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美味しくなるおまじない

「お待たせしました。ということで私は他の作業がございますのでこれにて──」


「足りないけど?」


 全ての料理を運んで来た蓮奈れなが最後の料理を置くのと同時に逃げ出そうとしたので、笑顔でその手を握る。


「お客様、ここのお店はメイドさんにお触り厳禁でございます」


「お客様?」


「くっ、はーなーせー」


 蓮奈が俺の腕から逃げ出そうと暴れるけど、蓮奈の力に負けるほど俺も弱くは無い。


 それよりも辺りからの視線がすごいから叫ばないで欲しい。


「蓮奈、最後まで頑張れないならご褒美無しな」


「貴様、卑劣だぞ!」


「さっきも言ったけど、頑張った子にあげるのがご褒美だから」


 俺からしたらもう十分蓮奈は頑張っているのだけど、それはそれだ。


 俺は蓮奈の恥ずかしがる姿が見たい。


「今お兄様がれなたそに不埒な考えを向けた気がする」


「したな。サキも男の子ってことだ」


「え、舞翔君が私を頭の中でおもちゃにして弄んだって?」


「言ってないし思ってないから黙れ」


 多分周りの人には聞こえてないけど、これ以上こいつら(主に蓮奈)を喋らすといいことがない。


 とりあえず蓮奈に「座れ」とさっきまで蓮奈が座っていた席を指さす。


 蓮奈は「はーい」とあっさり席につく。


「席についた次いでにオプション」


「当店はそういうサービスわ行っておりませんので、そういうサービスのあるお店をご利用ください」


「なんだ、この店はお客のニーズにも答えられないのか」


「私達はどこまで行ってもマニュアルからは逃れられないんです」


「じゃあメニューに書いてあることには応えられるな?」


 俺はそう言ってメニューに書いてある『美味しくなるおまじない付き♡』という場所を指さす。


「私達はお客様の奴隷じゃない!」


「そもそも俺達はお客様じゃなくてご主人様な?」


「つまり雇用主だ。雇用主は労働者に優しくしないとパワハラで訴えられるぞ!」


「いや、定められた仕事をしないならサボってるのと同じなんだから雇用主は悪くないでしょ」


「そうやって正論だけ言ってると嫌われるよ?」


「そうやって屁理屈ばっかり言ってるの普通に嫌い」


 俺がそう言うと蓮奈が胸を押さえて項垂れた。


「そもそもがこの料理って冷食だろ?」


「デザート以外はレンチンでございますよ」


「それでこの値段取るんだから、オプション込みなんだろ?」


 完全な偏見だけど、こういう店は料理を冷凍食品などて済まして、メイドさんと話せるとかで結構な値段を取る。


 つまり蓮奈が仕事をしてくれないと、俺達は冷凍食品に無駄なお金を使うことになる。


「だからはよ」


「身内にやるのが嫌なんよ」


「じゃあ知らない相手にならできるの?」


「ふっ、余計にできるわけがないじゃないか」


 蓮奈が「何を馬鹿なことを」とでも言いたげに鼻で笑いながら言う。


 ご褒美についてちょっと考え直す必要がでてきたようだ。


「いいからやれ。そろそろ水萌みなもの限界も近い」


 水萌はさっきから黙って料理達をジッと見つめている。


 多分俺が蓮奈からのオプションを求めているのを聞いているから我慢してくれている。


「蓮奈の代わりに水萌にご褒美あげなきゃかな?」


「そんなこと言われたらやる気無くなるなー」


「あーん」


 喜んだ蓮奈を無視して水萌が俺に口を開けた顔を向けてくる。


 毎度思うけど歯並びが綺麗だ。


「あーん」


「現実逃避終わりか。水萌は蓮奈のおまじないいらない?」


舞翔まいとくんからの『あーん』があればそれでいい。蓮奈お姉ちゃん待っててもお腹空くだけだし」


「辛辣ぅ……まあ事実なんだけど」


 蓮奈が少し気まずそうに頬をかく。


 水萌はそんな蓮奈に目もくれずに口を開けて俺に顔を向けている。


「はーう」


「『早く』ね。わかりましたよお嬢様」


 どうやら逃げ道はないようなので近くにあったオムライスをスプーンで一口取って水萌の口元に運ぶ。


 するとパクッと水萌がオムライスを食べる。


「おいひー」


「食べながら喋らないの」


「ふぁーい」


 わかってないと思ったけど、どうやら飲み込んではいたようで、溶けていただけのようだ。


 ただの冷凍食品だからそこまでになるとは思わないけど。


「水萌ちゃんにとっては舞翔君に食べさせてもらうことが『おまじない』なのか」


「うん! もっと!」


「はいはい」


