表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

150/300

番外編 お兄様との出会い

 わたしのお母さんは多分おかしい。


「いい? 同級生の『桐崎きりさき』って言うのを追い込みなさい」


「……」


「返事!」


「……はい」


 今日から小学生だけど、小学校に入る前から毎日のようにこう言われる。


 正直意味がわからないけど、言うことを聞かないと怒られるし、何より痛いのは嫌だ。


 お父さんは優しいけど、お母さんはお父さんの前では絶対にこんなことをしないから気づいていないようだ。


「追い込むって言うのは、何をしたらいいんですか?」


「そうね、あいつは人に囲まれて調子に乗ってたし、独りにさせなさい」


「独り?」


 要はひとりぼっちにしろと言うことなのだろうか。


 余計な意味がわからなくなった。


 そんなことにどんな意味があるのか。


 だけど逆らうと怒られるから言うことを聞くしかない。


「どうやって独りにさせるんですか?」


「そんなのは自分で考えなさい。私は私でやることがあるんだから」


 ほんとにため息が出そうになる。


 いつもいつも「やれ」とは言うけどやり方はわたしに丸投げ。


 そして出来たら自分の教え方がいいみたいにご機嫌になるが、出来ないと怒り出す。


 これが一般的な『母親』なのだろうか。


「じゃあ私は『如月』の家を壊しに行くから。そろそろあいつらの家は『暴力団』とかいうのが近所で話題になってきたかな」


 お母さんの仕事先である如月さんのお家は暴力団というものらしい。


 お母さんはその話をしてる時が一番楽しそうな顔になる。


 多分ろくでもないことなんだと思う。


「さてと、今日もガキ共いびってくるか」


 お母さんはそう言って家を出て行った。


「はぁ……」


 やっとため息がつけた。


 お母さんと対峙してると異様に疲れる。


「これが普通なのかな?」


 そんなことはないことはちゃんとわかってる。


 幼稚園でお母さんと仲良くしてる子はたくさんいた。


 やっぱりうちがおかしいんだろうけど、そんなこと気にしたって仕方ない。


 お父さんに話しても、お母さんはお父さんの前では絶対にボロを出さないんだから。


「わたしも行こ」


 こんなことを考えていたせいで入学式に遅刻なんてして、お母さんを呼び出されたら何を言われるかわからない。


「……行ってきます」


 誰からも返ってきたことがない挨拶をする。


 そして玄関の戸締りをしてから学校に向かう。


「わたしが独りじゃん」


 別に悲しいとかは今更無いけど、虚しくはある。


 わたしはこれから桐崎くんにこの気持ちを味わわせなければいけない。


「最低……」


「何が?」


「!」


 独り言を言っていたら、背後から声をかけられた。


 わたしは驚いて()()()()()()手を顔を前に平行に構えてガードをしてしまった。


「別に殴らないけど?」


「あ、えと、……はい」


 わたしは目の前の男の子にそう言われてそろそろと腕を下ろす。


 多分顔が赤くなっている。


舞翔まいと、どうしたの? 急に走り出して」


「別に」


「もう、反抗期なんだか……らぁ」


「あ、めんどくさくなる」


 まいとくん? のお姉さんっぽい人がやってきて、何かを話していると、まいとくんの顔が呆れたようなものになった。


「舞翔も男の子なのね。可愛い女の子がいたからって走り出して」


「どうせ話聞かないだろうけど言っとく。違うから」


「そうやって否定するところが怪しいぞぉ」


「父さんに言いつけるよ?」


「舞翔が女の子に駆け寄ったって? お父さんも大喜びよ?」


「ほんとこの夫婦ってめんどくさい」


 まいとくんがため息をついた。


 だけどそれよりわたしは気になることがある。


「あ、あの……」


「あ、ごめんなさいね。なーに?」


「えっと、まいとくんのお母さんなんですか? お姉さんじゃなくて」


「初めて会う人にはみんな言われるけど、私は舞翔のお母さんなの。私って若く見られがちでね」


「成長止まってるもんね」


「……」


「口が滑りました」


 まいとくんが土下座する勢いで頭を下げる。


 やっぱりわたしの勘違いなのかな?


