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勘違いの多い日

「ありすが、ね……」


「幻滅した?」


「すると思うの?」


 少し引っかかったから声に出してみたけど、愛莉珠ありすに勘違いをさせてしまったようだ。


 愛莉珠が両親を離婚させたと聞いても、その発言だけで全てを信じられるほど俺は素直じゃない。


「というかさ、今更なんだけど、それって話す必要あるのか?」


「ほんとに今更だね。あるかないかで言ったらあるよ。ありすがどういう人間なのかを知って欲しいから」


 愛莉珠が俺にチラッと視線を向ける。


「結局変わらないと思うけど」


「そうでもないよ。だってありすがお父さんをたぶらかしたせいでお母さんが怒って離婚しちゃったんだから」


「……」


「今度こそ幻滅したよね……」


 愛莉珠が自嘲気味に笑う。


 絶句したせいでまたも勘違いをさせてしまった。


「いやさ、それはほんとにありす何も悪くなくないか?」


「説明不足だよね。ありすってこんな性格じゃん? 彼女のいる先輩にベタベタして、今もありすの過去語りにかこつけて手を握ってもらってさ」


 愛莉珠が俺の手をにぎにぎする。


「ありすって好きになった人にはこうなの。お父さんのことも大好きだった。さすがに本気で結婚したいとか言うことはないよ? だけど、ありすに優しくて、ほんとに大好きだったの……」


