後悔のタックル
「俺だけを働かせて食べる食事は楽しいですか?」
「拗ねるな。舞翔が大事にされてるようで私も嬉しい」
レン達が俺のバイト先に遊びに来て、店長との女子会(?) が行われている中、俺はその女子会に料理を運ぶ仕事をさせられている。
どんな会話をしているのかは厨房で料理を作っている俺にはわからないけど、店長のウザ……嬉しそうな顔を見ればろくなことでないのはわかる。
「そういえば今日ってサキだけしかいないの?」
「この店休日でもこの時間はだいたいこれだから一人で足りるんだよ」
「これ言うな。その分夜は結構混むし、今日は特にお客様が来てないだけ」
「俺は楽でいいけど」
「まあたとえ混んでも舞翔一人いればなんとかするから」
「丸投げやめてくれます? 混んで混んで混んで、やっと引いたところで来られても腹立つだけですからね?」
俺が一人と言っても裏には店長がいる。
だけどこの人は珍しくこの時間に混んだとしても出てくることはない。
そして落ち着いたところで「手伝おうか?」と、軽い感じで来るものだから「帰れ」と、キレながら返してしまう。
「舞翔を感情的にさせると面白いから」
「お前ほんと人の上に立つべき人間じゃないからな?」
「怖い怖い。だってぶっちゃけるとさ、お前ってなんとかしちゃうじゃん」
「できるとしても、二人でやるべき仕事を一人でやらせてるのがおかしいって言ってるんですよ」
「人件費削減」
「店長目線のマジレスするのやめてくれます?」
そんなこと言われたら黙るしかなくなる。
俺が逆の立場だったら同じことを思うだろうし、そうでなくても、こんな閑古鳥が近所迷惑レベルで鳴いている店なら無駄に人を入れるわけにもいかないだろうし。
「そこで『バイトに人権は無いのか!』みたいなこと言わないのが舞翔のいいところだよな。私の苦労とか考えてるんだろ?」
「そりゃ、こんだけ暇な時間が多いんですから」
「やっぱりお前は良い奴だよ。あいつの相手もしてくれるし」
俺だってこの店が潰れて職を失うのは困る。
店長の言った通り、俺みたいな奴を雇ってくれる場所があるのかわからないのだから、愚痴は言っても文句は言えない。
それよりも。
「どんだけ嫌いなんですか」
「嫌いじゃない、苦手なだけだ」
「言い換えてるだけでしょ。面白い子なのに」
「お前の前だけだからな? いや、確かに私の前でもなるけど、なんかな……」
まあ言いたいことはわからないでもない。
俺達が話してる子は例の写真の篠山 愛莉珠のことだけど、確かにあの子は異性からは好かれるかもしれないけど、同性からは嫌われるタイプだ。
なんとなく紫音も苦手そうだけど。
「それって例の子だよな?」
「うん。後で来るみたいだから会ってみる?」
「その子がいいって言うなら」
「多分大丈夫。むしろ会いたがってるぐらいだし」
あの子にレン達のことを話したら(無理やり話させられた)、異様な食いつきをして会いたがっていた。
接点が無いだろうから会わせる気はなかったけど、お互いが会いたいと言うなら仕方ない。
「舞翔、それって愛莉珠のことだよな?」
「そうですよ?」
「正気か? 絶対にいいことないからやめとけ」
この人はなんでここまであの子を毛嫌いしているのか。
確かに俺が会ったことのないタイプだけど、そこまで嫌う理由がわからない。
「何かされたんですか?」
「色々とあるんだよ。とにかく、お前だけならまだしも、この子達と会わせるのはやめとけ。全部が壊れる」
店長が何を気にしてるのかわからないけど、あの子とレン達が会っても何も起こらないと思う。
本当に何も。
それはそれとして、あの子がああなった理由もなんとなくわかったような気がする。
「なんか、あれですね」
「なんだ?」
「なんでもないです。まあ心配はありがたいですけど、ほんとにレン達なら大丈夫ですよ? 最初は仲良くなれないと思いますけど、なんだかんだですぐに仲良くなれると思うので」
「それはお前がおかしいだけなんだよ。もしも私の親族がお前達の関係を壊したってなると、私はあいつらにも顔向けできなくなる……」
