いじめられる女
「クールを売りにしてたのに泣いたゃった」
「可愛かったから気にするな」
「そういう反応求めてないし!」
泣き止んだ依が目元を赤くしながら意味のわからないことを言い出したから事実を伝えてあげたのに、肘でみぞおちをつつかれた。
地味に少しだけ痛い。
「そうだぞサキ、よりがボケてるんだからちゃんと突っ込んであげないと」
「それは失礼。じゃあ、何がクールだよ、依ほど他人思いであったかい人はいないだろ」
「それもそれで違うわ!」
依がさっきよりも強く俺のみぞおちを肘で押し込んでくる。
痛いからやめて欲しい。
「わがままな。じゃあ依は可愛いでいいな?」
「いくないし!」
「依が了承したし、ペアについて決めようか」
俺がそう言うと、依がなぜか頬を膨らませて俺を睨んできた。
いちいち可愛いアピールをしなくても『依は可愛い』ということは自他ともに認めているのだからいいのに。
「飛んで火に入るだったからやめよ」
「残念。それで真中先輩の言う勝負がお化け屋敷だった場合のペアだけど、消去法で依になる?」
「なして? お化け屋敷って恋人と入って女子の方がわざとらしく叫んで抱きつくとかいうデートスポットじゃないの?」
依が俺とレンを交互に見ながら不思議そうに聞いてくる。
「サキがよりと入りたいって」
「え、それはつまり、どさくさに紛れてお兄様に抱きついてオーケーってこと?」
「そんなあざといことよりに出来んの?」
「無理だよ? やってるの見るだけで『うわぁ』ってなるのにそれを自分でやるとか想像しただけで吐き気がするね」
俺も怖くもないのにわざと怖がって抱きつかれたら引くかもしれない。
「依にならされてもいいのかな?」
「それだけ聞いたら色々と誤解を生むからやめなさい? 一応言っとくけどやらないから」
「そう? まあとにかくお化け屋敷になったらお願いしていい?」
「別にいいけど、なんでうちなのかは聞かせて」
「え、だって……」
俺がレンに視線を向けると、サッと顔を逸らされた。
「喧嘩?」
「直接聞いてないから本当にそうなのかはわかんないんだけど、レンって暗いとこ駄目なんだよ」
あくまで予想だけど、レンは暗いところが苦手だ。
前に初デートの場所を話し合った時に、映画を断る理由が『暗くて目が悪くなりそう』という意味のわからないものだった。
遊園地や水族館は『人混みが嫌』というものだったから余計に気になった。
だから水萌と二人になった時に聞いてみたら「多分?」と言われた。
水萌も確信はないようだけど、小さい頃から水萌を心配して一緒に寝ることがあったらしく、それが実は自分が怖かっただけの可能性かあると。
「うちのレン可愛いだろ?」
「こんど肝試ししたいな」
「絶対にやめろ」
レンが依にガチトーンで言う。
どうやら本気で駄目なようだ。
「これは冗談でやっていいやつじゃないな」
「お兄様とでも駄目なの?」
「……オレがずっと目を瞑って、サキにずっと抱きついてていいならギリ」
「想像したらめっちゃ可愛いんだけど?」
俺がそう言うと、レンに肩を結構本気で殴られた。
なんだか今日一日で体が痣だらけになりそうだ。
「まあれんれんがペアになれない理由はわかったけど、それなら水萌氏は?」
「水萌は普通にお化けとか駄目でしょ?」
「うん。怖いもん」
水萌はお化けとかを怖がりそうだけど実は全然平気そうに見えて本当に駄目なタイプだ。
レンが気絶するタイプなら、水萌は叫んで動けなくなるタイプな気がする。
「そうなると紫音くんとれなたそも駄目なの?」
「僕は平気だよ?」
「私も作り物なら平気。多分舞翔君もだろうけど、夜道とかは駄目」
紫音は多分お化けとかが得意なタイプだ。
紫音はお化けとかを怖がりそうだけで実は平気なタイプ。
蓮奈は自分で言ってる通り、俺と同じでお化け屋敷みたいな作り物なら平気だけど、夜道なんかで背後が気になるタイプ。
「それならなぜにうち?」
「なんとなくなんだけど、蓮奈は選択肢に含められなくて、紫音は俺が居ないときの男子枠」
「ボディーガード的な?」
その通りだ。
さっきの一件があって、レン達から目を離すのが怖い。
だから俺がお化け屋敷に入ってる時は男子である紫音に水萌とレンを守ってもらいたい。
「頼んでもいい?」
「任せて。喧嘩はできないけど、僕だって男の子なんだから」
「しおくんはおとこの娘……」
「まーくん、お姉ちゃんがお説教して欲しいって」
「それだとご褒美になるから放置する」
「ひ、酷い……」
落ち込んだ蓮奈が紫音にもたれ掛かるように抱きつく。
