文化祭終了
「何か大切なものを失った気がする……」
「心でも盗まれた?」
俺達からの褒め倒しを受けた依は、げっそりした様子で集合場所に向かう俺の袖を掴んで歩いている。
「それはとんでもないものだし。って、そんなのはいいの。うちのアイデンティーティが崩れたの」
「そっか、またいつでも崩してあげるから言ってね」
「誰が言うか!」
拗ねた依によって俺の腕が俺の体に打ち付けられる。
はいはい、可愛い可愛い。
「今うちをバカにしたな」
「俺が依をバカにしたことがあるか?」
「え、常に?」
依が不思議そうに言う。
それではまるで俺が依を常にバカにしてるようではないか。
「まあしてないと言ったら嘘になるかもしれない可能性も無きにしもだけど」
「わかりにくいし、してるから。それよりもボスがいるよ」
依が俺の制服の袖を引っ張って、前方に居る仁王立ちをした変な人を指さす。
確かにボスっぽいけど、あの人は何をしてるのだろうか。
「無視して帰る?」
「正直それもあり」
「いや、なしでしょ!」
どうやら聞こえていたようで、ボスがジト目で睨みながら寄って来た。
「せっかく来てくれたんだから構ってよ!」
「ちなみに時間合ってました?」
「今来たとこ」
「待たせてすいません」
おそらく最低でも三十分は待たせてしまった。
そしてそのことがよっぽど嬉しいのか、依が俺の制服の袖を激しく引っ張ってドヤ顔を見せつてくる。
これは『可愛い』待ちなのか?
「ということで、可愛いよ」
「今は求めてないわ!」
「いつならいいと?」
「れんれんが睨まない時?」
それはつまりレンがいない時なら依に可愛い責めをしていいということだろうか。
今現在はレンに睨まれててできないけど、いいことを聞いたので今度試してみよう。
「墓穴掘ったか?」
「よりは後で話がある。サキは帰ったら冗談抜きで説教するから」
レンが俺の肩を優しく叩く。
正直に言おう、帰るのが怖いです。
「依、怒られる時は一緒だよな?」
「知らなーい。うちをいじめることが趣味なお兄様は一回怒られればいいんだ」
「そっか……」
依に見捨てられた俺は、絶望とともに項垂れる。
「嗜虐心にそそられる。そしてれんれんにも睨まれる」
「呆れてんの。水萌も帰りたそうにしてるし、先輩の用事を早く済ませて」
水萌からしたらもう帰るだけなので、飽きてしまって紫音と戯れている。
「最近の後輩ってこんなにズバズバ言うの? お姉さんちょっとジェネレーションギャップを感じてるんだけど」
真中先輩が蓮奈に視線を向けるが、蓮奈はあからさまに視線を逸らした。
それを見た真中先輩が、どこか寂しそうに優しく笑う。
「ただならぬ関係のお二人さん。そろそろ教えてくれてもよいのでは?」
「依ちゃんが聞いてくるのは意外だった」
「だってお兄様はれなたそのそんな顔見たら聞かないでしょ」
「そだよね……」
蓮奈が気まずそうな顔になる。
蓮奈と真中先輩に何かあるのはなんとなくわかっていたけど、どうやら本当に何かあるようだ。
「言いにくいやつ?」
「舞翔君なら大丈夫なのはわかるけど、引かれないか不安はある」
「花宮さんは引かれないよ。私は引かれるだろうけど」
二人して気まずそうにしないで欲しい。
なんとなくだけど、面白い話になりそうな気がするし。
「私が話す?」
「えと、大丈夫です。私が話します」
「敬語……。知ってたけど、花宮さんって私のこと嫌い?」
「そ、そんなことないですよ。その、罪悪感と言いますか、色々とありまして……」
「だよねぇ」
蓮奈の挙動がおかしい。
まるで初めて俺と対面した時のように動揺している。
「よし、えっとね、真中さんは被害者で、私のせいで性癖を歪められたの」
「それだと誤解が生まれる。私は元から花宮さんが好きだったの」
「だから気を使わなくていいんですって」
「え、信じないってことは、ここで証明したらいい? キスでもしようか?」
真中先輩はそう言って蓮奈の顎に指を当てる。
聞いてる俺達は置いてきぼりだが、なんとなくわかった。
「蓮奈の不登校の理由ってみんな知ってるの?」
「うち知らない」
