大人の時間
「なんか世界線が変わってないかな? このままだと制限がかかっちゃうんだけど」
「大丈夫。私達はどこでもラブコメな舞翔君と水萌ちゃんしか見てないから」
俺が事前に連絡をしていた母さんがやって来て、出会い頭におばさんを殴り飛ばしたせいで学園ラブコメ? から学園ヤンキーものになってしまった。
だけど蓮奈の言う通りその描写さえ見てなければきっとセーフだ。
「もしもの時はレンに任せた」
「別にいいけどオレはいいのかよ」
「レンには俺と同じ立場でいて欲しいから」
「……ばか」
「ほらね? どんな時でも変わらない」
レンと話していただけなのにみんなから白い目で見られる。
「舞翔、こいつに何かされた?」
「ん? 一発殴られといたからさっきのは正当防衛主張していいよ」
「だったらこれは舞翔の分だ!」
「レン!」
「おけ」
俺が水萌と依、レンが紫音と蓮奈の目を塞ぐ。
俺達は何も見ていない。
なんかすごい鈍い音が聞こえたような気がするけど、文化祭中だしそんな音が聞こえてきてもおかしくない。
「保険として母さん呼んだけど、過剰防衛として母さん捕まらん?」
「それを覚悟で来てる」
「ふーん、母さんは俺を一人にするんだ」
「……もしもの時は悠仁に任せるつもりだったけど、そんな言い方されたら駄目よね。とりあえずコレは当分動けないだろうし、後処理しないと」
さっきまでとは打って変わって落ち着いた母さんが俺の頭を撫でてから傍観者達の方に向かう。
「選んでいいよ。今すぐ撮った写真や動画を消すか、連帯責任でスマホを全員破壊されるか」
俺には母さんの背中しか見えないからわか、ないけど、多分母さんは笑顔で言っている。
とても逆らえるようなものではない笑顔で。
効果は覿面で、そこに居た傍観者全員がスマホを操作し出した。
「ちなみにぃ、今日のことがSNSに上がってたらぁ、わかるよね?」
「母さん怒ると怖いでしょ?」
「……」
流れで抱きしめ続けている水萌に聞くと、無言で顔を逸らされた。
父さんが事故に遭ってすぐの時に母さんがキレたことがあったけど、あの時も今回と同じ方法で落ち着かせることができた。
キレてはいるけど理性は残っているからまだいい方なのかもしれない。
そんなことを考えていると、こちらに駆け寄って来る人影があるのが見えた。
「陽香の姐さん、お待たせしました」
「ほんとに遅い。もう終わったよ」
「いやいや、陽香さんが早すぎるですよ。いくら文化祭中とはいえ、校門に人がたくさんいるからって壁を乗り越えるのは駄目ですからね?」
「それであいつを逃がして、それだけじゃなくて私の大切な息子と娘が傷ついてもいいと? そんなんだから娘に親だと思ってもらえないんだよ?」
「くっ、親としては正論だから何も言えない……」
母さんの言葉を受けた悠仁さんが胸を押さえて崩れ落ちる。
明らかに悠仁さんが正しいのだけど、実際母さんが来てなかったらどうなってたかわからないから俺も母さんを責められない。
だけど今はそれよりも気になることがある。
「母さんを『姐さん』呼びしたその人は誰?」
「ん? ……自称舎弟?」
「酷い! 俺が真っ当な人間になれたら舎弟にしてくれるって約束してくれたじゃないですか!」
「だから舎弟にしないんでしょ?」
今度は自称舎弟さんが胸を押さえて崩れ落ちる。
「舞翔くん」
「依か。お兄様に戻さないの?」
「まだそういう感じでもないでしょ。それよりもあの人、私のお父さんです」
「なんで俺の友達は親も繋がってるの?」
こうなってくると紫音と蓮奈の両親も繋がってる可能性が出てくる。
親からの遺伝で付き合う人間も似てくるのだろうか。
「別に自称くんとは昔色々とあっただけよ?」
「元彼的な?」
「舞翔、次はないわよ?」
「大変申し訳ございませんでした」
母さんの無言の圧力を受けた俺は即座に土下座をした。
今の母さんに冗談は通じない。
次は本気でシメられる。
「ただ昔にお父さんと唯さんを誘拐して監禁したクズよ」
「言い方! いや、事実ですけど! 一応名乗っておくと、俺は文月 吾郎です」