抱きつかれた紫音は俺の言葉を真に受けたのか、蓮奈を完全にいないものとして無視している。
「しおくんの塩対応……」
「さっきからほんとにくだらないことしか言ってないからな?」
「なんだかんだで反応してくれる舞翔君が好きー」
「それはそうと、依はいい?」
「私を弄んで楽しい?」
蓮奈のことは無視して依のつむじを眺める。
「どこ見てんだ。さっきも言ったけど、うちは別にいいよ。お兄様と合法的にデートできるわけだし」
「デートね。俺と一緒にどこかに行くことがデートで、それが嬉しいなら言ってくれればやるよ?」
「お兄様のそういうとこはほんとに尊敬するよ。まあ少しはれんれんの気持ちを考えて欲しいとは思うけど」
依が呆れながら俺の頬に手を当ててレンの方に顔を向ける。
そこには拗ねた様子のレンがいた。
「なるほど。確かに間違えた」
「別にいいよ。サキはオレをデートに誘わないけど他の女は誘うってことだもんな」
「そう捉えるよな。どう説明したものか」
「普通に『誘われるの待ちしてた』って言えばいいじゃん」
「それでレンは納得する?」
依の言う通りで、俺は自分から誘うということができない。
だからレンから誘われたらいつでもどこでも行く気はあるけど、それを自分からはしない。
依に言ったのも、依の方から誘ってくるなら出かけることはするという意味で、俺が依と出かけたいからと誘ったわけではない。
「納得しないって言ったら?」
「俺を信じてくれてありがとう」
「言い方ずるいよな。納得してないって言ったらサキを信じてないって言ってることになるし。でも、オレは傷ついたなぁ」
レンが楽しそうに俺を見てくる。
これは多分何かを求めてる顔だ。
「じゃあ今日の帰りはゲーセン行くか」
「デートに誘う場所をゲーセンしか知らないのか! まあ行くけど」
口調は不機嫌だけど、レンの表情は明るくなった。
どうやら正解を引き当てたらしい。
もしかしたら、前に水萌が開催した最悪の大会の商品でレンが求めてたのはこれなのかもしれない。
これは自分で気づいたということでいいのだろうか。
「れんれんもチョロいよね」
「ああいうのは可愛いって言うんだよ」
「うちもチョロくなろうかな」
「大丈夫、依は結構チョロいから」
「言ったなこのやろう。うちのどこがチョロいってんだ!」
「怒るな怒るな、せっかくの可愛い顔が台無しだろ? あ、でもその顔もいい」
「……ばか」
依の顔がりんごのように赤くなる。
ほらチョロい。
「あれってさ、よりがチョロいのもあるんだろうけど、サキの場合は素で言ってる時があるから犯罪なんだよな」
「うん。まーくんって表情がほとんど変わらないから素なのか冗談なのかわかんないんだよね」
「さすがたらし」
「舞翔くんだもん」
「蓮奈、後で説教」
「なんで私だけ!」
明らかに蓮奈だけが俺を馬鹿にしてたから仕方ない。
レン達のようにわかりにくく馬鹿にするなら許したものを。
「あ、忘れてた」
「うちにまだ何かする気か!」
「うん」
「えぇ……」
依の表情が暗くなる。
だけどこれはずっと言ってたことだから今更やめることもできない。
「依、ありがとう」
「にゃっ!?」
「なんでレンみたいになってんのさ」
「誰みたいだこら」
レンに肩を小突かれた。
「い、いきなりなんですかい?」
「いやさ、依ってずっと俺達の為に裏でコソコソしてたじゃん。そのお礼言ってなかったから」
「な、なんのことだい?」
誤魔化すとは思っていたけど、動揺が顔を出てるし、今更隠しても遅いと思う。
「依が身を削ってたのは許さないけど、俺達の為だもんな。だからありがとう」
「や、えと、そんなまっすぐ言われると困ると言いますか……」
依が困惑しながら視線を彷徨わせている。
なので後押しを頼むことにした。
「より、オレからもありがとう」
「れんれんまで!?」
「オレ達がこうして今も普通に学校生活送れてるのはよりのおかげだから。よりがいなかったらオレは今でも不良って思われてただろうし」
レンからの素直? なお礼を受けた依が余計に慌てふためく。
これは面白い。
「次は誰が依いじめる?」
「おい待て、うちをいじめるって……」
「依って褒められるの嫌でしょ? だからみんなで褒め倒す」
「ち、ちなみにいつまで?」
「少なくとも俺は三時半までなることがない」
俺が言うと全員が「右に同じ」のようだった。
顔を引き攣らせて逃げ出そうとした依を俺が捕まえる。
そうして今度は依を褒め倒す大会が始まった。




