背中のシェルター
「そういえば恋火さん、わたしに何か聞きたいことがあったんですよね?」
「あぁ、だけどちょっと待って。この悪ガキからデータと記憶を奪うから」
今の状況を説明しよう。
とても簡単に言うと俺とレンが睨み合っている。
理由は俺がレンを写真に収めたことがバレて、そのデータと俺が「写真を撮れば可愛いレンをいつでも見ることができる」という記憶を消そうとしているからだ。
だけどそれを知ったら俺もただで受け入れることはできない。
「今回だけはレンの言うこと聞かないからな」
「なにが『今回だけ』だ。オレの言うこと聞いたことないだろ」
「それは聞かない方がレンの反応がいいからだろ」
「お前のそういうとこが……」
「大好きだよ」
「水萌は黙ってろ!」
多分言いたかっただけの水萌がレンに睨まれて「こわーい」と言いながら俺の後ろに隠れる。
愛莉珠といい、レンから隠れるのに俺を盾にするのはなんなのか。
「痴話喧嘩終わった?」
「痴話喧嘩じゃないわ!」
「え、じゃあ夫婦漫才?」
「より、記憶と命を選べ」
「重くない!?」
最近のレンは何かにつけて記憶を奪おうとする。
本当に奪えるのか気になる自分もいるけど、ほんとに記憶を奪われたら困るので試すこともできない。
「ということで依、一回やられてみない?」
「どういうことさ! うちの繊細な頭脳がおかしくなっちゃうでしょ!」
「依は強い子だから大丈夫。なんでもチャレンジだよ」
「どんだけやって欲しいのさ。いつもなら『はっ、お前に繊細なんて似ても似つかない言葉じゃないかwww』って草生やしながら言ってくるのに」
「依は強がっちゃうだけで、繊細ないい子だよ」
「いや、やめろし。う、うちにそんな優しい言葉を使って何を求めるんだ!」
「人間の記憶は本当に消せるのか」
「貴様、うちに散々甘い言葉を使って、挙句に本心じゃないことを普通にバラすんじゃないよ」
依が拗ねたように頬を膨らませながら俺を睨んでくる。
「確かに依をいい感じに褒めて実験台にしようとはしてたけど、嘘は言ってないよ? 依は俺達に気を使わせないようにしてるけど、その裏では周りからの視線とか、俺達が楽しく過ごせるように色々してくれるけど、その分心を痛めることだってあるでしょ?」
「いや、だからそういうのは耐性なくて……やめろぉぉぉ」
依にいきなり頬をつねられた。
これは照れ隠しなのだろうか。
依は本気で困るとやっぱり可愛い。
「うーん、これは先輩のいいところでもあるから全部を矯正するわけにもいかないんだよな。だけどこういうところを直さないとなんだよなぁ……」
愛莉珠が何か変なことを言っている。
そういえば紫音達が買い出しに行ってる時に何か言っていたような気がする。
「恋火さん」
「ん、何?」
「恋火さんは先輩に直して欲しいところありますか?」
「え、全部?」
愛莉珠がいきなり何を聞き出すのかと思ったら、レンの返事の方が驚いた。
「全部は言い過ぎかもだけど、今のやり取りでも変えて欲しいとこはあるよ」
「例えばどこですか?」
「サキにそんな気がないのはわかってるけどさ、やっぱりモヤるし」
「なるほどです」
今の説明で何がわかったのか。
俺にはさっぱりだけど、愛莉珠だけでなく俺以外の全員が納得している。
「じゃあやっぱり先輩の女癖の悪さを変えたいですよね」
「それもどうなんだろうな」
「え?」
「いやさ、確かにサキのやってることって色んな女をたぶらかしてるみたいに見えるけど、実際優しさの押し売りみたいな、下心とか微塵もないわけで、勝手にこっちがサキの優しさに甘えてるだけなんだよ」
レンが俺を馬鹿にしたように笑う。