 俺が食べさせることが『おまじない』の意味はわからないけど、実際水萌が嬉しそうだからそれでいい。


 残りのオムライスも水萌の口に運ぶ。


「なるほどなるほど。つまり『おまじない』は何も言葉である必要はないのか」


「俺的には蓮奈が照れてくれればなんでもいいよ?」


「ほんとに鬼畜だな。マニュアルには一応定番の『萌えきゅん』があるけど、アドリブでもいいみたいだから私も『あーん』でいい?」


『萌えきゅん』とはメイド喫茶でよくある『萌え萌えきゅーん』のことだろう。


 俺はそれをして蓮奈が恥ずかしがるのを求めていたけど、もう正直なんでもいい。


「水萌に食べさせるのが忙しいから手早くね」


「あれ? 私の扱いが雑になってないか?」


「さっさとやらないからだよ」


「他人事だと思って……」


 軽い感じで言うよりに蓮奈がジト目を向ける。


 実際長くて「もういいかな」とは思い出している。


「なんか複雑だけど余計なことは言わないようにしよう。じゃあナポリ・タンでいいかな?」


「区切りをつけるな。なんでもいいから早く」


 既に水萌はオムライスを食べ終えて次のポテトを食べ始めている。


 早くしないとこのまま全部水萌が食べてしまう。


「じゃあまきまきー」


 蓮奈がナポリタンをフォークで巻きながら楽しそうに言う。


 普通に可愛い。


「なんでそれは恥ずかしくないんだよ」


「そう言われると恥ずかしくなるでしょ!」


「可愛いから続けて」


「余計なこと言うお口にはこうだ!」


 蓮奈が言葉とは裏腹に、左手を手受けにして「あーん」と言って俺の口元にナポリタンを持ってくる。


 多分素なのだろうけど、これは十分なオプションになる気がする。


 そんなことを考えながら蓮奈に差し出されたナポリタンを食べる。


「あ、美味しい」


「だよね。舞翔くんのお料理には勝てないけど、とっても美味しい」


「やっぱり蓮奈に食べさせてもらったから? フォーク貸して」


 俺は蓮奈からフォークを借りて今食べたナポリタンを自分で取って食べてみた。


 冷凍食品の味がした。


「なるほど」


「フォークが返ってきた」


「定期的にお願い」


「ご満足いただけたようで何よりですよ」


「れなたそー。うちはー?」


 依が紫音しおん越しに蓮奈を見る。


「食べさせるの疲れるから自分で食べて」


「うちもお客様だよ?」


「私はそんなに軽い女じゃないのだよ」


「チョロイン代表みたいな人が何を言ってるのか。いいからはよ。そのフォークでいいから」


 依が俺に食べさせるのに使ったフォークを指さしながら言う。


 依が気にしないならいいけど、それだと間接キスになる。


「より、いい度胸だな」


「えー、なにがー。うちはただメイドさんから食べさせてもらうっていう体験をしたいだけだけどー?」


「白々しい。蓮奈さん、先にオレに食べさせて」


「君らね、ここは一応学校で、しかも教室だからね?」


 蓮奈がため息をつきながら真っ当なことを言う。


 ちょっと驚き。


「じゃあ間をとって僕にする?」


「しおくんまで……」


「え、だって僕はまーくんと同性だから変な意味はないでしょ?」


「しおくんに下心がなければね」


「……ないよ?」


 なぜに間があったのか。


 きっと「何言ってんのこいつ?」みたいなことを考えていただけだ。


 そのはずだ。


「人数分フォークとかスプーンとかあるんだから違うの使うよ」


 蓮奈はそう言って手に持っているフォークで水萌に食べさせていたポテトの最後の一本を取って食べた。


「最後の一本でなおかつ人の食べてるものを食べたという罪悪感。これは『おまじない』を超える『最高のスパイス』だね」


 蓮奈がとても嬉しそうにそう言う。


 水萌は別に最後の一本を取られても、次の料理があれば怒るタイプではないからいいけど、こんなことをすれば普通は怒られる。


 現に水萌と俺以外の三人からすごい視線を向けられている。


「なんか視線が痛い。なん……。言い訳をさせてくれ。ほんとに無意識だったんだ、私にそういう意図は──」


 蓮奈は無言で立ち上がった三人に廊下へ連れて行かれた。


 その際に蓮奈が俺に助けを求めていたような気がするけど、水萌に「次はそれ」と俺が食べたナポリタンを指さされたので蓮奈は無視することにした。


 多分蓮奈が悪いことをしたんだろうけど、帰って来たら慰めるフリをしていじめることを心に決めながら水萌にナポリタンを食べさせる。

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