「だよね。レンと水萌は?」
「詳しくは知らないかな。少なくとも今見せられてるコレとは結びつかない」
まあ誰にでも話せるようなことではないから当たり前と言ったら当たり前だ。
俺だってたまたま蓮奈が暴走したから知ったわけで、そうでなければ知らなかっただろうし、今見せられてるコレもどういう意味かわからなかったと思う。
「まさかの相手は女子と」
「舞翔君、ホッとしなかった?」
「そりゃね。もしも蓮奈が変な男に酷いことをされてたら普通に嫌でしょ」
「なんか花宮さんを理解してるみたいな言い方してるけど、初めては私だから」
真中先輩が蓮奈の盾になるように前に出てくる。
なんか蓮奈の服装がメイド服だから、主人にいじめられるメイドを守るナイトのようだ。
ちょっと納得いかないから言い返そうかとも思ったけど、とりあえず状況の整理を優先する。
「つまり、真中先輩が蓮奈に迫ったせいで蓮奈のスイッチが入って真中先輩を落とした。そして真中先輩は蓮奈を捨てたと」
「舞翔君、冗談なのはわかるけど、言い方駄目だよ」
「いいよ、実際ほとんどその通りだし」
「違うところはどこですか?」
「さっきも言った通り、私は元々花宮さんが好きだったんだよ、恋愛対象として」
だったら尚更許せない。
蓮奈のことが好きだと言うならなんで蓮奈を守らなかったのか。
なんで蓮奈が引きこまらなければいけなかったのか。
「愛されてるね」
「いい子なんです」
「ほんとに良かったよ」
なんか勝手に納得してるけど、俺はまだ何も納得していない。
「ちゃんと説明するから。なんで私が花宮さんを守らなかったかだよね。簡単だよ、傍から見たら私は被害者でしょ? そんな私が花宮さんを擁護しても言わされてることになるから」
「だから見捨てたと?」
「そう言われると何も言い返せないけど、君なら私と同じ状況になった時にどうする?」
「何があろうと一緒に居ます」
俺は真中先輩をまっすぐ見つめて即答で答える。
それが知らない相手なら俺も見捨てただろうけど、真中先輩は蓮奈のことが好きだったと言う。
それなら俺は少なくとも『見捨てる』という選択肢は取らない。
どんなことがあろうと一緒に居て、学校が辛いと言うなら俺も行かなくたっていい。
蓮奈のことだから、そこまで自分の身を削られるのは嫌だとは思うけど、それは蓮奈の事情なので俺は知らない。
「一緒に居ることが逆に追い込むことにもならない?」
「本気で拒絶されたら俺だって少し離れるかもしれません。だけど、その後も放置は絶対にしません」
「……そっか、結局どこまで行っても私は何もしなかったんだもんね。ちなみに君はあの花宮さんに迫られたの?」
「同じかはわかりませんけど、ありますよ?」
俺だってスイッチの切り替わった蓮奈に襲われたことがある。
色々とやばかったけど、結果的にあれがあったからこうして仲良くなれたと言っても過言ではない……かもしれない。
「ははっ、なんだ、勝負以前に私は負けてたんだ」
真中先輩が憑き物が落ちたようにスッキリした様子で笑い出す。
いきなり笑い出す人は本当に怖いようだ。
「今絶対に失礼なこと思ったろ」
「さあ。それよりも勝負って蓮奈を賭けての勝負だったんですか?」
「そう。夏休み明けたら花宮さんが学校に来てるから驚いたのよ。だけどせっかく学校に来てくれた花宮さんに私が話しかけたりしたら色々とやばいでしょ?」
「そうですね」
ほとんど不可抗力とはいえ、真中先輩が蓮奈の不登校の理由と言える。
そんな真中先輩が蓮奈に話しかけたら蓮奈がまた学校に来れなくなると思うのは当然だ。
それと周りからの目もあるし。
「だからしばらくは観察してたの。そしたら二つ気づいたことがあったわけ」
「一つは可愛くなったことですか?」
「さすがだね。会えない時間が二人の愛を増幅させるとは言ったものだね。まあ私の片思いだけど」
「自虐がすごいですけど、もう一つはなんですか?」
「男の影」
真中先輩はそう言って俺にジト目を向けてきた。
