ツインテ少女
「先輩の大好きなありすが来たのにお迎えなくて寂しかった」
「そうか、俺はお前のことを気に入ってはいるけど大好きではないからお迎えする義理はない。それより下りろ」
俺はタックルをしてきたまま俺の上に馬乗りになっているツインテ少女を睨みつける。
「あー、先輩が怒った。こんな可愛い女の子に馬乗りにされてるんだから喜ぶべきところなのに」
「意味がわからん。というか、危ないからタックルはやめろ」
「ありすの体に傷でもついたら大変だもんね」
「そうだよ」
今回は俺が下敷きになれたから良かったけど、女の子であるこの子が怪我をして傷でも作ったら大変なことだ。
「ほんと先輩ってそういうところあるよね」
「何がだよ」
「ううん。それよりも、このお店にこんなにお客さんがいるのって何事? 明日は大雪でも降るの? 先輩一緒に雪だるま作ろ」
レン達に気づいたのか、さりげなくこの店をディスりながら、またも意味のわからないことを言い出す。
「つーか店長いないし」
「ありすが来たのに気づいて裏に逃げてったよ?」
「……」
ちょっと何も言えなかった。
大人だからとか、親戚だからとかは関係なく、逃げるとはどういう了見なのか。
実際は逃げたわけじゃないかもしれないけど、俺から見たって逃げたと思われても仕方ない。
この子が何をしたと言うのか……
「ありすのこと見つめてるけど、惚れ直した?」
「別に元から惚れてない。というかほんとに下りろ。飲食店の制服で床に寝るのは色々と駄目だから」
「先輩って人と見てるところ違うよね。だから好き」
そう言ってツインテ少女は嬉しそうに俺の上からどいた。
嬉しそうだから俺が人とは違う変人だと言われたのはスルーしてあげることにした。
「それで、そちらのありすの次ぐらいに可愛い人達は先輩のハーレム計画に運良く巻き込まれた選ばれし人達ですか?」
「ごめん、ちょっと、というか全然意味がわからない」
今までもこの子は意味のわからないことを言ってきたが、今のはその中でも群を抜いて意味がわからない。
まず『ハーレム計画』が意味がわからなくて、次にそれに巻き込まれたことが『運がいい』ってのもわからない。
そして一番わからないのは、なんでこの子の次に可愛いになるのかだ。
「言っとくけど、お前よりも可愛いから」
「ちょいちょい、それはありすをバカにしすぎでは?」
「いやいや、お前はどっちかって言うと『面白い』だから。『可愛い』では誰にも勝ててない」
「先輩、普通に傷つく……」
ツインテ少女が涙目で俺に上目遣いをしてくる。
さすがに慣れた。
「嘘泣きはいいから」
「嘘じゃないもん! ほんとに傷ついたんだもん!」
「それなら涙は枯らしたら駄目だな」
「ちょっと待って、今潤すから」
そう言ってポケットから目薬を取り出す。
そういうことじゃないのだけど、まあやるとは思った。
「ぴえん」
「それ古いだろ」
「古いものでも可愛い子が言えば旬になるんだよ」
「それはわかるかも」
「先輩って変なところで同意してくれるよね。それよりも、さっきからありすに……いや、先輩にか。先輩に呆れたみたいな視線送ってきてる、ありすの次に可愛い人達はだーれ?」
わざわざ『次に』を強調する必要はあったのか。
確かにこの子は可愛いのかもしれないけど、レン達と比べるとやっぱりレン達の方が可愛いと思える。
どうしてもこの子は『面白い』としか思えないから。
「人の名前を聞くなら自分から名乗れだって」
「誰も何も言ってなくない?」
「多分あの中の空気を読みすぎる子と、ガチコミュ障の子がそう思ってそうだったから」
二人を除いてみんな喋らないようにしてるけど、さっきからこの子の言う通りずっと呆れたような目で俺を見てるし、なんとなく「そろそろ紹介しろや」みたいな視線も上乗せされてる気がする。
口が悪いぞ、レン。
「俺の身が危険だから自己紹介してもらっていい?」
「先輩の方がよっぽど面白い人なんですよね。まあいいです。話してないけど皆さんいい人なのはわかりましたから」
