水萌の悪巧み
「み・な・も・しー」
「……」
文化祭が終わって数日が経った。
全てが終わったわけじゃないけど、あの人は変わらず鬱陶しく構ってくる。
今回一番の被害者であるから最初は優しくしようとは思っていた。
だけどやっぱり無理だ。
「今日こそは名前で呼んでもらうからね!」
「……」
「一回呼べたんだから大丈夫。頑張って」
「……」
「いきなり名前がハードル高いならあだ名とかでもいいよ。うち的にはねー」
こうして無視をしていてもずっと話しかけてくる。
別に返せばいいのだけど、返すと余計にハイテンションになって私一人では相手ができない。
舞翔くんは蓮奈お姉ちゃんからお呼ばれしたって言って出て行ってしまっていない。
だからこうして私が舞翔くんの席を守っているわけだけど、早く帰って来て欲しい。
「水萌氏は今日もツンデレさんだねぇ」
「……後で舞翔くんに言いつけるから」
「やっと返事くれた。でもお兄様に告げ口するのはご勘弁を。れんれんが余計なことしたせいで少し変だし」
そう、最近舞翔くんは変だ。
少し前までは私の方が舞翔くんと触れ合うのを避けていたけど、最近は舞翔くんの方が距離を置いているように見える。
だからって私達を避けてるわけでもなく、なんか絶妙な距離感を保っているような感じだ。
「返事したついでに聞いていい?」
「なんでもいいよ。スリーサイズいっときますか?」
「興味無いからいい。そんなことよりも、なんで舞翔くんは未だに『お兄様』なの? それと私の『氏』も何?」
ずっと気になっていた。
この人は私と舞翔くんの関係が兄妹でないことを知っているのに、舞翔くんのことを『お兄様』と呼び続けている。
もしも舞翔くんの妹になろうと考えているのなら、私と全面戦争だ。
「みんなうちの情報に興味無さすぎじゃない? まあそれはいいとして、うちが『お兄様』って呼ぶ理由は簡単だよ。今更名字で呼ぶのもあれだし、だからって名前で呼ぶのが恥ずかしい」
「でも……」
文化祭の時に『舞翔くん』と呼んだいた。
そう言いたかったけど、あんまりあの時のことは話題に出したくない。
特にこの人との会話では。
「別に気にしなくていいって言ってるのに。あの時はさすがにね。冗談が通じる場面じゃなかったし、何より説明したくなかった……違うか、話す為の話題を提供したくなかったって言えばわかる?」
「わかる」
確かにあの状況で舞翔くんを『お兄様』なんて呼んだらさすがに気になる。
要は少しでも話が早く終わるように考えた結果のようだ。
「でも気にすれば呼べるなら呼べるんじゃないの?」
「そっくりそのまま返そう」
「やっぱり嫌い」
私は文化祭のあの時から一度もこの人の名前を呼んでいない。
今までは名字にさん付けだったけど、なんとなく名字で呼ぶのに抵抗があって呼べなくなった。
「そういえば『水萌氏』って呼び方も気になるんだっけ?」
「うん。それと蓮奈お姉ちゃんの『れなたそ』もわからない。恋火ちゃんの『れんれん』はまだわかるけど」
正直この人の付けるあだ名はよくわからない。
私があだ名と縁遠い生活をしてたからの可能性もあるけど、あだ名なら舞翔くんが恋火ちゃんを呼ぶ時の『レン』や、蓮奈お姉ちゃんがしーくんを呼ぶ時の『しおくん』のような簡単なやつだと思う。
ついでに言うと、私が呼んでる『しーくん』も。
「説明が難しいんだよね。『氏』って言うのは、オタク界隈では『さん』と同じ意味なんだよ。ちゃんとした理由もあるんだろうけど、なんとなくで使ってる言葉だから」
「ふーん」
私的には呼ばれ方に好き嫌いはないから別にいいけど、想像以上に理由が適当でちょっと複雑な気持ちだ。
「ちなみに変えた方がいい?」
「別にいい。あの時は私のことも『ちゃん』で呼んでたなーって思っただけだし」
「それもお兄様のと同じ理由だけどね。ちなみに『たそ』も『さん』の派生系みたいな感じかな。どっちかって言うと『ちゃん』だけど」
「なんか喋るだけで疲れそう」
私達とは一生分かり合えないであろう、教室で常に騒いでいる人達も色んな言葉を使っているけど、私にはどれもちんぷんかんぷんで会話が続く気がしない。
舞翔くんはよく普通に話せるものだ。
「そういえば今度舞翔くんとデートするんだっけ?」
「する! いやぁ、本気で落ち込んでみるもんだよね」
蓮奈お姉ちゃんを取り合う勝負で舞翔くんとお化け屋敷に入る予定だったけど、結果的に入れなくなってこの人はわざとらしく落ち込んでいた。
それを見た優しい舞翔くんが今度一緒にお化け屋敷に行くことを約束したら途端に元気になっていた。
そんなことなら私が頑張って舞翔くんとペアになれば良かった。
良かった……のかな?
「ちなみにれんれんも一緒に来る予定だったけど、レビュー見たら怖くなって来なくなっちゃった」
「誰か監視役いないで大丈夫?」
「お兄様がうちのこと襲っちゃうって?」
「逆。しーくん行けないの?」
「紫音くんは何かやることあるって断ってた」
どうやらしーくんは気を使ったらしい。
今回のデートはこの人の心の回復も兼ねていると思われる。
舞翔くんにそんなつもりは無いんだろうけど、そういうことが無意識でできてしまう人なのだ。
だから好き。
「変なことしたら駄目だからね?」
「しないよ。うちにそんな権利は無いって」
「あの先輩みたいなこと言って。私が言うのもあれだけど、舞翔くんが気にしてないんだからそんなに自分を責める必要ないんじゃない?」
まあそういう話でないのもわかる。
私だって同じ立場なら絶対に自分を責めるから。
そしていつもと変わらない舞翔くんに心配される。
「結局さ、舞翔くんを不安にさせるだけなんだよ。それとも弱ったフリして舞翔くんを騙したいの?」
「その通りなんだけどね。あ、弱ったフリの方じゃないよ? そういう趣味があるわけじゃないけど、お兄様がもう少し責めてくれたら違うのかもしれないけど」
「それもわかるよ。舞翔くんの場合ほんとに気にしてないんだけど、何か罰らしい罰をくれたらほんの少しだけ気が楽にはなるんだけどね」
まあそれは私達の自己満足であって、舞翔くんを責められることではないけど。
「お兄様にも何かうち達に罪悪感でも持ってくれたらわかるのかもだけど」
「なんだかんだで解決しちゃうからどうしようも……」
そういえば最近舞翔くんに関して気になることがあった。
上手く使えば優しい舞翔くんに罪悪感を植え付けられるかもしれないものが。
「水萌氏?」
「いや、舞翔くんなら開き直るか? 違う、そこを上手く持っていかないとだよね」
「あ、お兄様病だ」
なんか私と舞翔くんを一緒にしてくれた気がするけど、今はとりあえず考える。
『舞翔くんに罪悪感植え付けよう作戦』を。
まあほとんどの確率で成功しないだろうけど、なんか面白そうだからやってみることにした。
結局それから舞翔くんが帰って来るまでどうやろうか考えていて、……りちゃんのことは無視し続けていた。
落ち込んでいたので、ほっぺたを軽くうにーっとしたら途端に笑顔になったので良かった。
そうして私は作戦決行の日まで証拠集めを頑張るのだった。




