動物に例えると
「ということでうち達は帰って来た」
「……」
手紙の謎を解けた依の後をついて来た俺達は、またも蓮奈のクラスのメイド喫茶にやって来た。
俺達が返った時よりもあからさまにひとが増えている。
「行列できてんね。話聞くだけなら顔パスできるかな?」
「依」
「なんだいお兄様」
「わかんないなら素直に言っていいんだよ?」
俺達も悪いところはある。
依がわかったみたいな雰囲気を出して正直に言えない感じを出していた。
だから依が謎を解けなくて真中先輩に直接聞きに来たのなら俺達に責める権利はない。
「信用ないなぁ。実際のとこ、手紙に書いてあることはわかったよ。だけど、あれって場所の指定だけで時間の指定が無かったんだよね」
「ほんとに? 無理してない?」
「ガチで心配されてる? 大丈夫だって。答え合わせはちゃんとするから」
依の表情が自信に満ち溢れているので、とりあえず信じることにした。
たとえ嘘だったとしても、みんなで優しくしてあげよう。
「その可哀想な子を見る目をやめろぉ」
依が俺の肩を小突きながらジト目で言う。
「だって時間はわかるじゃん」
「え?」
「さっきの手紙、場所の指定だって思ってるとわかんなかったけど、時間だとして考えたらわかるよ?」
俺がそう言うと依の表情が固まる。
「……」
「依?」
「それを先に言えー」
依が少し怒った様子で俺の頬をつねる。
「二つの意味系かよ。それなら来る必要なかったじゃん」
「いひほうのほひへふ?」
「可愛いなぁ、おい」
なんか癪に障ったので依の頬をつねっておいた。
「舞翔くん、色んな人が見てるからイチャイチャしないの」
「ほんとにサキって誰とでも場所を考えないでやるよな」
「うん。しかも人生で一番楽しそうな顔してる」
「つまり舞翔君は見られて喜ぶタイプ」
最後の蓮奈は意味がわからないから無視するとして……いや、全員意味がわからないから対応は顔を真っ赤にした依に任せた。
「お兄様のばか……」
「絶対に俺は悪くない」
「知らない!」
どうやら依を怒らせてしまったようで丸投げできなくなった。
まあ全無視すればいいだけだからいいけど。
「じゃあどうする? 戻る?」
「何も無かったかのように話し始めるところがサキだよな。とりあえずよりが色々とやばそうだしメイド喫茶の列に並ぶか」
「私、このバカップルを敵に回したくないって本気で思った」
なんだか蓮奈が鬼畜なレンと俺を同じだと言った気がする。
そう言われるのは悪い気がしないけど、俺はそこまで鬼畜じゃない。
とりあえず今の状態の依を数十分は眺めてたいけど。
「お客の回転が早いと思ったら」
可愛い依を眺めていたら教室の中から呆れ顔の真中先輩が出てきた。
「どしたの? 手紙の返事でも言いに来た?」
「いえ、単純に意味がわからなかったので依を眺めてました」
「うん、説明する気ないな。ちなみにわかんなかった?」
「依は場所がわかったみたいで、俺は時間がわかりましたけど、あれは時間と場所を表してます?」
「わかるとは思ってたけどよくわかったね。多分合ってるから、勝負をしてくれるならその時間にその場所に来て」
真中先輩が微笑みながら言う。
正直自分で「よくわかった」なんて言うようなことを書かないで欲しい。
まあそれを含めて『勝負』なのかもしれないけど。
「他に聞きたいことってある?」
「そもそも勝負ってなんのですか?」
「無いようだね。じゃあちょっと本気で忙しいから私は帰るよ」
俺の質問は無視されて真中先輩は教室の中に消えた。
答えないとは思ってたけど、それなら最初から質問なんて求めないで欲しい。
「さて、時間ができたけどどうしようか。とりあえず戻って依の観察会でもする?」
「それでいいんじゃない。正直オレ達は文化祭を楽しめるようなまともな集団じゃないし」
「レン、それだと俺達がまともじゃないみたいに聞こえるぞ?」