「ていうか、母さんも見てたんでしょ?」


「まぁね。こういうのは一応聞かなきゃなのかしらね」


「俺が聞けばいいでしょ。親は?」


「私の息子どストレート……」


 まいとくんが特に興味はなさそうに聞いてくる。


 まいとくんのお母さんは心配そうにわたしを見ている。


 そういえば小学校の入学式は親に送ってもらうものだったはずだ。


 そして次の日から登下校の班で行くみたいだから、一人で歩いているわたしは変なのか。


「えっと、お仕事に行ってます」


「そっか」


 まいとくんのお母さんはそれだけ言ってそれ以上は何も聞かなかった。


 ただ優しく笑うだけ。


 なんかあの笑顔はあったかくなる。


 だからなのか、わたしは変なことを聞いてしまった。


「まいとくんとお母さんは、仲良し?」


「何? いきなり」


 まいとくんが顔をしかめた。


 これは聞いたら駄目なやつだったのかもしれない。


「あ、ごめんなさい」


「舞翔、素直に答えなさい。今は反抗期いらないの」


「素直に答えて母さん怒らない?」


「私が怒ったことある?」


「……本気のは無いか」


 もうこのやり取りを見るだけでも仲がいいのはわかる。


 だってわたしはお母さんとこんな会話できないのだから。


「仲は普通かな」


「普通?」


「周りから見たらどうなのかは知らないけど、俺にとってはこれが普通だから」


「ごめんね、舞翔少し前から不機嫌なの」


 まいとくんのお母さんがまいとくんの頭を優しく撫でながら言う。


 まいとくんもそれを抵抗せずに受け入れている。


 やっぱり仲がいい。


「俺達がどう見えてるのか知らないけど、子供からしたら親ってめんどくさいものなんだよ。親からしたら子供は『一人じゃ何もできない存在』って思ってるからやり方は違うだろうけど無駄に構ってくる」


