怒られ仲間
「ただいまーとおかえりー」
「ほんとにそれ好きだよな」
愛莉珠を連れて家に帰って来た俺は、水萌のいつもの挨拶に出迎えられる。
まあ一緒に帰って来たのだけど。
「レンのお出迎えがないんだが?」
「恋火ちゃんは今頃舞翔くんのベッドに潜り込んで舞翔くんの帰りを待ってるよ」
「んなわけあるか、馬鹿」
レンが水萌の頭を軽く叩く。
ちなみに何も言ってなかっただけでレンはずっと居た。
「人を空気みたいに扱いやがって」
「だって俺達が帰って来た時に『おかえりー』って言って奥から出てくる奥さんごっこしてくれなかったから」
「するわけないから。つーか絶対今思いついただけだろ」
レンがため息混じりに言う。
まあ確かに思いつきで言っただけだが、されるのはやぶさかではない。
「そういうのはまだ早いんだよ」
「二人の時はやってくれるじゃん」
「勝手な妄想を言うな。つーか晩ご飯できてるんだから早く入れ」
「晩ご飯作って待っててくれるところは完璧」
「恋火ちゃんのご飯久しぶりー」
水萌がそう言って靴を適当に脱いで玄関を上がる。
俺達は基本的に晩ご飯を作る人は決めてない。
その時やることがない人が作ることにしていて、俺がバイトの時はレンか、レンに監視された水萌が作っているらしい。
それ以外は基本俺だ。
「久しぶりって、一昨日もオレが作ったろ」
「水萌は毎日レンの手料理が食べたいんだよ。俺もだから毎日作る?」
「めんどいからやだ。それに……なんでもない。ありすさんもそんなのほっといて早く来なね」
レンがそう言ってあからさまに俺から顔を背けてリビングに戻って行く。
「毎日味噌汁を作ってくれの方が良かったかな?」
「先輩ってそういうところほんとに鈍いよね」
「何が?」
「わかんないニブチンには教えてあげないんだー」
愛莉珠はそう言って靴を脱ぎ、自分と水萌の靴を揃える。
「ありすはいいお母さんになりそう」
「口説かれたー」
「水萌のお母さんお願いね」
「先輩って水萌さんのお兄さんなのか。じゃあ先輩もありすの子供だね」
愛莉珠がそう言って俺の頭を優しく撫でる。
そして「おかえり」と、今までに聞いたことのないぐらい優しい声で言う。
「ありすって、今の状態でもそんな優しい声出せるんだな」
「ありすを歩くスピーカーとか思ってない?」
「さすがにそこまでは思ってないけど、その状態だと声のトーン高くて『優しい』よりは『元気』って感じだからさ」
今の声はどちらかと言うとおとなしい方の愛莉珠の声に近かった。
まあ同じ人間が出しているのだから出せて当たり前なのだけど。
「先輩はどっちが好き?」
「どっちかって言うなら優しいの方かな」
「やっぱり先輩はおとなしいありすをめちゃくちゃにしたい願望が……」
愛莉珠がジト目を向けながら自分の体を抱きしめる。
「俺達みたいな人種は溌剌とした子よりもおとなしい子の方が話しやすいんだから仕方ないだろ。それと、俺はあくまで声の好き嫌いを言っただけで、どっちのありすも好きだから」
「ニブチンめ……」
愛莉珠がそっぽを向いてしまった。
なんかさっきも聞いた罵倒を受けた気がするけど、俺は何も変なことは言ってない……はずだ。
「ニブチン先輩、おてて洗いたいので洗面所借りていいですか?」
「わざと可愛いこと言わなくても可愛いから大丈夫だよ」
「もうちょっと感情込めてくれたら本気で落ちちゃうのになー」
「はいはい」
こっちだってもう少し感情を込めてくれればちゃんと考えた上でお断りをするのだけど。
「照れちゃって」
「ここ」
「いや無視て」
これ以上愛莉珠のおふざけに付き合っていてはレンに怒られる。
なのでさっさと洗面所に案内してリビングに向かうことにした。
「本気なのにー」
「そうな」
後ろで頬を膨らませてるであろう愛莉珠を無視して洗面所に入る。
もちろん洗濯物なんて見えるところに置いてない。
「ちぇ」