「サキが思わせぶりなことしてるのも悪いけど、サキの優しさを否定してまで変えて欲しいとこはないかな」
「お似合いってことですね」
愛莉珠が呆れたように笑う。
「あ、でも一個だけ変えて欲しいとこあった」
「どこですか?」
「自虐的なとこ」
「あぁ、確かに。結局先輩が皆さんに思わせぶりなことを言うのって、自分が何を言っても好かれることなんてないって思ってるからですもんね」
「それ。もう少し自分の発言に責任持って欲しい。サキが優しいこと言うと少なくともオレ達はみんな落ちるんだから」
なんだろう。
俺の周りから生暖かい視線を感じる。
「つまり先輩に自信をつけさせればいいってことですね」
「自信しかないサキも変だけど」
「そこら辺は調整します。自分の言葉に責任が持てるぐらいになってもらえれば」
「できるの?」
「やります。それが先輩への恩返しにしたいので」
愛莉珠が両手をグッと握ってやる気を表す。
だけど『恩返し』の意味がわからない。
「俺ってありすに何かした?」
「口説かれました」
「ほう」
「俺はありすで遊んだことはあっても口説いたことはない」
「つまりわたしとは遊びだったと?」
「めんどくさいことを言い出すな。俺はありすをからかって遊んではいたけど、ありすとの関係を遊びだなんて思ってない」
愛莉珠は基本めんどくさいことが多いけど、それでも俺は愛莉珠を気に入っていることに嘘はない。
だからこれからも愛莉珠との関係は大切にしていきたいと個人的には思っている。
「こういうとこなんですよね」
「でもさ、今のはありすさんも悪いぞ?」
「誘導はしてないですよ。まあ結局のところ、先輩が優しいのと、わたし達がチョロいのが悪いわけで、わたし達も耐性付けましょ」
「付いたら苦労はないんだけどな」
「恋火さんは付かないでいいんじゃないですか?」
「なんでだよ」
「だってそれなら絶対にマンネリ化しないじゃないですか」
「そういう考え方もできんのね。でもそれだとオレが一生サキに負けることにならないか?」
「……」
愛莉珠があからさまに視線を逸らした。
「おい」
「恋火さんは先輩にからかわれるの大好きだからむしろご褒美じゃないですか」
「別に好きじゃないわ」
「でも、先輩に構われるとあんなに……なんでもないです」
レンに睨まれた愛莉珠がそそくさと俺の背中に隠れる。
だから俺の背中はレンの脅威から守るシェルターではない。
「あ、そういえば恋火さんがわたしに聞きたいことってなんだったんですか?」
「あぁ、それもう大丈夫」
「そうなんですか?」
「うん、なんとなくわかったから」
愛莉珠が俺の肩から顔を出して首を傾げる。
俺からはちゃんと見えないけど、想像するだけで可愛いのがわかる。
「先輩の可愛いって軽いですよね」
「サキのは小動物的な意味しかないから」
「つまり、わたし達に向けてる『可愛い』はひらがなの『かわいい』ってことですか?」
「そのひらがなってやつがなんなのか知らないけど、多分そんな感じじゃないの」
本人がいるのだから聞けばいいのに、なぜか二人で解決してしまう。
ちなみに俺としては、ひらがなの『かわいい』は小さい子に向けるもので、漢字の『可愛い』は小動物的な意味と、レンに向ける本気の意味の二つがあり、正直区別はつかない。
「まあどっちにしろ先輩に言われるのは嬉しいからいいんですけど」
「結局耐性付ける気ないだろ」
「嬉しいものは嬉しいんだから仕方ないんです。先輩に自信をつけさせるのは頑張るとして、耐性の付かないわたし達は女子会を開いて先輩の愚痴をこぼせばいいんじゃないですか?」
「名案」
こうして女子会(男子もいるよ)が始まった。
ちなみに帰るまで俺への不平不満が話し続けられたのだった。