 まいとくんが恥ずかしくなったのか、お母さんの手をどけた。


 だけどお母さんは嬉しそうにまたまいとくんの頭に手を乗せる。


 まいとくんは諦めたように撫でられるのを受け入れた。


「これもそうだけど、子供って親に妥協しなきゃなんだよな。結局子供じゃ大人には勝てないわけだから」


「妥協……」


 つまりわたしはこれからもお母さんの指示に従わなければいけないということだ。


 わたしみたいな子供には何もできないから。


「俺は別に母さんに文句はないからそれでいいけど、嫌なら抗うしかないんだよな」


「抗う?」


「親だって人なんだから、嫌なことはあるわけじゃん? 母さんの場合は父さんに告げ口されることみたいな」


 まいとくんがそう言うとお母さんに頬をつねられた。


 だけど痛そうではない。


「たとえ嫌でも俺達みたいな子供が一番深く関わってるのって親なわけじゃん? だから親の嫌がることならなんとなくわかるでしょ?」


「わかるけど、そんなことしたら……」


 また痛くなる。


 まいとくんのお母さんは優しいからそんなことしないだろうけど、わたしがお母さんに抗ったら……


「そんなあからさまにやるからでしょ。こういうのはやられてるのがバレないようにやるのがいいんだよ」


「バレないように?」


「そう。さっきみたいな母さんの前で『父さんに言う』って言うのは実際にはやらない、母さんへの脅しだけど……ね?」


 まいとくんがお母さんに笑顔を向ける。


「舞翔、私の知らないところでお父さんに何を言ったの?」


「別に何も言ってないよ?」


「あのね、ほんとに、舞翔?」


 まいとくんのお母さんが慌てる。


 何かバレたら困ることでもあるのだろうか。


「あぁ、父さんのお弁当を毎朝手作りって言ってるのに前の日の余り物入れてるのとかはバラしてないよ?」


「ほんと?」


「だって父さん知ってるし」


「うそ!?」


 なんか、想像の百倍は可愛いものだった。


 だけどまいとくんのお母さんからしたら相当ショックだったのか、崩れてまいとくんに抱きついている。


「もう愛妻弁当ごっこやめたら?」


「ごっこじゃないもん。確かにまかないでなんとかなるけど、お弁当がいいの!」


「あっそ。まあとにかく、こうやってバレないようにやればダメージ大きいでしょ?」


「でも実際にはやってないんですよね?」


「だから俺は母さんに不満はないの。やってるていの話」


 まいとくんがお母さんの頭を撫でながら言う。


 なんでそれをわたしに言うのか。


「子供は親の奴隷でも、道具でもないから」


「……」


 まいとくんの言葉が心に刺さる。


 確かに今のわたしはお母さんの道具みたいなものだ。


 お母さんの願いを叶える為の道具。


 ずっとそれが当たり前だと思ってたけど、まいとくんとまいとくんのお母さんのやり取りを見てると、やっぱり嫌だ。


「後は勝手にだけどね。ということで母さん立って。入学式に遅刻すんだけど」


「うぅ、舞翔がいじめたのがいけないんだもん。だから責任もってお母さんをおぶって行って」


「物理的に無理……じゃないから困るんだよな」


「お母さんは合法ロリだからね!」


「はいはい。いいから行くよ」


「はーい」


 まいとくんのお母さんがあっさりと立ち上がる。


 今のやり取りの意味はなんだったのか。


 いや、意味のないやり取りができるのが正しい親子のやり取りなのかもしれない。


「……」


 まいとくんがわたしをジッと見つめてくる。


「えと、何か?」


「一目惚れ?」


「母さん黙れ」


 まいとくんのお母さんの一言でわたしは分不相応にも恥ずかしくなってしまった。


 まあ、まいとくんの一言で現実に戻されたけど。


「名前」


「え?」


「名前なに?」


 聞き直したのが悪かったのか、まいとくんが不機嫌そうになる。


「あ、えっと、文月ふみつき よりです」


「じゃあ行こ」


「あらあら」


 まいとくんはもう歩き出している。


 名前を聞かれた意味は?


