断罪裁判開始
「さて、準備を終わったし『第一回、断罪裁判』を始めるか」
「だから『第一回』付けるのやめてくれる?」
愛莉珠がおとなしい方に戻ったかと思えば、紫音達から覚えのない謝罪を受け、そしてその紫音達が買い出しの時買ってきたのか、折り紙を取り出して『ひこくにん』などの裁判に関係ありそうな名前を書き出した。
そして愛莉珠に許可を取ってからそれをなんとなくで置いて行ったかと思えば、『ひこくにん』の前に俺が座らされ、『げんこく』の前に元気の無い愛莉珠が座らされた。
残りは全員『さいばんかん』だ。
「なんか色々と突っ込みたいところがあるんだよな」
「サキは喋れば罪が増えるだけだから喋らない方がいいと思うけど?」
「いや、そもそもなんの裁判だし」
「言ったろ? サキを断罪する為の裁判」
紫音から聞いた話では俺の罪は既に決まっていて、それを俺に伝えるだけの裁判らしいが、もう罪があることが決まっているなら裁判をする必要がないような気がする。
それに原告と被告人、そして裁判官しかいない裁判とはつまり俺に喋る権利は無いと言うことなのか。
「まあ『サキに言いたいこと言ってみよー』みたいなやつだから仕方ないな」
「別に裁判とか開かなくても言いたいことは言ってくれて構わないんだが?」
「違うんだよな、これはあくまで『裁判』であって、『対等な話し合い』じゃないんだよ。つまり、サキのことを理不尽に責めたてることができるってわけ」
なんかレンが楽しそうに言うけど、理不尽に俺を責めることはいつもしてる気がするし、別にしてくれて構わない。
むしろ抱え込まれる方が俺は嫌だ。
「れんれんよ、なんかうちらが悪者みたいになってきてないかい?」
「そんなのいつものことだから気にするな。こういうのは自分が悪いって思った方の負けなんだから」
「おー、さすが恋火ちゃんだ。よっ、根っからの悪者」
「堂々と悪口言う悪い口はこれかな?」
レンがいつものように余計なことを言った水萌のほっぺたをうにうにとつねり出す。
裁判官同士で喧嘩をしないで欲しい。
「ありす、変なことに巻き込んでごめん」
「……」
「そんなあからさまに無視されるとさすがに傷つくんだけど?」
「……あ、はい? すいません、考え事してて。あの……すいません」
さっきから愛莉珠の様子がおかしいとは思っていたけど、声が聞こえないぐらいに上の空になっている。
そして謝ってはいるけど、それも何に謝っているのか自分でもわかっていないような、どこかふわふわしているように感じる。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です。えっと、自己紹介でしたっけ?」
「うん、大丈夫じゃないな。無理に茶番に付き合わなくていいから、疲れてるなら俺達帰るから言ってね?」
愛莉珠の部屋に来たのは愛莉珠と仲良くなる為であって、それは多分叶っているから愛莉珠が疲れているなら無理に居座る必要はない。
「あ、本当に大丈夫です。なんて言いますか、今までの常識が全て覆って驚愕に打ちひしがれている感じなだけなので」
「あんまり難しい言葉使うと水萌の頭がパンクするからやめてあげてね」
「わかるもん! あれでしょ、なんか『わー』ってなるってこと」
「わかってないじゃん。『わー』じゃなくて『あぁ……』だから」
俺が言うと、水萌が「どっち?」と、愛莉珠に首を傾げながら聞く。
「先輩の方が近いですね。えっと、でも本当に平気なのでわたしのことは気にせずに続けてください」
「無理はするなよ?」
「はい。えと、ちなみに余った折り紙って貰ったり出来ますか?」
「いい?」
俺が買ってきた紫音に聞くと「もちろん」と、快く渡してくれた。
ほんとにこの為だけに買ってきたようだ。
「裏紙とかでいいだろ」
「折り紙なら後で遊べるかなって思って」
「折り紙って幼稚園とか小学生の時にやったぐらいで折り方ほとんど覚えてないけど?」
「僕もだよ? でもこういうのって久しぶりにやると楽しくない?」
それはわかるかもしれない。
小さい頃に遊んでいたものを高校生になって久しぶりにやるとハマったりすることがある。
まあすぐに飽きるのだけど。
「それよりも裁判はもういいの?」
「蓮奈、もうみんな裁判なんてやらなくていいって感じになってたんだから空気読みなさい」
「あ、ごめん」
「いや、サキが話を逸らしてただけでやるからな?」
なんとなくうやむやに出来たと思っていたけど、レンはそこまで甘くないようだ。
というか今更何を裁判で話すと言うのか。
「まずはサキの女癖の悪さから話してくぞ」
「女癖って──」
「あ、サキに喋る権利ないから。これはあくまでサキを断罪するものであって、サキに『直してね?』みたいに話し合うやつじゃないから」