 愛莉珠が頬を濡らしながら辛そうに話す。


「それでね、毎日お父さんにベタベタしてたら、お父さんいなくなっちゃったの……」


「いなくなった?」


 愛莉珠の涙をハンカチで拭いながら聞き返す。


「うん。きっと、ありすがベタベタしてたからお母さんが怒って離婚しちゃったの……」


「じゃあ、実際に『離婚した』って聞いてないの?」


 愛莉珠が弱々しく頷く。


「それって、ありすの勘違いじゃないの?」


「そう思いたかったよ。でも実際お父さんとはあれから一回も会ってないもん。それに……」


「それに?」


「さくらちゃんがありすのこと嫌ってるのも、ありすが悪い子だからだもん……」


「俺の知らない名前を出さないでくれ」


『さくらちゃん』なんて初めて聞いた。


 いや、どこかでそんな名前を見たことがあるような気がしなくもない。


 でも、聞いた覚えはない。


「先輩、自分のバイト先の店長の名前ぐらい覚えよ」


「あの人『さくら』って名前なんだ。そういえば店のどこかで『咲良さくら』って書いてあったの見たかも」


 それと今思い出したけど、俺がバイトを始めた時に店長が名乗って「絶対に名前では呼ぶな」と言われた気がする。


 だから俺が店長の名前を知らないのは仕方ないことだ。


「それでもだよ……」


「呆れるな。それでさくらちゃんがありすを嫌ってるって話だっけ?」


「ありすが呼んでも怒られるんだから先輩が言ったらもっと怒られるよ?」


「今度さりげなく呼んでみる」


「やっぱり先輩ってそういう趣味が?」


 なんか愛莉珠に引かれているような気がするけど、別に俺は店長、さくらちゃんに怒られたいわけではなく、反応を見て楽しみたいだけだ。


 いざとなったら愛莉珠と共に攻め込むだけだし。


「そういえばだけど、店長別にありすのこと嫌いじゃないよ?」


「大丈夫だよ? わかってるから……」


「いやマジで。苦手なのは確かだけど、それってあの人のトラウマが原因だろうし」


 店長は学生時代に色々あって、軽い女性不信のようだ。


 普通に話したりするのは平気だけど、愛莉珠のようにグイグイ来るタイプがどうしても苦手で、そういうお客が来ると対応を誰かに任せようとする。


 まあ俺達は接客なんてしたくないから店長の特訓だと思って心を鬼にして行かせるけど。


「あの店長見るのも結構楽しい」


「先輩って結構サディストですよね?」


「俺はノーマル。それよりも、気になるなら本人に聞きなさいよ」


「でも、さくらちゃんありすが行くと居なくなっちゃうし……」


「凸電すればいいだろ」


 電話も出ないとなるなら俺が今度捕まえておけばいいし、とにかく愛莉珠と店長は一度話した方がいい。


 そもそも、いくら使わない部屋だからといっても、自分の部屋に嫌いな人間を寝泊まりなんてさせないし、ましてや親代わりなんて絶対にしない。


 それに……


「多分あの人、ありすのお父さんのことも知ってるだろうし」


「え?」


「あくまで多分な。大人は性格悪いから子供に何も話さないんだよ。それと、大人は子供が傷ついてても見て見ぬふりだし」


 店長と愛莉珠は親戚なのだから、愛莉珠の両親が離婚したかどうかを知っていてもおかしくない。


 というか知らない方がおかしい。


 そしてこの前の店長の反応から、愛莉珠の事情も知っていそうだった。


 だから店長に腹が立ったのだし。


「うん、今度二人で店長拷問しよう」


「そこまでしなくても……」


「いやするね。ありすをなんかごちゃ混ぜにした罰」


「ち、これ、や……」


 なんかさっきからめんどくさい愛莉珠とおとなしい愛莉珠がごちゃ混ぜになっていた。


 口調はめんどくさい方で、雰囲気がおとなしくなっていて、違和感があった。


「ついでだから聞くけど、どっちが素なの?」


「えっと、答えないと駄目?」


「ありすがどういう人間なのか知りたいなー」


「もっと重たい雰囲気で言えば良かった。でも今の先輩可愛かったからもう一回言ってくれたら話さなくもないなー」


「教えてくれないの?」


「忘れてた。この人面白さの為ならなんでもするんだ……」


 別にそういうわけでもないけど、なんか面白そうな雰囲気を感じたのは確かだ。


「言いたくない……」


「今更遅い」


「ちぇ。まあいっか。先輩ならむしろ可愛いって思ってくれるだろうし」


 思うかはわからないけど、別にどんな答えだろうと愛莉珠を嫌いになったり、変に思ったりすることは絶対にない。


 だってこんな面白い子なのだから、さぞ面白い答えが返ってくるのだろうし。


「おい、変なハードルを上げるんじゃない」


「さあ、どんな面白い答えなのかな」


「だから……いいや。先輩のこのペースには勝てない。ほんとに普通な答えだよ? どっちが素なのかって聞かれたら、どっちもかな」


「あぁ……」


「今ガッカリしたね? 勝手にハードル上げたくせにガッカリしたね?」


 愛莉珠が頬を膨らませて俺をジト目で睨む。


「そんなことないよ。ただ『あ、水萌みなもと同じやつね』って思っただけ」


「つまり答えが普通でガッカリしたんだね?」


「……してないよ」


「今の間よ。いいじゃんか! 外では静かだけど家でははっちゃけても!」


 愛莉珠が俺の肩をポカポカと叩いてくる。


 別に誰も悪いなんて言ってない。


 想像以上に可愛い答えで面白くなかっただけだ。


「なんか複雑」


「でも、コロコロ変わってない?」


「正確に言うと、安心してるとはっちゃけちゃうの。先輩と居ると安心するからいつもはっちゃけてて、逆に不安になったり照れたりするとおとなしくなるのです」


 愛莉珠が胸を張って答える。


 なんか想像を超えない答えで面白くない。


「ありすに何を求めてるのさ」


「面白さ」


「そこは嘘でも可愛さと言え」


「可愛いは結構足りてるから」


「このハーレムやろうめ!」


 愛莉珠がまたも俺の肩を叩いてくる。


 こうやって可愛いは結構簡単に補給できるから、愛莉珠には面白さを求めている。


「負けるなありす。ありすは強い子」


「あ、そうだ」


「ん? どう!?」


 ちょっと忘れていたことがあったので愛莉珠を抱きしめる。


「な、なんのご褒美ですか!?」


「ちょっとね。多分ほとんどがありすの勘違いなんだろうけどさ、それでもたくさん辛かったんでしょ? だから、頑張ったねっていうやつ」


 俺はそう言って愛莉珠の頭を優しく撫でる。


 俺達子供は大人の身勝手に振り回されるしかない。


 子供に説明しても仕方ないと言って何も説明をしないで、子供の気持ちを無視する。


 こうして一人で抱え込むとも知らないで。


「あーあ、知らないんだぁ。こんなことされたら本気で先輩を落としに行っちゃうよ?」


「別にいいよ。ありすじゃレンを越えられないから」


「言ったなー。もう一つのお話してあげないぞ」


「なんのことか知らないけど、俺に恩を感じてるなら話して欲しいな」


「恩を笠にするなんてさいてー。なんてね。こんなんじゃ返せない恩だから許してあげる」


 そうして愛莉珠から一つのアドバイスを貰った。


 レンとの今後の関係を左右するかもしれないアドバイスを。


 そしてアドバイスを貰い、夜も遅くなってきたので、泊まりたがる水萌の手を引いて三人を送った。


 アドバイス中からアパートに送るまで、愛莉珠は一度も俺と顔を合わせてくれなかったのは、嫌われたからなのだろうか。


 そんなことを考えながらレンと水萌を送っていたら、レンに無言で背中を殴られた。


 理由は何も言わなかったけど、とりあえずネガティブな考えは消えた気がした。

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