「何を残念がってる」
「あわよくば先輩の脱いだ服をスーハーしようかと」
「……」
「いや、冗談だからね? や、ほんとに、その『うわ、こいつ可愛い顔してるのに変態かよ。でもそこが……』みたいな顔しない……いや、それならいいのか」
「……」
「すいません調子に乗りました」
ちゃんと謝れるのはいい子の証だ。
まあ俺としては別に愛莉珠が変態かどうかなんてどうでもいいし、それならそれでなんか納得できる。
「えっちな子って可愛いもんね」
「変態とえっちって意味違くないか?」
「そう? 双子ぐらいには似てると思うけど」
「二卵生なのかな」
つまりレンは変態で水萌はえっちと。
「いや、その発想はどうなの?」
「逆の方が良かった?」
「そういうことじゃないけど、ありす的には逆の方がいいと思う」
なんの話をしてるのかわからなくなってきたけど、とりあえずレンはえっちな子だというこはわかった。
「怒られるよ?」
「落ちる時は一緒だろ?」
「ありすは先輩に脅されて仕方なくってことにするから」
「それさ、レンの場合絶対に意味をわかった上で俺を責めるからほんとにやめて」
レンに俺を責めるネタを与えるのはほんとにやめて欲しい。
そしてネタを与えたのなら、責任を取って俺とレンを二人っきりにしないで欲しい。
あのレンは俺には手のつけようがないから……
「見たい」
「断る。俺が耐えられない」
「恋火さんが高校卒業できなくなっちゃうって?」
「……」
「いや、無言やめて。先輩が耐えられないってそんなにやばいの?」
頷いて答える。
本当にレンが高校を卒業できなくなるようなことはないだろうけど、次の日に水萌達が気づくレベルで変になっていると思う。
俺が。
だから変な勘違いをされない為にみんなにも気をつけて欲しい。
「そっか、先輩って女の子慣れはしてるけど、恋人慣れはしてないもんね」
「恋人慣れってなんだよ。確かにレンと付き合ってはいるけど、何をするのが正解なのかはわかってないのは事実だが」
「先輩はそういうところも鈍いからね。その為のありすなのですけど!」
愛莉珠がドヤ顔で胸を張る。
「何か教えてくれるの?」
「ふっふっふー、ありすはこう見えて恋愛経験ゼロなのですよ」
「意外って言いたいけど、俺の周りの可愛い子達もみんな恋愛経験ゼロなんだよな」
愛莉珠のような可愛い子なら誰かと付き合ったことぐらいあるだろうなんて言うのは勝手すぎる妄想だ。
現にレンは俺と付き合っているからゼロではないけど、それ以外はゼロだし、水萌達は文字通りゼロだ。
だから愛莉珠がゼロでも意外ではない。
「先輩がいる限り、皆さん初めては迎えないでしょうね」
「なんの?」
「えー、言わせるなんてえっちー」
「なんの?」
「あ、すいません。あれです、キスとか、そういう恋人でする行為のことです」
別に怒ったわけではないのだけど、そんな謝られてしまったら俺が怒ったみたいになってしまう。
怒っていないのに。
「絶対怒ってるやつじゃん」
「そういうネタ好きじゃないんだよ」
「あぁ、先輩って男子高校生とは思えないぐらいにピュアだもんね」
「おい、紫音を馬鹿にするな」
「紫音さんって、ピュアだけどお腹が……」
誰だ、紫音が『腹黒』だなんて悪口を言ったのは。
紫音のあれは『素直』なのであって、断じて『腹黒』ではない。
あれはあれで俺は好きだし。
「先輩は逆に純白だよね」
「意味がわからん。とりあえずそろそろ圧がすごいから手洗いうがいしてリビング行こ」
「はーい」
洗面所の扉の隙間から何かしらのやばいオーラが流れ込んできている。
それを誰が発しているのかはわからないことにしておくけど、後でお説教は確定だろう。
まあ今日は一緒にお説教を受けてくれる仲間がいるから大丈夫だと思う。
大丈夫、ということに……なって欲しいと思いながら愛莉珠と共に圧の発生源の元に向かうのだった。