店長の表情が暗くなる。
ほんとにそこまで気にしなくても平気なのに、何をそこまで恐れるのか。
俺にはこれ以上わからないし、何を言っても聞いてもらえなさそうなので、レンに視線を送って丸投げした。
「ったく。あの、三上さん」
「誰それ?」
「お前が今の今まで話してた相手で、お前のバイト先の店長の名字だよ」
レンにすごい呆れたような顔を向けられた。
そういえばそんな名前だったような気がする。
ずっと『店長』と呼んでいるので忘れていた。
「サキのはいつも通りだから無視するとして、三上さんはその、愛莉珠さん? がオレ達の関係を壊すんじゃないかってことが心配なんですよね?」
「そうだね。少し、いや、結構変わってる子で、私達でも手を焼いているんだよ」
店長が額に手を当てながら疲れたように言う。
なんか、嫌だ。
「なるほど、何かあったと」
「まあ、色々とね」
「何があったのかは聞かないですけど、それならほんとに心配いらないですよ?」
「それは愛莉珠に会ったことがないから言えるわけで、実際に会ったら……」
なんか、だんだん腹が立ってきた。
あの子は確かにちょっとヤバい。
だけど、だからってそこまで言われる筋合いはないはずだ。
「サキがキレそうなんで単刀直入に言いますね。サキが『大丈夫』って言うなら大丈夫なんです」
「舞翔を信じたいのはわかるし、舞翔があの子に騙されてるとは思えないから私も信じたいけど、それでも──」
「いやいや、あのサキが『大丈夫』って言うんですよ? それで大丈夫じゃないわけがないじゃないですか」
レンが呆れたように言う。
「学校でのサキって知ってます?」
「いや、聞いても『普通ですよ?』としか返さないし、ちゃんとした返事がきたとしても君達のことしか聞かないかな?」
「ですよね。まあそれが全てですし。サキって学校で今ここにいる全員と、一応もう一人としかまともに話さないんですよ? そんな無駄に警戒心の強いサキが『大丈夫』って言う相手が悪い子なわけないんですよ」
なんかレンが俺を褒めてるようで馬鹿にしたような気がするけど、依以外は俺と大して変わらないのだけど?
その依だって最近は俺達としか一緒にいないからよくわからないが。
「ごちそうさまでした。まあ舞翔くんが言うなら大丈夫だよね。むしろ恋火ちゃんは別のことが心配だもんねー」
「うるさい食いしん坊。当たり前のように出てきたもの全部食べてんじゃない」
「だって舞翔くんが作ってくれたものだよ? 冷めても美味しいけど冷める前に食べたいし、それに舞翔くんが作ってくれたものだよ?」
「同じこと二回言ってんだよ!」
俺が作った料理は会話中ずっと食べ続けていた水萌の胃袋に消えていった。
そしていつもの姉妹喧嘩が始まる。
「ここはお家じゃないんだから喧嘩しないでよ。それと僕も恋火ちゃんと水萌ちゃんと同じ意見です。正直まーくん以上に信じられる言葉ってないですし」
「それはわかる。お兄様って嘘つけないし」
「ひ、人を見る目もあるよね。わ、私がみんなと仲良くなれてるのが証拠……です」
紫音と依と蓮奈もフォローを入れてくれた。
だけど蓮奈は人見知りを発動しているので、入ってきてからずっと紫音に隠れているけど。
まあそんな状態でも声を出してくれた蓮奈に感謝だ。
「まあそういうことです。俺の友達は第一印象だけで人を判断したりしないので」
「そっか、舞翔達ならあの子が、愛莉珠が本当の意味で休まれる場所になれるのかな……」
店長が寂しそうな、悔しそうな、どこか複雑そうな顔を俺に向ける。
「それはどういう──」
「せーーーんぱーーーい」
俺が店長の表情の理由について聞こうとした、さすがに聞き慣れた甘ったるい元気な声が店に響いた。
そして俺が声のした方を向くと、タックルじみた……いや、ツインテ少女タックルをされて尻もちをついた。
痛い。
「ありすに会いたいって話してた?」
「今会ったことを後悔したところ」
「じゃあさっきまでは会いたかったんだぁ。あまえんぼさんめー」
そう言って問題児が俺の頬をつつく。
こうして、レン達と篠山 愛莉珠は出会ってしまったのだった。