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殺気の正体

「次はあれー」


「これは最後まで俺が食べさせるやつなのか。別にいいけど」


 レン達が蓮奈れなを連れて行ってから数分が経ったけど、帰って来る様子はない。


 その間も水萌みなもの食欲は止まらずに、次々と料理の皿をからにしていく。


「これ絶対に割り勘じゃないだろ」


「お金は私が出すよ? お父さんが『文化祭を楽しんできなさい』って言ってたくさんお小遣いくれたから」


「あの人、知ってたけど水萌のこと溺愛しすぎなんだよな」


 水萌だけでなくレンもなんだろうけど、悠仁ゆうじさんは本当に娘を大切に想っている。


 だからこそ、長い間続いたすれ違いが本当にもったいない。


「水萌はさ、悠仁さんのことどう思ってるの?」


「お父さんのこと? んー、ずっと怖い人だと思ってたけど、何かがあるとすぐにお小遣いをくれる人?」


「それじゃ『お父さん』じゃなくて『パパ』になってるじゃないか……」


 水萌は別に望んでるわけではないんだろうけど、悠仁さんの水萌への愛の向け方がお小遣いをあげることになっている。


 悠仁さんも忙しい人だから仕方ないのはわかるけど、お小遣いをたくさんあげるのはちょっと生々しい。


「パパって呼んだ方がいいの?」


「やめて、水萌が悠仁さんを『パパ』なんて呼んだら俺は悠仁さんの困惑した表情を見て笑ってしまう」


舞翔まいとくんが笑うならいいんじゃないの?」


「良くないね。俺が悠仁さんに怒られるから」


 多分隣でゆいさんは堪えながら笑っているだろうけど、悠仁さんからはお説教を受けるのが確定だ。


「とにかく水萌は悠仁さんを『お父さん』って呼んでくれればいいから」


「わかった。じゃああーん」


 水萌はもう悠仁さんのことは興味がないようで次の料理を催促するように口を開ける。


 なんだか悠仁さんが可哀想に思えてきたけど、それはそれとして水萌の口に料理を運ぶ仕事を再開した。


「ほんとにみんなが帰って来る前に全部無くなるな」


「ほーいえはみんらおほいれ」


「飲み込んではいるんだよな。まあレン達は朝ごはん食べてるだろうし残さなくてもいいか」


 より紫音しおんと蓮奈は知らないけど、多分朝ごはんは食べているだろうからまだお腹は空いていないだろうし残しておく必要はないと思う。


 一応言っておくと、水萌は俺とレンと共に朝ごはんを食べている。


「食べ終わってみんなが帰って来たらどうする?」


「蓮奈お姉ちゃんは一緒に回れないんだよね?」


「そうだな。昼休憩で変わるみたいだから、合流できるのは十二時過ぎぐらいだと思う」


「じゃあそれまでここでご飯食べてるのは?」


「それもなぁ……」


 俺もそれができるならそうしたい。


 だけどだんだん人が増えてきて、そろそろ席が埋まりそうになっている。


 だからこれ以上居座るのは邪魔になる。


「ここのクラスが狙ってるかは知らないけど、確か一人一票でどこのクラスの出し物が良かったかって投票があって、それで一位になると表彰されたり、何か景品が貰えたりするらしいから俺達が居座るのは駄目かもな」


 普通のお店ならたくさん料理を頼んでくれる人はお店的には嬉しいけど、投票というシステムがある以上、一つのテーブルでたくさん頼まれたら在庫が減る。


 在庫が減ると早く閉めなくていけなくなる。


 要するに投票を集めることができない。


「それに関しては気になさらないで大丈夫ですよ」


「びっくりした」


 俺が水萌にデザートのゼリーを食べさせていると、俺達を席に案内してくれた綺麗な先輩が俺の背後から話かけてきた。


「驚いているようには見えませんけど、驚かしてしまって申し訳ございません」


 そう言って先輩がペコリと頭を下げる。


「いえ、それよりも気にしないでいいっていうのは、一位を目指してないとかそういう理由ですか?」


「それもあります。メイド喫茶をやっているのは完全な趣味ですから」


「趣味?」


「お気になさらず。それにこうしてご主人様とお嬢様がおかえりくださっているのは、お二方のおかげでもありますので」


「どういう意味ですか?」


「少しすいません。誰しも可愛い女の子の可愛い顔を見たいものだから。それに加えて他の人には無愛想な男の子がその子の前では笑顔になるなんて尊いものを見たくない人います? こんなのリア充を恨んでる人達でも見たくなるでしょ」


