愛さえあれば
「来る時にちらっと見たけど、なにこれ?」
「教えてしんぜよう。これは『お兄様を可愛くしちゃおうプログラム』の道具達さ」
紫音の部屋から蓮奈の部屋に移動してきた俺と依だけど、俺は蓮奈の部屋に置かれている大量の荷物が気になって仕方なかった。
依はここに来た時、両手にボストンバッグを持ってやって来た。
言ってくれれば荷物持ちをしたのに、依が清々しい顔をしていたのでスルーしていた。
そしてどうやらそのバッグの中には俺に着せる衣装とメイク道具が入っているらしい。
「確かに頼んだけどさ、そこまでガチにならなくても良くない?」
「お兄様は紫音くんの誕生日に手抜きな女装を見せると?」
「ちなみに俺の誕生日の時は同じぐらいやったの?」
「これ言うと怒られるだろうけど、紫音くんは顔立ちが可愛い系だからそこまで本気でメイクしなくても十分可愛いんだよ。だけどお兄様は可愛い系じゃなくてかっこいい系じゃん? だからメイクで可愛くしないとなんだよ」
俺の顔立ちがかっこいいかどうかは置いておくとして、依の言ってることはわかる。
実際俺が女性ものの服を着たところで、それは『男子高校生が悪ふざけをしている』みたいな感じにしか見えない。
紫音のように可愛い顔立ちならまだしも、俺のように愛想の悪い男が紫音を喜ばせる為の女装をするならメイクが必須だ。
「まあ俺から頼んだことだし、依に全部任せるよ。お礼は必ずするから」
「じゃあまたデートでもしてもらおうかな」
「そういうのはレンからの許可が出たらね」
「うちへのお礼なんだからお兄様が頑張ってよ」
「じゃあせめて『デート』はやめて。俺も最近やっとそういうのが駄目だって理解してきたから」
すごい今更だけど、彼女がいるのに他の女の子とデートをするなんてどういうことなのか。
レンに色々とされた時に「もしもオレが『紫音とデートしてくる』って楽しそうに言ってたらどうする?」と、言われた。
レンが怒る理由がすごいわかった。
だから俺はレンの嫌がることをしないようにしている。
「ほんと今更だね。まあいい傾向ではあるのか。ちなみに『一緒に出かける』ならセーフ?」
「俺的にはセーフかな? さすがに知らない奴ならあれだけど、友達と共通の友達と出かけてるわけだし」
俺もレンと紫音が二人っきりで出かけるだけならモヤモヤはするけど、不快感はないと思う。
モヤモヤはするけど。
「こうして考えると、俺ってレンに結構ストレス与えてたよな?」
「ほんと今更。実際れんれんはすごいと思うよ。まあそれだけお兄様を愛してるってことにもなるんだけど」
「そう言われると嬉しいけど、やっぱりちゃんと考えないとな」
レンへのお詫びとして考えてることはあるけど、これまでのことを考えるともう少しちゃんと考えないといけないかもしれない。
「お兄様がまともに恋人やろうとしてる。なんか感動……」
「俺をなんだと……いや、依達から見たらそうなのか」
「れんれんの愛がもう少し少なかったら破局してるからね」
「怖いな」
実際レンからは別れを告げられたし、それも結局は俺が水萌達と仲良くしすぎたのが問題だ。
本当にレンには苦労をかけてばかりだ。
「じゃあお出かけは我慢してあげよう。代わりにうちだけ仲間外れの『動物シリーズ』決めてよ」
依の言う『動物シリーズ』とは、俺達を動物で例えると何になるかというやつだ。
依以外はみんな決まっていて、文化祭の時に依のも決めると言っていたけど、普通に忘れていた。
「依って結構難しいんだよな。今すぐ欲しい?」
「今すぐじゃなくていいよ。その代わりちゃんと考えてね」
「わかった」
これがお礼になるのかわからないけど、依がそうして欲しいと言うのなら本気で考える。
「ということで、始めようか」
「どういうことかはわからないけど、お願いします」
このまま話し続けても時間だけが過ぎるので、俺は依に身を任せることにした。
そうして俺はされるがままに依にメイクをされ、依が用意した衣装に着替える。
「ねぇ、これってさ……」
「やばい、自分でやってあれだけど、可愛すぎて鼻血出る……」
