圧のある誕生日会
「紫音」「しーくん」「紫音くん」「しおくん」
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
文化祭から数週間が経った今日、十一月二十四日は紫音の誕生日だ。
色々あって全員集まるのは久しぶりな気がするが、みんなこの日は都合を合わせてくれたらしい。
「あのしおくんが十六歳なんて感慨深いよ」
「お姉ちゃん冬休みに会うと毎回それ言うよね」
「年上アピールしたいんだから言ってやるな」
「あ、そっか、お姉ちゃんは地獄の修学旅行を乗り越えた二年生だもんね」
「お前鬼かよ」
紫音が笑顔で言っている『地獄の修学旅行』とは、この前二年生が行った修学旅行のことだ。
別に秘境へ行かされるとかそういう意味ではなく、単に蓮奈に同級生の友達が真中先輩しかいないから地獄ということだ。
現に蓮奈は文化祭の時みたいに修学旅行を嫌がっていた。
そしてそれを思い出したのか、蓮奈は紫音のベッドに潜り込んだ。
「あーあ、蓮奈がめんどくさくなった」
「でもなんだかんだで楽しかったんでしょ?」
「どうせならみんなと行きたかった」
「それはお姉ちゃんが一年早く生まれたのが悪いよ」
「十六歳のしおくん私に辛辣……」
確かに今日の紫音はいつもよりも言葉が強い……かとも思ったけど、元からこんなものだった気もする。
「お父さんとお母さんに後で文句言っとこ」
「別に今こうして仲良くできてるんだからいいだろ。バタフライエフェクトとかあるわけだし」
どこかの蝶のはばたきが別の場所で台風を起こすように、もしも蓮奈が俺達と同級生だったら出会えなかった可能性だってある。
紫音の親戚ということで知り合うことはあるかもしれないけど、今と同じ関係になれるかはわからないのだから。
「そうだよね。つまり私達が会えたのは運命ってことだね」
「運命、なんだろうな」
実際蓮奈の場合は紫音の従姉妹ということがなければ出会ってない。
それだって紫音が転校して来なかったら気づくこともないし、もっと言えば、あの日に水萌が「散歩をしたい」と言わなければ公園に行くことはなかった。
「そう考えると、俺達が紫音と蓮奈に会えたのって結構な偶然の重なりなんだな」
「偶然も続けば必然だよ」
「言いたいだけだろ」
「そうさ!」
蓮奈がベッドから起き上がって胸を張る。
復帰のタイミングがいつもながら意味がわからない。
「じゃあ叔父さんと叔母さんにも感謝しないとだね」
確かにもっと遡ると、スカートを履いた紫音と公園で出会ったことが全ての始まりではある。
だけど……
「そこは怒っていいと思うけどな」
「でもあれがあったから叔父さんと叔母さんは罪悪感で僕をここに住まわせてくれてるわけだし」
「いやいや、お父さんとお母さんはほんとにしおくんに感謝してるから。本当なら私に手伝って欲しいけど、学校で色々あった私に頼めないから二人で頑張ってたんだよ」
「それなら良かった」
紫音が安堵の顔を浮かべる。
だけどそうなると紫音は蓮奈の両親に怒らない理由が無くなるような気もする。
それに……
「なんだい舞翔君。まるで『お前は元からコミュ障だからどっちにしろ店番なんてできないだろ?』みたいな顔をして」
「実際できんの?」
「ふっ、メイド喫茶での私を見ただろ?」
「つまり?」
「できるわけがない!」
蓮奈がドヤ顔で胸を張る。
知ってたけど、誇るようなことなのだろうか。
まあ蓮奈が楽しそうだからいいけど。
「あ、そういえば叔父さんと叔母さんが今度お姉ちゃんにもお店手伝ってもらうって言ってたよ?」
「……無理ですよ?」
さっきまで鳩胸になっていた蓮奈が猫背になっていく。
「学校行けるようになったし、メイド喫茶までできたんだから大丈夫だって」
「学校でもみんなと真中さん以外だとまともに目も合わせられないし、メイド喫茶はできてないですよ!」
「お給料という名のお小遣い出るよ?」
「……厨房というわけには?」
「え、だってお姉ちゃん……」
紫音が何かを言おうとしたけど、途中で口を閉じた。
「僕はお姉ちゃんを人殺しにしたくないよ……」
「いや、どゆことよ?」
紫音が本気で心配そうな顔をしている。
つまり蓮奈は俺の待ち望んだ……
「蓮奈がダークマター製造機なのか!」
「え、ダークマターってあの!?」
俺の言葉に依も反応する。
アニメなどではよく見るけど、実際にダークマターを作れる人なんていないと思っていた。
だけどまさかこんな近くにダークマター製造機がいたのか!?
