水萌の本心
「水萌さんって、先輩のこと本当はどう思ってるんですか?」
「急にどうしたの?」
クリスマス会を明日に控えた今日、私はありすちゃんに呼ばれてありすちゃんのお部屋に来ている。
舞翔くんと恋火ちゃんは今頃デート中で、ありすちゃんはお邪魔な私を拘束する為に呼んだんだろうけど、想定外の質問をされて困惑する。
「ちょっとした疑問? というか、ずっと不思議だったんですよね。水萌さんって先輩のこと好きってのを隠さないじゃないですか」
「うん。好きだもん」
「だけど本気で恋人になろうとは思ってないですよね?」
「しないよ?」
「なんでなのかなって」
なんかすごい今更な質問だけど、ありすちゃんからしたら不思議に思うのも仕方ないのかもしれない。
わざわざ詳しく話すことでもないからありすちゃんには話してなかったし。
「私は舞翔くんと恋火ちゃんには恋人さんでいて欲しいの」
「わたしの聞か方が悪かったですね。そういう意味じゃなくてですね、なんで異性として好きじゃないのにアプローチはするのかなって」
「え?」
ありすちゃんの言葉の意味がわからなくて思考が停止する。
「これも聞き方が悪いか。うんと、水萌さんって先輩のことを好きなんだと思います。ですけど、付き合いたいとは思ってないですよね?」
「そんなこと……」
ないとは言えない。
確かに私は舞翔くんのことが好きだけど、さっきも言った通り舞翔くんは恋火ちゃんと恋人さんでいて欲しいと本気で思っている。
もしも恋火ちゃんが舞翔くんを傷つけるなら私が代わりに舞翔くんの恋人さんになりたいとは思ってるけど、確かにそれは本当の恋人と言えるのかはわからない。
「わたしの勝手な想像ですので違ったら言ってください。水萌さんが先輩にアプローチをするのって、先輩が絶対に水萌さんになびかないってわかってるからじゃないですか?」
「……」
何か言いたいけど何も言葉が出でこない。
「まあそれは水萌さんだけじゃなくて、他の皆さんもなんでしょうけど。まあ、何が言いたいのかと言いますと、先輩のこと好きでもないのに先輩で遊ぶのって楽しいですか?」
ありすちゃんは別に怒ってるとかじゃない。
本当になんでかわからないんだ。
本気で好きになって欲しいって思ってないくせに、舞翔くんにアプローチをするのが。
「舞翔くんは恋火ちゃんと付き合ってるんだもん」
「それは知ってます。というかそれを知ってて先輩にアプローチをして遊ぶのはどうかと思いますけど」
「ありすちゃんが言うの?」
今のは聞き捨てならなかった。
自分でわかるぐらいに声のトーンが下がったのがわかる。
「ありすちゃんだって舞翔くんと恋火ちゃんが恋人さんなのを知ってるのにいっぱいイチャイチャしてるじゃん」
なんか私じゃない。
ありすちゃんは私を責めてるとかではなく、本当に気になって聞いてるだけなんだから「違う」って言えばそれで済む。
なのに……
「ありすちゃんの方こそ、舞翔くんで遊んでるだけでしょ? 自分を偽ってまで……」
間違えた。
こんなこと言うつもりはなかったのに、自分のことを棚に上げているありすちゃんに言われるのが嫌だった。
今の状況を見たらいくら舞翔くんでも私を嫌いになる。
ありすちゃんにこんな顔をさせた私を。
「あははぁ、『偽る』ですか。まあそう見えますよね……」
「違っ、今のは言葉のあやで……」
「大丈夫ですよ? わたしが変なこと聞いたのがいけないんですから、これでおあいこにしましょ」
嫌だ。
ありすちゃんのこんな顔は嫌だ。
こんな、何もかもを諦めてたあの頃の私みたいな顔……
「なんで水萌さんが泣いちゃうんですか」
「……私がずるいから」
「確かに。結構私の心を抉ったのに言った水萌さんが泣くって」
「……ごめんなさい」
「いやいや、さっきも言った通りわたしが始めたことですし。先に水萌さんに変なことを聞いたわたしが百悪いですから」
ありすちゃんはそう言って私にティッシュの箱を渡してくれた。
ほんとに私はずるい。
「ありすちゃんの言ったことは全部合ってる」
「好きになられないから好きなことを隠さないってことですか?」
「うん。私は今でも舞翔くんと恋人さんになりたいとは思ってるの。だけど恋火ちゃんから奪ってまで恋人さんになりたいとは思ってない」
「あくまで二番目でいいと?」
私は頷いて答える。
まあそれも言葉でそう言ってるだけで実際そうなったら舞翔くんと恋火ちゃんをもう一回恋人さんにさせそうだけど。
「なんかあれですよね。水萌さんだけじゃないですけど、皆さん中途半端すぎません?」
ありすちゃんが私の涙をティッシュで拭きながら呆れた様子で言う。
「私には先輩以外の人の考えてることはわからないので、水萌さん達が先輩と本気で恋人になりたいのかはわかりません。だからこれも勝手な想像ですけど、本気で恋人になりたいなら諦めすぎですし、最初から付き合う気がないなら人の彼氏にちょっかいかけるのどうなんです?」
ぐうの音も出ない。