「意外。母さんが父さんにそんなことした人を許したの?」
「だって大翔さんがそれがきっかけで私のことが好きだって気づいたとか言うから……」
惚気られた。
その時のことを想像してるのか、母さんの顔が赤くなっている。
「さりげなく唯さんも監禁されてますけど、悠仁さんはいいんですか?」
「唯さんも同じ理由でね。それに唯さんが誘拐された理由ってのが……」
悠仁さんがそこまで言って俺の背後、倒れてるおばさんの方に視線を向けた。
そこにはいつの間にか唯さんが居て、倒れてるおばさんを見下していた。
「いい気味。顔を変えてたから気づけなかったけど、昔のことと、娘達にしたことの全ての報いを受けさせてあげるから」
唯さんが真顔で、だけどとても恐ろしい表情で淡々の告げる。
「じゃあとりあえずは解決?」
「そうね。舞翔は一部始終撮ってたんでしょ?」
「もちろん。都合の悪いとこはなぜか撮れてないかもしれないけど」
例えば母さんがあの人を殴ったところとかは俺が驚いてブレまくってる可能性がある。
他にも俺達が呑気に会話してるところは音声が切れてたりしてるかもしれない。
だけどあの人が言った問題発言だけはクリアに聞けるようになってたり?
「舞翔の抜かり無さが一番怖いと思うけどね。どうせ顔もわからないのに依ちゃんの表情とか見て私に連絡したんでしょ?」
「もちろん。こういうのは大人に任せるのが一番だから」
「そこで教師じゃなくて陽香さんを頼るところが舞翔君だよね」
「だって教師って親と、特にモンペと関わるの嫌がりますし。そのくせああやって全部が終わると我がもの顔で来るんですから」
俺はため息をつきながら偉そうに歩いて来る、教頭だか校長だかを見ながら言う。
「なんの騒ぎだ」
「いるいる、ああやって落ち着くの待ってから来て『全部を自分が解決しました』みたいな顔する教師」
「ほんとそういう教師嫌いだった。しかもあの人『十円』ですよ」
「あの『十円』? 髪の毛がフサフサってことは……」
吾郎さんだけが不思議そうな顔をして、悠仁さんと母さんは笑いを堪えている。
まあ『十円』と言われて髪の話をされたらさすがにわかるけど。
「お前ら、どこかで……」
「お久しぶりです十円先生!」
「その不名誉なあだ名、『やゆよ』か……」
十円先生がすごいグッタリした様子で額を押さえる。
「うわ懐かし。『やまと』『ゆうじ』『ようか』で『やゆよ』。ネーミングセンス無さすぎて逆に流行ったやつ」
「付けたのって確か陽香さんじゃ?」
「そうだっけ? それなら抜群のネーミングセンス」
「そんなことはいい。今日はどんな問題を……お前な、また喧嘩か!」
十円先生が倒れてるおばさんを見て母さんを怒鳴る。
「めんどくさ。そこら辺の話してあげるから冷房効いてる部屋連れてって」
「まずその人を──」
「『SOAR』ってお店知ってます?」
「いきなりなんだ」
「髪がたくさんで気づかなかったんですけど、そこで先生ととある方が──」
「よしわかった。ゆっくり話を聞く為に応接室に行こう。関係者は全員連れて行くが誰だ?」
十円先生が俺達に視線を向けてきた。
これから俺達は俺達でやることがあるから拘束されては困る。
「私達の昔のことで色々とあっただけですよ。この子達はたまたま近くに居ただけなんで」
「……そういうことにしておこう。お前は喧嘩っ早いけど、くだらない嘘はつかないからな」
「ちゃんと生徒のこと見てたなんて驚き」
「気が変わるかもしれないぞ」
「はいはい。じゃあ行こ。アレは自称舎弟が運んでよ?」
「もちろんですよ。今度ちゃんとお詫びしますからね」
吾郎さんが俺の方をちらっと見て小声で言う。
見た目は少し怖いくてガサツそうだけど、俺達との関係をバレないようにする気遣いはできるみたいだ。
「早くー」
「はい!」
先に言って手を振っている母さんに吾郎さんがおばさんを抱えながら元気よく返事をする。
そして嵐が去るかのように静寂が訪れた。
これで大人の時間は終わりだ。
次は子供の時間が始まる。