「いやいや、私はめったに料理しないけど、そこまで酷くないよ?」
「紫音!」
「なんでそんなに興奮してるのかわかんないけど、興味本位で踏み入っていいことじゃないよ? 僕じゃ責任を負い切れないから」
紫音の目がマジである。
蓮奈の方は不服そうだし、どちらを信じたものか。
「依的にはどっちだと思う?」
「こういうのって作ってる人の方がバカ舌な可能性が高いから紫音くんの話が真実っぽい?」
「だよな。でもそうなると食べたらガチでやばそうなんだよな」
「うん、でもオタクとしては食べてみたいよね」
「さすがに洗剤入れるとかは無いだろうし、俺としてはちゃんと用意されたもので料理されたのになぜかダークマターになるのが食べていまいんだよな」
「同意」
紫音にこれだけ心配されてるけど、さすがに食べられないものを入れるから心配されてるとは思いたくない。
調味料を間違える程度のものなら全然食べれるだろうし、致死量の塩を入れられたりしてないなら一度蓮奈が料理をしてるところを見た上で蓮奈の料理を食べてみたい。
「ほんとにやめて。お姉ちゃんに料理をさせるなら、僕と叔父さん叔母さんの許可を取ってからにして」
「だからマジな目やめて。そんなになの?」
「三途の川ってね、結構綺麗なんだよ?」
紫音が何も無い空間を見て薄く笑いながら言う。
紫音の反応を見ると、本当に怖くなってきた。
「なんか酷い言われよう、私料理できるもん」
「その言葉を信じた僕が馬鹿だったよ。とにかくお姉ちゃんはお料理禁止だからね」
「むぅ……」
蓮奈が不服そうに頬を膨らます。
「それよりも、今日はせっかくみんな集まれたんだから楽しみたい」
「ほんと全員集合は久しぶりだよな」
「主にうちがいなかったからね」
文化祭が終わってからはほんとに色々とあって、第一に依の母親は逮捕された。
なんの罪かは知らないけど、母さん達が裏で手を回していたようだ。
それがあって依はまたも学校を休みがちになり、たまに来れたと思ったら蓮奈が地獄の修学旅行に行っていたり、帰って来た蓮奈が寝込んだりしていて、ほんとに久しぶりの全員集合だ。
「思い返すと、依と蓮奈がいなかっただけか」
「僕もお手伝いがあったりしたし、まーくんだってバイトあったじゃん」
「それもそうだけど」
紫音の言う通りだけど、何かにつけて会っていた俺達にしては全員で集まることが減ったような気がする。
「こうやって会う頻度が減っていくのかね」
「大人になったらどうなるかわかんないけど、暇な時は会いたいよね」
「まあ、そこの三人はずっと一緒なんだろうけど」
蓮奈がそう言って俺の方を見てくる。
三人とは、俺と水萌とレンのことだろうか。
「ずっと黙ってるけど、二人どうしたの?」
「水萌は朝から口数少ないんだよな。何か悪巧みしてる感じかな? レンは多分俺の浮気チェック」
水萌は最近何かをしている。
何をしてるのかは知らないけど、俺に色々と質問をしてきたりして、悪巧みをしてる感じがしてならない。
レンの方は文化祭が終わってから俺の交友関係に厳しくなった。
少しでも依と蓮奈に触れようものなら……
「思い出したら寒気が……」
「ほんとに何されたの?」
「え、言ったら俺が死ぬから言わないけど?」
「いや、ほんとに何されたの……」
依が俺とレンを交互に見る。
いくら聞かれても言わない。
もうアレは嫌だ……
「今日は珍しいまーくんがたくさん見れるいい日だ」
「言っても怯えてるお兄様ぐらいじゃない?」
「何言ってるの依ちゃん。これからまーくんは僕の為に女の子になってくれるんだよ?」
「覚えてやがった……」
紫音の誕生日はおめでたいけど、それを覚えられてたら嫌だから来て欲しくはなかった。
もう全てが遅いけど。
「楽しみにしてるからね?」
「……準備はしてるけど、心の準備は終わってないからまた後でな」
「やってくれるならいいよ。この誕生日会中ならいくらでも待つから」
紫音が笑顔で言う。
猶予をくれたように聞こえるけど、実際は「明日とかに先延ばしはしないからね?」という意味だ。
これで「やらない」という選択肢は完全に消えた。
「楽しみだなー」
「……」
こうして色んなところから圧を感じる紫音の誕生日会が始まったのであった。