奴隷メイド誕生
「ただいま。何かあった?」
「おかえり。水萌が料理を全部食べたぐらい?」
水萌と次はどこに行くかとか、晩ご飯は何にするかなどを話していると、レン達が帰って来た。
なんか蓮奈の顔が『無』になっているけど、そこには触れない方向でいくことにした。
「舞翔くんがラブレター貰った」
「水萌、中身読んでないからラブレターがどうかはわからないし、そもそもそういう感じじゃなかったでしょ? だから君達は俺を睨まないでくれる?」
さっきまで楽しそうに俺と話していた水萌が真顔でおかしなことを言ったせいでレン達に睨まれた。
『無』だった蓮奈も生き返ったように睨んでくる。
「私がみんなに詰め寄られてる時に舞翔君は随分お楽しみだったみたいで」
「水萌に料理を食べさせる楽しい時間だった」
「それは確かに楽しそうだけど!」
蓮奈がなぜか怒る。
頬を膨らませた蓮奈はやはり可愛い。
「サキさ、これで浮気何回目よ?」
「レン以外をそういう目で見たことはないから」
「ふーん」
「隙さえあればイチャつくんだから」
別にイチャついてはいないのだけど、紫音にはため息をつかれた。
「それでラブレターは読むの?」
「だからラブレターじゃないっての。とりあえず邪魔になるからここを出てから読もうかなって」
「それもそうだね。ということでお姉ちゃん、バイバイ」
紫音が笑顔で蓮奈に手を振ると、蓮奈の顔がどんどん青ざめていく。
「わ、私を見捨てるの……?」
「獅子は我が子を谷に突き落とすと言うし」
「前も聞いたわ! それに舞翔君は獅子って言うより狼だろー!」
蓮奈が縋るように俺の腕を引っ張る。
色々と誤解を生むからやめて欲しい。
「交代の時間になったら迎えに来るから」
「ほんと……?」
蓮奈が上目遣いで弱々しく言う。
「君はなんでそうなのかね……」
「れんれん、お兄様が浮気してる」
「今更だから別にいいよ。気持ちはわからなくもないし」
「確かに。あれは女子でも惚れる」
そう、仕方ないのだ。
蓮奈に限らず、みんな素が可愛すぎる。
だから一瞬固まってしまう。
「まあ普段から可愛いんだけど」
「ポイントゲットみたいに聞こえるけど、あれはお兄様の本音なんだよね」
「サキの独り言は本音が漏れてるだけだからな」
「まーくんは天然さんだからね」
なんかレン、依、紫音に呆れられた気がする。
この理不尽呆れにも慣れてきたけど、理不尽だからやめて欲しい。
「このままだといつも通り話し込むから出るぞ」
「話し込もうよぉ。ここで手紙読めばいいじゃんかぁ」
蓮奈が駄々をこねるように俺の腕を引っ張る。
「いや、冗談抜きで席埋まってるし」
気がつけば満席になっていて、教室の前で待っている人達までいる。
そしてチラチラと見られている。
「とりあえず出るから。蓮奈は頑張れ」
「頑張れない」
「じゃあご褒美増やすから」
「私を一生養ってくれる?」
「文化祭頑張ったら衣食住の保証されるってやばいだろ」
それなら俺だって頑張りたい。
そして夢のヒモ生活を……
「それはそれで嫌だな」
「私はそれがいい。舞翔君に『おかえり』って言う仕事したい」
「それなら需要あるのか」
蓮奈に「おかえり」と言われたらそれだけでその日の疲れが飛びそうだ。
蓮奈だけでなく、水萌達にもしてもらいたい。
「れんれん的にはいいの?」
「普通なら怒った方がいいんだろうけどさ、蓮奈さんの言ってるのって、ほんとに文字通りの意味しかないのがわかるから怒るに怒れないんだよな」
「あぁ、れなたそは働きたくないだけだろうし、どうせ働くならお兄様に挨拶をするって仕事をしたいって本気で思ってるのか」
「そんでサキはより達にもして欲しいって思ってる」
「そこは怒らないでいいの?」
「だって、多分だけどサキの中じゃ『より達』の中にオレは含まれてないんだよ」
レンが俺の方に視線を向ける。
まあ確かに俺が考えてた『水萌達』の中にレンは入っていない。
だって……
「サキにとってオレは居て当たり前の存在ってことだから」
「つまり、れんれんから『おかえり』って言われるのは毎日のルーティン的な感じなのね」