 まいとくんのお母さんはすごい嬉しそうだし。


「ほらほら、よりちゃん困ってるよ。まさかの文月姓には驚いたけど、一緒に行こうって言いたかったけど、名前わかんなくて言えなかったって素直に言いなさいよー」


「母さんが言ってくれた」


「もう、誰に似てそんなにひねくれたのか」


「昔の母さん」


「なんでそれ知って……。大翔やまとさんとちゃんと話そうかしら」


 まいとくんのお母さんが何かを呟きながら歩き出す。


 そしてわたしは呆然としてしまう。


 すると──


「早く来て、遅刻する。それとも手でも繋ぐ?」


 動かなかったわたしを気にしてくれたまいとくんが戻って来てくれた。


 そして不思議そうにわたしに左手を差し出す。


「あ、えと、歩けます」


「そう? じゃあ早くして」


 まいとくんはあっさり手を引いてわたしの隣に立った。


 ほんとに優しい。


「ありがとう」


「え?」


「行こ」


「うん」


 そうしてわたし達は学校に向かった。




「ってのがうら若きうちとお兄様の出会いなのですよ」


「全然覚えてないけど」


 うちとお兄様のデート前に、うちとお兄様が初めて会った場所を通ったのでなんとなくあの日のことを話していた。


 案の定お兄様は覚えてなかったけど。


「まあそれからほとんど会ってないしね。クラスも二回しか一緒にならなかったし」


「そっちも覚えてない」


「うちの影の薄さよ。まあでも、お兄様、あの時の『まいとくん』の名字が『桐崎』だったの知った時は驚いたよ」


「だろうな」


 ほんとに運命を呪った。


 せっかく仲良くなれたまいとくんを、うちはこれから独りぼっちにしなければいけないのだから。


「まあうちは結局なにもしなかったんだけどね」


「抗ったんだ」


「うん」


 うちはまいとくんに言われた通り、あの人の一番嫌がる方法で抗った。


 バレたら怒られるけど、あの人にうち達の状況を知る手段がなかったから、気づかれるまでにどうにかしようとして。


「けどお兄様はうちの上を行くんだもん」


「舐められたものだ、俺は何もしなくてもぼっちなのだから」


「誇るな。結果的にあの人の思い通りに話が進んじゃったんだよね」


 だからうちが中学に上がった頃は一番ウザかった。


 毎日ご機嫌なあの人を見なければいけなかったから。


「依の対人スキルってそこで得られたものなんだ」


「だろうね。相手の考えを読むのは得意になった」


「頑張ったね」


 お兄様がうちの頭を適当に撫でる。


 多分同情とかしないようにしてくれるんだろうけど、うちにとってはこの適当な撫で方でも十分嬉しすぎる。


 ほんとにお兄様は優しい。


 あの頃から変わらない、無意識の優しさだ。


「あの時も車道側歩いくれたよね」


「その時を知らないって。でも、車道側歩くのは当たり前じゃない? 人間なんて車に轢かれれば呆気なくいなくなるんだから」


 失敗した。


 お兄様のお父さんが事故で亡くなったのを知ってたはずなのに。


「別に父さんは関係ないよ? 俺が依に危ない目には遭って欲しくないだけ」


「ほんとに……。いいや、ありがとう」


 うちはそう言ってちょっと大胆なことをする。


「なぜに腕に抱きつく」


「だってデートでしょ?」


「違うけど?」


「デートではこうするものだから」


「話を聞け」


 そう言って腕を振りほどかないのをうちは知っている。


 うちはずるい女だからお兄様の優しさに漬け込むことだってするのだ。


「顔赤いけど?」


「何を言ってるのかな? やってみたかったけど、実際やってみたら思いのほか恥ずかしいとかないけど?」


「はいはい、可愛い可愛い」


 お兄様が呆れた様子でうちの頭を撫でてくる。


 バカにされてるのはわかるけど、それでも喜ぶうちのチョロさよ。


「絶対に照れさす!」


「頑張れ。俺は今日依の可愛いとこがたくさん見れると。ちなみにレンにバレるとまずいからな?」


「そういえば最近れんれんに何か言われて距離取ってたよね?」


「……」


 あからさまに視線を逸らされた。


 これは使える。


「はいチーズ」


「……貴様」


「バラされたくなかったら素直に照れろ」


「それは依の頑張り次第だろ」


「くっ、まあいい。これは人質だ」


「人の嫌がることをするなんて」


「それを教えたのはお兄様なんだよなぁ」


 お兄様の悔しがる顔まで見れた。


 今日はなんていい日なのか。


 お兄様とデートができて、そして腕を組んだツーショット写真まで撮れて、しかも色んなお兄様が見れる(予定)。


 こんなに幸せでいいのだろうか。


「依の幸せそうな顔が見れるなら俺はいいけど」


「……ほんとにばか」


 そんなこと言われたら諦められなくなる。


 今日のデートは全てを諦める意味もあったのに、これでは余計に……


「好き」


「え?」


「なんでもないわ、難聴系主人公!」


 うちはそう言ってお兄様の腕を引く。


 体勢を崩したお兄様の顔が目の前にきた。


 そして……


「……行こ」


「……行く前にこういうことすると気まずくなるだろ」


「だ、大丈夫。お兄様なら」


「意味がわからん」


 だってお兄様はうちを意識なんてしてないから。


 だからうちがデートに集中できなくなるだけだ。


 そうして少し変な雰囲気のままお化け屋敷に向かう。


 結果だけ言うと、想像以上にお化け屋敷が怖くて色々と忘れた。


 なので普通に楽しいデートができたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