確かに私達がやってることは、自分達になびくことがないからと、人の彼氏にアプローチをしている最低な人間だ。
だけど……
「だからありすちゃんには言われたくないもん」
「わたしはいいんですよ。本気で恋火さんから奪う気ですから」
「もっと駄目でしょ……」
私達の中途半端な行動に比べたら真剣な行動でいいのかもしれないけど、人の彼氏を奪うのはいいことではない。
「別にわたしは先輩と既成事実を作って無理やり奪うとかはしないですよ? ただ先輩に正面からアプローチをして、恋火さんよりも好きになってもらおうとしてるだけです」
「いやでも……」
「好きになっちゃったんですから仕方ないんですよ。もしも彼女持ちの男の人にアプローチをするのが許せないって言いたいんでしたら、まずは水萌さん達がやめてからですよ?」
ごもっともでした。
私自身ありすちゃんには言われたくないと散々思っていたんだし、ありすちゃんだった私には言われたくないはずだ。
少なくとも私達の中でそれを注意できるのは恋火ちゃんだけになる。
「それにわたしは思うんです」
「何を?」
「わたしはあくまで好きなことを伝えて好きになってもらう努力をするだけで、それで先輩がわたしのことを好きになったら悪いのは先輩では?」
「清々しいほどの悪い子だ」
でも確かに、ありすちゃんは舞翔くんに自分の気持ちを伝えるだけで、舞翔くんがそれを相手にしなければ関係は変わらない。
恋火ちゃんが嫉妬するかもだけど、なんか舞翔くんが間に入って結局仲良くなりそうだし。
それを全部計算に入れての行動なんて……
「呆れました?」
「ううん。すごいなって」
「呆れてるじゃないですか。それと、一つだけ訂正していいですか?」
「今更何を?」
もう今更ありすちゃんに「今までのことは嘘でした」とか言われても信じられない。
「さっき水萌さんはわたしが『偽ってる』って言いましたけど、少し違うんです」
「あれはほんとに言葉のあやだから気にしないで。ほんとにごめんなさい」
さすがにあれは言い過ぎた。
詳しくは聞いてないけどありすちゃんには色々とあるのは知っていたのに、何も考えないでありすちゃんに酷いことを言った。
「いえいえ、半分はそうなのでいいんですよ。訂正って言うのは、先輩の前でのわたしもわたしで、あれって嫌いだったからずっと封印してたんです」
「封印?」
「はい。まあ色々とありまして、『ありす』の時のわたしは大切な人の前だけで出る人格と言いますか、あれです、家だと性格変わる人みたいな」
それは私も同じだからわかりやすい。
私も舞翔くん達の前と、他の人の前では全くといっていいほど性格が違う。
「それでまあ、『ありす』の方で色々とあって封印してたんですけど、先輩がわたしの大切な人になったせいで封印が解けちゃったんですよ」
「まあ舞翔くんだもんね」
「ほんとに困った人ですよ」
そうは言ってるが、ありすちゃんはとっても嬉しそうだ。
「まあとにかくですね、わたしは先輩の前で自分を偽ってるわけじゃなくて、勝手にああなっちゃうんです」
「それで舞翔くんに優しくされると素に戻っちゃうの?」
「はい。あの人タラシなので」
ありすちゃんの言葉なのに全部信じられるのは舞翔くんの日頃の行いが悪いせいなのか。
多分そうなんだろう。
「まあわたしとしては最悪第二夫人でもいいって思ってるんですけどね」
「絶対に恋火ちゃんが許さないよ」
「ですよね。だけどそうなったら水萌さんとも姉妹になるんですかね?」
第一夫人が恋火ちゃんで第二夫人がありすちゃんになるならそうなるのかもしれないけど、そんなことはありえない。
だけど、もしもありすちゃんが舞翔くんと結婚することになれば私と姉妹になれるかもしれない。
「一応私と舞翔くんは兄妹ってことにしてるから、義理の姉妹になるかもね」
「そういえばそんな話聞いたかもです。じゃあ水萌お姉ちゃんですね」
「……もう一回」
「え? 水萌お姉ちゃん」
「もう一回」
「水萌お姉ちゃん」
なんていい響きなのか。
恋火ちゃんは私の妹なのに『お姉ちゃん』と呼んでくれない。
だからこうしてありすちゃんが私のことを『お姉ちゃん』と呼んでくれるなら……
「ありすちゃん。頑張って恋火ちゃんから舞翔くんを奪い取ろう」
「あれ? さっきと言ってることが違う気が」
「なんのこと? 私は最初からありすちゃんを応援してたよ?」
「あ、この人も悪い子だ」
私の義妹が何かおかしなことを言ってるけど、この子にはこれから頑張ってもらうから気にしないでおく。
恋火ちゃんには悪いけど、私のことを『お姉ちゃん』って呼ばないのが悪いんだからね。
「頑張るよありすちゃん」
「なんか恋火さんに悪いことしたかも。まあわたしも未だにさん付けなの許してないしいっか」
こうして私達は手を組んだ。
本当に舞翔くんがありすちゃんに乗り換えるなんて思ってないけど、妹達の可愛いイタズラだと思って諦めてもらう。
そうして私とありすちゃんは夜遅くまで作戦を練ったのだった。