とんだ独裁裁判だ。
というかそれならこんな裁判ごっこをやらなくても、紫音を加えた女子会を開催して俺の愚痴を話せばいいのではないのだろうか。
俺に聞かせたいのならそれを聞かせればいいのだし。
「あぁ、裁判にした理由だけど、それっぽいってだけで特に理由はないよ?」
「だろうな」
「だから喋るな」
どうやら俺は裁判に関係なく、喋ることが禁止らしい。
つまりは俺への愚痴を何も言えない状態で聞き続けないといけないようだ。
「今回の被害者であるありすさんだけど、ついにサキが年下に手を出したことにオレは戸惑ってるんだよな」
「まあ遅かれ早かれではあったけどね」
「今は学校に後輩がいないからなかっただけで、来年には少なくとも三人ははべらせてたでしょ」
「それが否定できないからサキって怖いんだよな……」
いつものことだけど、サキと依と蓮奈が言いたい放題だ。
別に俺は好き好んで女子とだけ仲良くしてるわけじゃない。
ただ、男(紫音を除く)と相性が悪いだけだ。
「でも、舞翔くんって自分から人に話しかけることってないじゃん?」
「そうだな。自称人見知りだから」
「つまりは、舞翔くんに女の子が集まって来るってわけだよね?」
「あぁ、そういう考え方もできなくはないのか」
「それじゃあなんで男の子は集まらないのかって考えるとさ、私のせいになるのかな?」
水萌が首を傾げながら問いかける。
言いたいことはわかるけど、水萌のせいではない。
「なんで水萌のせい?」
「私って金髪時代に男の子からたくさん告白されてたのは知ってるよね?」
「さりげなくうちも止めてたけど、それでも全員は無理でした。ごめんなさい」
「別に頼んでないから大丈夫なんだけど、舞翔くんが人付き合いを始めたのって私と出会ってからじゃん?」
「なに、自分が一番最初に仲良くなったって喧嘩売ってんの?」
とても突っ込みたい。
水萌にはそういう意図はない。
伝えられないのがとてももどかしい。
「そういう考えもあるけど」
どうやら喧嘩を売っていたらしいので俺はこのまま静観を続けることにする。
「んとね、私っていう存在が舞翔くんと仲良くしたから、男の子は舞翔くんに話しかける可能性が無くなったのかなって」
「そういうね。水萌っていう見た目だけは完璧な女子がサキっていう見た目だけは根暗なぼっちと仲良くしてるのは確かに嫉妬深い高校生男子には気に食わないことだな」
レンの発言に訂正を求めたい。
俺はその通りだけど、水萌は見た目だけでなく中身も完璧だ。
少なくともクラスの人達も依の情報操作のせいで水萌を完璧超人と思っていたし。
「でもそうなのか。ここに居るのってありすさんは知らないけど、サキから声をかけられた人はいないのか」
少し微妙な人はいるけど、そうかもしれない。
水萌は告白現場を目撃してしまった俺が気にせずに居座ったことが気になって見つめてきたから仕方なく話しかけて、レンは先輩三人組に絡まれているところを遭遇した俺が思わず突っ込んでしまって、色々あってレンに喧嘩を売られた。
紫音は俺が男なのにスカートを履いていることが気になって思わず声がこぼれたことがきっかけで、再会した時も紫音が俺のところに来てくれて、依は水萌にしたことを俺に謝る為に話しかけてきて、蓮奈は紫音に余計なことを吹き込んだことを怒る為に呼ばれた。
状況的に仕方ないものはあるけど、確かに俺から歩み寄った相手はいないかもしれない。
「つまりサキは一度話した相手と仲良くなれる能力の持ち主ってことか」
「コミュ強すぎる。お兄様が一番の陽キャだった」
「確かにそうかも。私みたいな本物の根暗引きこもりクソぼっちともすぐに仲良くなれたし」
「うん、お姉ちゃんとすぐに仲良くなれたのは驚いた。しかもお姉ちゃんの問題解決までして」
「やっぱり舞翔くんが女の子と仲良くなるんじゃなくて、舞翔くんに女の子が寄って来るんだよね」
「あぁ、つまりサキは甘い蜜で、悪い虫がたかってくると」
いい感じに収まりそうだったのがレンの発言で全てぶち壊された。
というか、俺と仲良くするのが女子しかいないと言うが、俺が初めて友達になったのは男の紫音だ。
それに関係性を見ると、水萌とレンは姉妹で、その二人を見守る約束をした依に、紫音の従姉妹である蓮奈。
高校生になって最初に仲良くなったのが水萌とレンってだけで、他は流れ的に仲良くなるのが約束されていた関係にも思える。
つまり俺は断罪される筋合いはない。
「まあオレ達に関してはいいか。じゃあ本題に入って、サキが自分の意思で作った新しい出会いについてだな」
どうやら裁判は続くらしい。
ずっと黙って折り紙を折っている愛莉珠のことについての裁判が。