店長はこの子とレン達を会わせたらやばいみたいに言ってたけど、実際会ってもこうしていつも通り俺が呆れられるだけだ。
だからこのままいけばみんな仲良くなってハッピーエンド……なんだけど、そうならないのが現実だ。
「ありすはありすって言います。ひらがなでありすです。先輩との馴れ初めは、雨の降りしきる中、呆然としてたありすの前に白馬に乗って先輩が──」
「普通に自己紹介しろ。それと俺とお前が今まで会った日は全部晴れだ」
「ありすと会った日を全部覚えてるなんて、先輩ありすのこと大好きすぎ」
「いや、お前雨の日濡れるの嫌で来ないじゃん」
「だってありすの髪、繊細すぎて雨の日は可愛くないんだもん。そんなの先輩に見られたくないよ……」
「つまりさっきの話は嘘だって認めたことになるな?」
「なんか先輩に手玉に取られた気分……えっち」
ツインテ少女が自分の体を抱いて隠すようにする。
やっぱり意味がわからない。
「あ、髪と言えば、今日はツインテールにしてみたけど、どう?」
「俺、あんまりツインテールって好きじゃないんだよな」
「だ・け・ど?」
「ん? あぁ、似合ってて可愛いよ?」
「疑問形なのが不服だけど、まあいいや。先輩嘘つかないし」
ツインテ少女が髪をひと房触りながら頬をほころばせる。
そういう表情なら可愛いと思えるのに、なんでいつもそうなれないのか。
「んと、ちゃんと自己紹介します。ありすは篠山 愛莉珠って言います。でも『篠山』って名字はあんまり好きではないので『ありす』ってひらがなで呼んで欲しいです」
ツインテ少女が俺に視線を送りながら言う。
一体なんなのか。
「絶対とぼけた」
「なんのことだよ」
「先輩はいつになったらありすを『ありす』って呼んでくれるの?」
「女子の名前を呼び捨てなんて恥ずかしいから無理」
「じゃあ、そちらの皆さんをいつもの呼び方で呼んでください!」
「レン、水萌、依、紫音、蓮奈だけど?」
「先輩のそういう小憎たらしいところ嫌いじゃないですけど、ありすは!」
ツインテ少女が頬を膨らませて俺を睨んでくる。
正直なところ、別に『ありす』と呼ぶのはいいけど、反応が面白……年下女子を呼び捨てが恥ずかしくて呼べなくなってしまう。
決してこの子の反応を見て楽しんでいるわけではない。
「せーんーぱーいー?」
「あれだあれ。可愛い女の子の名前を呼ぶのは男心的に難しいんだよ」
「ありすよりも可愛いって言ってた皆さんは名前で呼んでおいてですか?」
「そうやってマジレスばっかりしてると、俺みたいに捻くれ者になるぞ」
「自分で言います? それとありすは元から捻くれ者ですし」
ツインテ少女が自虐的に笑う。
この顔は嫌いだ。
「まったく、言っとくけどお前のそれは捻くれとかじゃないから。捻くれることを甘く見るなよ?」
「なんですか、それ」
「俺のはメビウスの輪で、ありすのはちょうちょ結びってこと」
「余計意味が……今なんて?」
「メビウスの輪って知らない? 数字の『8』を横にしたみたいなやつで、無限って意味も───」
「そうじゃなくて、その後です!」
「え、まさかちょうちょ結びがわからない?」
茶化しすぎてまたも頬を膨らませてジト目で睨まれる。
「たまに出すと効果的だろ?」
「先輩、女の子に囲まれすぎて女の子の扱い上手すぎません?」
「ちょっと何言ってるのかわからないけど、元気になったなら良かったよ」
「……先輩のばーか」
ツインテ少女あらため、ありすが俺の胸に頭をコツンと当てながら弱々しく俺を罵倒する。
レン達もたまにするけど、なんで俺はそんなに罵倒されなければいけないのか。
「それはそれとしてだな」
ありすが元気になったのはいいけど、一つ問題が解決したら次の問題が発生するのが世界の理。
またも開催された女子会で、何やら俺のことを話してる気がする。
無視するべきか、俺も話に加わるべきか。
「ん……」
とりあえずは、胸の中のあまえんぼツインテをどうにかする方法を考えることにした。