「絶対似合ってないだろ」
見たくもないけど、鏡がないから自分の全身は見えていない。
見えるのは俺の着ている服のみ。
それだけでとわかるけど、これは無い。
「こういうの普段着にしてる人いるんだよね? すごいな」
「まあ可愛さを求めてるタイプの人は着てるかもね。出会ったことはないけど」
「だよな……」
俺もさすがにコレは見たことないけど、似たような服を着てる人から見たことがある。
ちょっと尊敬してしまう。
「じゃあ行こうか。うちだけで独占してたら怒られる」
「依が怒られるだけなら別にいいんだけど」
「君は本当に恐ろしいことを言うね。うちが海のもずくになってもいいと?」
「藻屑な。もずくになったら……俺もずく好きじゃないから食べたくないわ」
「いや食べろし!」
そろそろ時間稼ぎも限界かもしれない。
なんか隣の部屋で聞き耳を立ててる人達からの圧を壁越しに感じる。
「行けばいいんだろ」
「いこいこ。みんな可愛いって言ってくれるから」
「言われたかないわ」
紫音の気持ちがすごいわかる。
もう二度と紫音に女装なんてさせないと心に誓う。
そんなことを考えていたら紫音の部屋の前に辿り着いてしまった。
「帰りた──」
「ごかいもーん」
「やると思った……」
俺が心の準備をしていたら案の定依が扉を開ける。
そうして見られた、服というよりは全身フリフリのついたドレスに近い、いわゆる『ロリータファッション』という服を着た俺の姿を。
そしてこれも案の定で、俺の姿を見たみんなが呆れて固まっている。
「ほら、似合ってないって」
「いや、みんな可愛すぎて固まってるだけだから。多分すぐに……」
依がそこまで言ってみんなの方に視線を向ける。
俺もそちらに顔を向けると、目の前に紫音が立っていて、俺をジーッと見ていた。
「音を立てろっての」
「……」
「無視。少し傷つ……?」
俺が傷つく前に俺の手を紫音が握った。
後ろではレンと蓮奈が水萌を押さえつけている。
「まーくん、結婚しよ?」
「ねえ、この子は何を言ってるの?」
紫音が真面目な表情で言う。
「最近ね、男の子同士でも恋人になれるって知ったの。だからまーくんと僕もなれるのかなーって思ってたんだけど、これなら僕が女の子にならなくても大丈夫だよね?」
「蓮奈、紫音を腐らせた言い訳は?」
「別にそこまでじゃないでしょ。ただちょっとだけ新しい扉を開いただけで」
開き直っているけど、紫音に男同士の恋愛という分野を教えたのは認めた。
つまり後で説教だ。
「えとね、結婚は冗談だとして、まーくんが可愛くて一目惚れしたのは事実だよ?」
「そうか、俺も紫音の女装を可愛いって思ったからおあいこだけど、絶対俺のは可愛くない」
「うちを舐めてもらっては困る。見てみ?」
依はそう言って手鏡を俺の前に差し出してきた。
なんとなく見たくはなかったけど、意を決して鏡を覗くと……
「……」
「ほら、素直に感想」
「楽しそうだな、おい」
依が隣でニマニマしてるのがものすごくウザイけど、実際すごい。
鏡にはまるで俺の顔とは思えないものが映っていて、正直可愛い。
メイクに詳しくはないから何をされてるのかはわからないけど、あどけなさの残る顔立ち、まん丸の瞳、なぜか小さく見える鼻など、『可愛い』を詰め込んだ顔になっている。
「依、将来犯罪者の顔を変える仕事とかするなよ?」
「そこで『メイクさん』とか言わないのがお兄様だよね。あ、今はお姉様か」
「紫音の為のだから、紫音が喜んでる以上何も言えないけど、覚えとけよ?」
「もち! こんな可愛いお姉様を忘れるとか無理」
なんだか調子が狂う。
結果的に紫音が喜んだからいいけど、複雑な気持ちだ。
レンの気持ちがわかったり、紫音の気持ちがわかったりと、今日はみんなの気持ちがわかる日のようだ。
そうして俺は女装させられたまま紫音の誕生日会は続いた。
今は女の子だからと、水萌の距離感が前と同じになったり、レンがボーッと俺を眺めてたりしたけど、何事もなく誕生日会は終わった。
本当に、何事もなく終わって良かった。




