらおしまいでしょ。それに素が出てますけど?」
「訂正。お客様はおいでにならないでしょ」
さくらちゃんの店長らしからぬ発言に桐崎さんが肩を落とす。
確かに今もこうしてずっとお店を空けているけど、お客さんが来てる感じはしない。
桐崎さんがたまにちらちらとさくらちゃんの背後を見てると思ったら、ちゃんと監視カメラのモニターを見ていたようだし。
「どうせ舞翔のことだからほとんどの仕事は終わってるんだろ?」
「まあ、ほとんどやることないんで掃除してただけですし」
「ならいいだろ。カウンター席に愛莉珠座らせて少し話すだけでいい。気まずくて無理そうなら私に言ってくれ」
「絶賛気まずいのに気づいてくれませんかね?」
「舞翔も納得してくれたみたいだし、さっさと戻れ」
桐崎さんの顔に怒りマークが見えた気がする。
うん、とりあえず話す内容は決まった。
「あの、桐崎さんがよければお願いしてもいいですか?」
「……あの人が話聞くとも思えないし、行こうか」
これはほんとに……
「本当にごめんなさい」
桐崎さんに案内されてお店のカウンター席に座り、少し厨房に行っていた桐崎さんに頭を下げる。
「なぜに篠山さんが謝る?」
「だ、だって、さくらちゃ、叔母さんが迷惑をかけていたので」
わたしとさくらちゃんは姪と叔母の関係になる。
さくらちゃんと呼ぶと怒られるから普段は叔母さんと呼んでいる。
「それは店長が謝ることであって、篠山さんが謝ることじゃないから。後で俺から説教しとく」
「本当にごめんなさい。わたしなんかの相手をさせて」
いくらわたしのことが嫌いだからって、初対面の桐崎さんにわたしのめんどうを押し付けるなんてさくらちゃんは何を考えているのか。
「別に篠山さんの相手をするのはいいんだよ。ただ、店長のやり方が気に食わない」
「やり方ですか?」
「普通大事な姪を初対面の男に丸投げする? 何か理由があるのは話しててわかったけど、それでも、少なくとも俺に丸投げするのは意味がわからないし、なんか……」
桐崎さんが何かを言おうとして飲み込んだ。
多分さくらちゃんがわたしのことを嫌ってるのに気づいているんだと思う。
だけどそれを本人に言うのが躊躇われるから飲み込んだ。
優しい人だ。
「叔母さんも忙しい人ですから」
「それでもだろ。まったく」
桐崎さんはため息をつきながら何かの飲み物が入ったコップをわたしの前に置いた。
「これは?」
「店長持ちだから気にせずにおかわりしていいから。りんごジュースだけど飲めなかった?」
「い、いえ、むしろ大好きです」
勝手にさくらちゃんのお金で払うことにしてるけどいいのだろうか。
さくらちゃんからお小遣いは貰っているから後で払うことになっても大丈夫だけど。
「おいしい」
「それは良かった。元から可愛いけど、笑うともっと可愛いのな」
「こほっ」
桐崎さんがいきなり変なことを言うせいでむせてしまった。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫、です。い、いきなり変なこと言わないでください」
「あぁ、ごめん。思ったことがすぐに口に出るのいつも怒られてるんだけど、人間そんな簡単に癖は抜けないから仕方ないと思うんだよ」
「絶対にやめる気ないですよね!?」
桐崎さんは女の子のお友達がたくさんって言ってたから、今みたい『可愛い』とか言って誑かしたんだ。
やっぱりこの人は優しい皮を被ったオオカミさん。
「そうやって睨んでくるのは可愛い待ち?」
「ち、違います!」
わたしが品定めではないけど、信頼していいのか観察していたらまたも変なことを言い出す。
「もう知りません」
「天丼だと……」
「はい?」
「なんでもない。あんまり可愛いって言うと嫌われるだろうから言わないようにする」
それは言ってるのと同じなのに気づいているのだろうか。
多分気づいている。
わたしの反応を見て楽しんでるような気がするし。
なんか遊ばれてるみたいで気に入らない。
「桐崎さんは彼女さんがいるんですよね?」
「うん」
「それじゃあこうしてわたしの相手をするのって浮気みたいじゃないですか?」
さすがに今の状況で浮気になるとは思えないけど、少しでも動揺してくれればそれでいい。
この人の慌てた姿が見れればそれで……
「これも浮気になるのかよ。いや、なるよな。レンだもな……」
なんか想像以上に慌てている。
レンさんとは彼女さんの名前だろうか。
桐崎さんの反応を見る限り、独占欲が強そうだ。
「篠山さんはどこからが浮気だと思う?」
「え、そうですね、彼女さん以外の女の人といて、彼女さんのことを忘れた時ですかね?」
なんか普通に答えてしまったけど「彼女さん以外の女の人と話すこと」とか言えば良かった。
そうしたらオオカミさんの桐崎さんはもっと動揺して……
「それなら俺は浮気してないな。まあレンは浮気判定するから関係ないんだが」
「そんなに怖い彼女さんなんですか?」
「怖い? 全然。可愛いだけの存在だよ」
今のは惚気られたのか?
なんか話す度に桐崎さんのイメージが変わっていく。
「なんか桐崎さんって面白いですね」
「ちょっと何言ってるのかわからない。俺は何も考えないで話してるだけだから。篠山さんもそうしたら?」
「え?」
心臓が「ドキッ」と言ったのがわかった。
さくらちゃんから聞いた?
だけどわたしを見た時の反応は初対面のそれだった。
少ししか話してないけど、桐崎さんは演技をするような感じには見えない。
「なんか無理してる感じがする。さっき俺に『可愛い』って言われた時にそう思ったんだけど、違った?」
なんだか少しだけわかったような気がする。
わたしは桐崎さんの反応を見て楽しもうとしてたけど、桐崎さんは相手の声音や表情を見て言葉以外のものを見ている。
上辺だけの情報ではなく、わたしの中身を見てくれているような、そんな気がしてしまう。
「別に無理しなくていいよ? 何かあってそうしてるならいいけど、俺と話す時ぐらいはもっと力抜いてくれていいから」
「……ほんとにずるい人」
「何?」
「なんでもないです。知らないですよ? わたし、桐崎さんの反応見るの好きみたいなんで、結構すごいことすると思います」
「いいよ別に。篠山さんに俺の義妹と年上の義妹を越えられるとは思わないし」
「うん、桐崎さんがやばい人なのは十分わかりました」
なんかもう何を聞いても驚かない自信がある。
「これからも仲良くしましょうね、先輩」
「うん。なんか面白そうな気がするし、これからもよろしく」
こうしてわたしは先輩と出会った。
わたしの運命の人と。
先輩との出会いはわたしの全てを変えた。
さくらちゃんともちゃんと話せたおかげでわたしの勘違いを正せたし。
方法はちょっと過激だったかもだけど、それはまた今度先輩に話してあげなくちゃ。
話す口実作らなくても先輩はたくさんお話してくれるけどね。