「『普通』からはかけ離れてるし。オレ達はオレ達で一つの塊みたいなやつじゃん?」
「レンよ、そういう自分達だけ特別みたいな中二病はやめとけ」
俺がマジレスしたらレンに無言でみぞおちを殴られた。
痛い。
「どうせ意味はわかってんだろ」
「あたり、まえだろ。俺達は、協調性が、無いって……」
どうやら結構いいところに入ったようでマジで痛い。
「あー、恋火ちゃんが舞翔くんいじめたー」
「あれが彼女からの体罰……」
「でぃーぶいだねでぃーぶい。ローマ字表記にすると色々とアウトだからひらがな表記にしとこ」
「お前らうるさい」
痛みでそれどころじゃないが、なんだか水萌達がレンとじゃれ合ってる気がする。
ずるい。
「お兄様はどんな時でも平常運転だね」
「あれ? なんでシラフになってんの?」
「君らのイチャイチャ……戯れ? 見てたら和むんよ」
「また変な性癖で」
「性癖言うな。ていうかほんとに戻ろ。なんか視線が痛い」
確かにさっきから通り過ぎる人は当然として、メイド喫茶待ちの人達からの視線がすごい。
今はレン達に集中できるから大丈夫だけど、少し前なら気分が悪くなっていたと思う。
「慣れって怖い」
「お兄様のは慣れじゃないでしょ」
「まあ人馴れはしてないか」
「お兄様は猫だった」
「猫はレンな。俺はうさぎらしいから」
俺がそう言うと、依は「あぁ」と得心のいった表情になる。
俺自信も最近寂しがりなのは自覚してはいるけど、そこまで納得されるとそれはそれで納得がいかない。
「拗ねるな拗ねるな。れんれんが猫なら水萌氏は犬なんでしょ?」
「うん」
「じゃあれなたそは?」
「ハムスター系」
「うわ、超わかる。紫音くんは?」
「紫音は熊かな? デフォルメされたタイプの」
俺が紫音からくまのぬいぐるみを貰ったからかもしれないけど、紫音のイメージは熊になっている。
基本は優しいけど子供が危なくなると迎撃するところも似ている。
「なんかわかるかも? じゃあうちは?」
「依ねぇ……」
依は考えたことがなかった。
依と言えば裏でコソコソと人の為に動いたり、表ではおかしなことをしてるようで空気が悪くならないように上手く立ち回るような人間だ。
そんな器用な動物とはなんなのか。
「お兄様がガチ悩みしてる。まあうちには個性が少ないから難しいか」
「個性がありすぎて困ってんだけどな。ちょっと宿題にさせて、頑張って文化祭が終わるまでには考えとく」
「つまりお兄様は文化祭中ずっとうちのことを考えてると」
「多分五分もしたら忘れてるから終わる頃に頑張ってひねり出す」
「夏休みの宿題を初日からコツコツやろうって考えてるけど結局最終日に全部やるやつだ」
「失礼な、俺は毎日コツコツやるし」
最終日に全て終わらせるなんて逆にめんどくさそうで嫌だ。
今まではやることが無かったから毎日コツコツやってたけど、今年からは水萌の宿題を見るという大切なミッションがあった。
だから毎日楽しくコツコツできた。
「今年の宿題は楽しかったよ」
「ずるいよね、うちを呼んでくれないんだもん」
「呼んだら来たの?」
「行けるように努力はした」
つまり来れないということだ。
依の事情は知らないけど、俺が聞いてはいけない気がしてそれ以上は踏み込まない。
「さすがお兄様。まあいいや、とりあえずうち達の巣に戻ろ」
「依は巣って言えるほど来てないけどな」
「そうやってすぐうちをハブるんだから。だいたいお兄様は──」
「見つけた」
依が何かを言おうとしたタイミングで依の後ろから誰かの母親らしき人が声をかけてきた。
見た目は四、五十ぐらいで、すごい厚化粧で歳を誤魔化してる感がある。
そして依の顔が真っ青になっている。
つまりはそういうことらしい。
(俺が名探偵って、冗談にならなくなってきたな……)
そんなことを考えながらこれから起こるであろう悲劇を想像する。




