怒らせたらいけない人
「こ、ここです……」
「そんなに怯えるなら許可しなくていいんだからな?」
レン達と愛莉珠の出会いは悪い方向にいかずになんとかなった。
だけど予想通りと言うべきか、今度は俺に標的がズレた。
なんかレン達が色々と聞きたいと言ってきたけど、一応俺はバイト中だったのでバイトが終わってからということになった。
そのことを逃げたさいて……店長に伝えると、何か後ろめたさでもあったのか、俺を上がらせてくれた。
店長にも色々と言いたいことはあったけど、今はレン達の方が大事なので上がらせてもらった。
そして帰る準備をしてレン達と合流したのだけど、今はなぜか愛莉珠の住むアパートに来ている。
「お、怯えてるとかじゃないです。き、緊張でお昼に食べた白米が込み上げそうで……」
「大丈夫? レン達にいじめられてない? もしもいじめられて無理やり家に連れて来てるなら言えよ?」
「お前はオレ達をなんだと思ってんだ」
本当に顔色が悪くなっている愛莉珠を心配していたらレンに頭を叩かれた。
「だって俺がいない時に決まったことだろ?」
「オレ達を信じられないのか……って言いたいけど、実際その状態のありすさんを見たら信じられないよな」
「まあこっちにしたのは俺だし、俺にも責任はあるけど、こっちだとイエスマンになっちゃうからさ」
「あぁ、確かに弱々しい返事しかなかった気がする」
愛莉珠はこうなると否定をしない。
蓮奈とはまた違ったタイプの人見知りなのだ。
「ありす。最後に確認するけど、ほんとにみんな家に入れていいの?」
「は、はい。た、確か散らかってなかったはずですし。あ、でも飲み物とかお菓子とか、おもてなしできるものが何もありません……ごめんなさい」
愛莉珠が更に顔を青ざめさせながら頭を下げる。
やっぱり見てて面白いのだけど、同時に心配になるからそこまで謝らないで欲しい。
「紫音」
「買いに行ってくるね」
「ごめん。依とか使っていいから」
「うちの扱い酷くない?」
「後でたくさん褒める」
「よし、今すぐ行こう。れなたそも行く?」
「……行く。舞翔君、私を構えそうにないし」
こういう時は思いついた俺が買いに行くべきなんだろうけど、この状態の愛莉珠をレン達と放置はできない。
「や、その、わ、わたしが行き、ます……です」
「家の主のありすが行くなら俺達全員で行くことになるんだよ。別にそれでもいいんだけどさ、俺達って多いから絶対に邪魔になるし、こっちはこっちで準備してた方が効率的だろ?」
「そう、ですけど……」
「いいか? レンは確かに喋り方が怖いかもしれないけど、別に悪い子じゃないんだよ」
「おい」
レンに睨まれている気がするけど、そういうのが愛莉珠を怖がらせているのだから今はほんとにやめて欲しい。
「レンのこれってただの愛情表現だから気にしなくていいんだよ。そんで、レン以外の子達はひねくれてないから簡単に怒ったりしないわけ」
「れんれん短気だから」
「より、後でさっきの続きな?」
「そ、そういう態度がありすちゃんを怖がらせてんだよ!」
「オレは普通にしてたら駄目ってことね」
レンが何か勘違いをしているようで、声が少し寂しそうだ。
「俺と二人の時みたいになれば……」
「それ以上喋ったらよりの頭が割れることになるからな?」
「なぜにうち!?」
だから睨まないで欲しい。
だけど逆に考えれば依を犠牲にしたらレンが人前でもあれを……するとは言ってないのか。
「残念」
「ったく」
レンが少し拗ねたように俺の背中を拳でぐりぐりとする。
「今の可愛かったろ?」
「は、はい」
「聞こえてんだよ!」
愛莉珠にだけ聞こえるようにと小声で喋ったのに、レンが想像以上に近かったせいで聞こえてしまったらしい。