「ずっと気になってたんだよ、花宮さんが学校に復帰できた理由。さすがに時間が解決する問題でもなかったし、それなら花宮さんのことを慰めた存在がいるわけじゃん? それと可愛くなった花宮さんで、好きな人ができたんだって思ったの」
すごい想像力だ。
だけど半分ぐらいは合ってるところがすごい。
「確かに俺を含めたみんなで蓮奈を学校に引きずって来ましたからね」
「やば、私もこの子好きになりそう」
真中先輩がなぜか笑いを堪えながら言う。
そして蓮奈を筆頭に、全員から呆れ顔をされる。
俺が何をしたと言うのか。
「話を戻そう。つまり私が君に勝負を挑んだのは、君が花宮さんをたぶらかしてないかのチェックと、たぶらかしてないんだとしたら、私が花宮さんを奪おうとしてたからってわけ」
「たぶらかしてたら奪わなかったんですか?」
「何言ってんの? そんなの無条件で目潰しだよ?」
真中先輩がピースサインを作って指を俺の目に向けてくる。
たぶらかしてる判定を受けなくて良かった。
あの人の目はマジだ。
マジで俺が蓮奈に何か変なことをしていたら目を潰していた。
変なことをしてなくて……良かった。
「片目ぐらいいっとく?」
「俺もやり返しますけどいいですか?」
「まあ許されてないよね。とりあえず私の入る隙間がないのはわかったし、勝負は君の不戦勝だよ」
「やったー?」
勝手にやることになっていた勝負に勝った。
つまり俺はどうすればいいのか。
「これって俺が勝ったら何かいいことあるんですか?」
「じゃあ私にどんな命令してもいいよ」
「どんな命令でもいいんですか?」
「うん。花宮さんに二度と近づくなとか言われても私に抗う権利はないから従う」
真中先輩がすごい寂しそうな顔になる。
悪いけどもう命令は決まっている。
一度蓮奈に視線を送って確認すると、蓮奈が優しく微笑みながら頷いてくれた。
「じゃあ命令です。二度と蓮奈が不登校になるようなことを起こさないでください。もしも起きてしまったら先輩が蓮奈を守ってください」
俺だってできる限りのことはするけど、どうしたって学年が違うから気づくのが遅れる。
だから真中先輩にはこれから蓮奈のことをずっと守ってもらう。
「もしも花宮さんが夏休み前と同じ状況になった場合、君は私をどうする?」
「目を潰される程度で済むと思うな」
思いのほか声のトーンが落ちた。
そのせいで真中先輩の顔が引き締まってしまった。
「すいません」
「いいよ。その方が私が『逃げ』の選択肢を取らなくて済む」
「まあ先輩が色々やってるのも知ってるんですけど」
「……なんのことかな?」
真中先輩がそっぽを向く。
「蓮奈、言っていいよ」
「私? えと、真中さんだよね? ずっと気になってたの、私が夏休み明けに教室入った時に、視線はあったけど、誰も私のこと気にしてないこと」
「まあいくら蓮奈でも、学校来てなかった人がいきなり来たのに、チラ見だけで終わるのは変だよな」
「それは私が根暗のクソぼっちだから不登校なことすら忘れられてたって言ってるね?」
「最低。花宮さんみたいな顔も性格も体も最高な女の子を忘れるなんてありえないでしょ」
「普通に『美少女』って言って欲しいんですけど。少なくとも最後の『体』はいらないでしょ」
なんだか真中先輩の最初の印象が崩れていく。
この人、綺麗でかっこいいのに、中身が残念すぎて『残念系イケメン』の象徴みたいになっている。
「まあ確かに裏で色々とやってはいたよ? 私って女子人気が謎に高いから、それこそ人には言えないような方法使って花宮さんは私の恋人だって言い回った」
「舞翔君、私が許すから真中さんを怒っていいよ」
「おけ、そこに直れ」
「え、ちょ、待っ──」
こうして俺達の文化祭は終わった。
ちなみにオカルト研究会のお化け屋敷には時間切れで入れなかった。
本来なら真中先輩と数名の生徒でやっていたので、文化祭が終わった後でも入れたらしいのだけど、俺のお説教がヒートアップしたせいで時間が無くなった。
依が少し残念がっていたけど、今度埋め合わせをすることを条件に諦めてもらった。
相当喜んでいたけど、そんなにお化け屋敷が好きだったとは。
色々あった文化祭だったけど、いい思い出になったと言えるだろう。