「オレはサキに永久就職だから」
「やば、最近れんれんの惚気が加速してる」
よりが手で自分の顔を扇ぐ。
なんだかさっきまで『チラチラ』だった視線が『しっかり』に変わっている気がする。
ほんとにそろそろ出た方がよさそうだ。
「もう出よ。視線がやだ」
「うん、私もいや」
「そうだね、ということで今度こそお姉ちゃんバイバイ」
「しおくんは私に恨みでもあるのかい?」
蓮奈が聞くと紫音が「……えへっ」と可愛く笑う。
これは何かあるやつだ。
「謝る時は舞翔君も一緒ね」
「ご褒美の一つはそれね」
「背に腹はかえられぬ。はぁ、在庫切れで店じまいしないかな……」
蓮奈が項垂れながら椅子に座る。
立てなくなるんだから座らなければいいものを。
「花宮さんも一緒に行って平気ですよ?」
「だからびっくりするっての」
俺に手紙をくれた先輩がまたやって来た。
「ていうかいいんですか?」
「はい。ここに来てるご主人様とお嬢様は皆さんが目当てなので、皆さんがお出かけになると一緒にお出かけしてしまうと思うので」
そんなことはないだろうけど、もしかしたら先輩なりの優しさなのかもしれない。
やっぱり優しい先輩だ。
「というかこれ以上下賎な視線を向けられたら困るんだよね」
「はい?」
「いえ、こちらの話です。あれですよ、花宮さんがメイド服で歩いていれば宣伝にもなりますし」
「結局一位狙うんですか?」
「なんか想像以上に繁盛してるから。それにここに花宮さんが居るよりも君と一緒に居た方が安心できるし」
先輩が優しい笑みを俺に向ける。
なんだかよくわからないけど、蓮奈と一緒に居られるのなら俺は大歓迎だ。
「そういうことならお言葉に甘えてメイドさんを借りていきます」
「ちなみにメイド服は後日返却でいいからね」
「なるほど。つまり今日一日は蓮奈のメイド姿が見てられると」
「役得だねぇ」
「ほんとに」
「私の意見は聞く気無し?」
蓮奈の疑問に俺と先輩は同時に頷く。
蓮奈が着替えては宣伝にならない。
だから仕方ないのだ。
「それとも蓮奈は残りたい?」
「いえ、舞翔君の奴隷メイドとして一生ついて行きます」
「よろしい。じゃあ今日一日メイドさん頑張って」
「想像してた反応と違う。まあ想定内の反応なんだけど」
蓮奈がため息をつきながら言う。
そんな蓮奈を見てると先輩が俺を手招きしてきたので先輩の元に行く。
「さっきの手紙だけど、別にみんなで見ていいからね」
「一応俺が最初に見てから決めようとは思ってましたけど、そういうことならみんなで見ます」
「ほんと真面目だよね。それとこれは注意喚起みたいなやつ。なんか他の生徒が言ってたんだけど、モンペが入り込んだみたい」
「昔の人のズボン」
「それはもんぺな!」
突っ込みもできるなんて将来有望だ。
それはそうとして。
「モンペが何かあるんですか?」
もちろん『モンペ』が『モンスターペアレンツ』なのはわかっている。
だけどそれが俺達にどんな関係があるのか。
「なんか誰かを探してるみたいなの。君って事件の中心に居るタイプな感じがするから一応ね」
「誰が名探偵だ!」
確かに最近は色々と波乱な生活を送っていたけど、別に俺が居るから何かが起こるわけじゃない。
俺にそんな主人公補正はない。
「まあ一応だよ。関係なくても危ないのは危ないから」
「それもそうですね。頭の片隅には入れておきます」
「君の脳のリソースの一部に私との会話が残ると」
「俺、先輩のそういうめんどくさいところ結構好きですよ」
「後輩に告白されちった。だけどごめんな、私には心に決めた相手がいるんだよ」
「安心してください。俺もいるんで」
俺達はそう言って笑い合う。
「じゃあ俺達は行きます」
「うん。ちょっとキャラ変える。……行ってらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様」
先輩がそう言って綺麗なお辞儀をする。
そのお辞儀を受けた俺達は六人でメイド喫茶を出た。
出てすぐに先輩と何を話してたのか質問攻めに遭ったけど、説明がめんどくさかったので『もんぺ』の話をした。