 先輩が興奮気味に力説してくれた。


 まあ意味はわからなかったけど。


 主に無愛想な男の子の話。


「俺ってそんなに変わってます?」


「少なくとも私が案内した時とは雲泥の差」


「それはなんかすいません」


「そこは別にいい。あくまでそれ『は』」


 先輩からすごい圧を感じる。


 朝から感じていたものと同じものだ。


「朝もですけど、その殺気って先輩だったんですね」


「殺気ね。まあ殺したいとまでは思ってないけど、精神的に追い込むぐらいは考えてるかな」


 すごい圧だ。


 俺と先輩は初対面のはずなのにどこでここまで恨まれたのか。


「俺何かしました?」


「私に何かしたとかはないよ。ただ複雑な感情なんだよね。君に感謝してる私と、君を殺したいほど憎んでる自分がいる」


「いや、殺したいって思ってるじゃないですか」


 さっきまでは『メイドモード』だったのだろうけど、ちょっと素とのギャップがすごすぎる。


 こっちの方が話しやすいのはあるけど。


「とにかく、君には感謝してるんだけど、恨んでもいるので、私は考えた。勝負をしよう」


「それを受けた俺にメリットあります?」


「先輩からのパワハラだから断ることはできない」


「つまり俺は何もしないであろう教師や色んな生徒に先輩のパワハラを言い振らせばいいんですね?」


「なるほど、君はいい性格をしている。だけど君の言葉を誰が信じる?」


 先輩の言う通りだ。


 教師はそもそも当てにしてないし、同級生や先輩達に言い回ったところでめんどくさいことにわざわざ首を突っ込むような人はいない。


 だけどそれは()()()()()()だ。


「ここに教師や生徒から絶大な信頼を勝ち得ている美少女がいます。それだけで先輩なら言いたいことがわかりますよね?」


 俺は隣の金髪美少女に視線を向けながら先輩に言う。


 確かに俺が言ったところでなんの意味もないけど、水萌が言ったらそうではない。


 言葉なんて誰が言うかで変わってしまうのだから。


「それにうちには影でなんでもこなす美少女もいますし、存在が天使な美少女と美男子、それに蓮奈の言葉は一番効くんじゃないですか?」


 蓮奈は一度不登校になっている。


 その蓮奈が『いじめ』を助長する発言をしたら聞かないわけにはいかない。


「どうしま──」


「どうかそれだけはお許しを!」


 先輩が叫びながら土下座をした。


 これは一種のパワハラとして訴えていいのだろうか。


「あの、土下座すれば断れない状況に持って行けるとか思ってるなら今すぐやめてくれます?」


「そういう意図はありません。調子に乗った私をどうかお許しください」


「別にいいですから頭上げてくれます? 絶対にまた俺の悪評が増えるんで」


 今でも俺は水萌達と一緒に居ることを妬んでいる奴らから色々言われてる。


 多分依が裏で手を回してくれているからそんなに聞こえないけど、こんなことをされたら余計に悪評が加速する。


「では、花宮はなみや様……さんには言わないでいただけますか?」


 なんか変な単語が聞こえたような気がするけど、なんか突っ込んだらめんどくさいことになりそうなのでスルーすることにした。


「パワハラをやめてくれるなら」


「やめます。というか冗談のつもりでした」


「後からならなんとでも言えますからね」


「ごもっともです。本当に……」


 先輩が唇を噛みながら顔を上げる。


 何か悔やんでることでもあるのだろうか。


 プライベートなことだろうから聞くことはしないけど。


「それで勝負っていうのは?」


「……なるほど」


「はい?」


「いえ、優しい人だなって。勝負についてだけど、受けてくれるならこれを読んで」


 先輩はそう言って花柄の封筒を渡してきた。


 多分中には手紙か何かが入っている。


「受けてくれないなら捨ててくれていいよ」


「手紙になんて書いてあるのか気にならせて断らせないやつか」


「そういう意図ないから! じゃあ受けてくれなくても読んでいいよ!」


 先輩が少し拗ねたように言う。


 どうやら綺麗でかっこいいだけの先輩ではないようだ。


「とりあえずはわかりました。料理も全部食べ終わったのでみんなが帰って来たら出て行くので、その時に読みます」


 先輩と話しながらも水萌に食べさせるのは続けていたので、料理は完食されている。


「いつの間にか食べ終わってるよ。ちなみに受けないって決めたら私にわざわざ連絡とかしないでいいからね?」


「それは後でめんどくさいことになりそうなのでどうにかして連絡します」


「真面目だなぁ。それとも私の連絡先が欲しいのか?」


「それは別にいらないので大丈夫です」


「あ、そう……」


 先輩が少し寂しそうな表情になる。


 また俺は何か言ったのだろうか。


「うん、まあいいや。それじゃあゆっくりしててね」


 先輩はそう言って他の席に向かった。


 そこではもう『メイドモード』に戻っていた。


 とりあえずコミュ障を発動していた水萌に向き合い、なんとなく頭を撫でる。


 そしてレン達が戻って来るのを待つのだった。

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