まあ、愛莉珠にレンの可愛さが伝わったのなら俺の背骨の一本や二本や十本ぐらい安いものだ。
「まあ何が言いたいのかと言うと、紫音達が買い出しに行くことを悪いって思う必要はなくて、帰って来た時に『ありがとう』って言うだけでいいの。紫音なんかは体が『善』で出来てるし」
「馬鹿にしてる?」
「超褒めてるでしょ?」
「なんか僕を善玉菌みたいに言ってない?」
「紫音が居るとそれだけで場が和むから似たようなものでしょ」
「なんか素直に褒められてるって思えないんだけど?」
紫音までもが少し拗ねてしまった。
そんな紫音が俺と愛莉珠の方に歩み寄って来る。
「え、紫音までレンみたいに暴力ですか?」
「そっちの方がいい?」
「やめて、笑顔が怖い」
俺は知っている。
というか愛莉珠以外は全員知っている。
俺達の中で一番怒らせてはいけないのが紫音だということを。
「まーくん?」
「いいか、ありす。紫音はこの中で一番の良心だけど、怒らせるとやばいから絶対に怒らせるなよ? 多分今の愛莉珠だったら紫音を怒らせることはないだろうけど、あっちだと可能性あるから」
「あ、えっと、はい」
「まーくん、後でお話があるからね?」
「俺は優しい紫音とお話したいです」
「酷いなぁ、僕が優しくないって言うんだ」
「だって今の紫音は『善』が無慈悲に『悪』を滅ぼしてるような怖さが……」
「なーに?」
「なんでもありません! 俺はそんな紫音も好きです」
俺がそう言うと紫音に無言で頬をつねられた。
普通に痛い。
「まーくんのばか。えっと、ありすちゃん。まーくんが変なこと言ってたけど、僕は悪い子とかじゃないからね?」
「僕は悪い紫音じゃないよ?」
「依ちゃん、恋火ちゃんだけじゃ足りないの?」
「あ、紫音くんからすっごい怖いオーラが……れなたそ、二人で買い出し行かない?」
「私のお守り一人で出来る?」
「くっ、店員さんとも話せないタイプか。それでも……」
「依ちゃんとお姉ちゃん、ステイ」
「わん!」
「なんで私も……」
茶々を入れられて怒った紫音が依と蓮奈を黙らせる。
やっぱり紫音は怒らせたらいけない。
「もう、みんなふざけすぎなの。気持ちはわかるけど」
「わたしのせいですよね……」
愛莉珠が俯きながら弱々しく言う。
まあそうと言ったらそうだ。
依も蓮奈も場を和ませようとしているのであって、誰だってレンも紫音も怒らせたくはない。
多分「そういうノリだ」っていうのを愛莉珠に伝えようとしているのだと思う。
素の可能性もあるけど。
「みんなね、ありすちゃんと仲良くしたいんだよ。全員年上で居心地悪いかもしれないけど、これからやる《《まーくん裁判》》をきっかけに仲良くなりたいなって」
「わ、わたしも、先輩のお友達と彼女さんと仲良くなりたいです」
「ほんと? それなら僕も嬉しいよ」
どうやら上手くまとまったらしい。
やっぱりこういうのは紫音に任せるのが一番いい。
だけど少し気になることがある。
「なんか『裁判』とか聞こえたんだけど、何?」
「ん? そのままだよ? まーくんが悪いことしたからみんなで裁判をして罰を決めるの」
「俺聞いてないけど?」
「うん。だって言ってないもん」
「裁判って事前に聞かされるよな? 弁護士付けたりするし」
「残念なことにまーくんには弁護士さんが付かなかったので」
「あ、つまり判決を言われるだけの一方的なやつね……」
それは裁判ではなく、処刑台に立たされると言うのではないのか。
まあそんなのはどっちでもよくて……
「ちなみに罪状は?」
「『ありすちゃんたぶらかし罪』」
「意味わからねぇ……」
こうして謎の『裁判ごっこ』の開催が宣言されたのだった。




