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メイド喫茶の空気

「おか……えりなさいませ、ご主人様、お嬢様」


「あ、はい」


 蓮奈れなのクラスの出し物であるメイド喫茶に入ると、クラシカルなメイド服を着た綺麗な先輩が出迎えてくれた。


 笑顔なはずだけどなんか怖い。


「こちらへどうぞ」


「はい」


 先輩の案内に続いて俺達も進む。


 そして近くの席を近づけてもらって六人席を作ってもらった。


「なんかすいません」


「いえ、今はお帰りではないご主人様とお嬢様が多いので」


「そですか」


 淡々と机の準備をしてくれる先輩だけど、見た目がイケメンすぎてすごい違和感がある。


 設定に忠実なのはいいことだけど。


「こちらがメニューになります。お決まりになりましたらそちらのベルでお呼びください」


 先輩はそう言うと両手をお腹の前で合わせて綺麗なお辞儀をした。


 そして戻る時に俺を睨んだような気がしたけど、多分気のせいだ。


「すごいね」


「うん、なんか想像以上にメイドだった」


「それもだけど、お兄様が自称人見知りしてたこと」


「俺は人見知りだって何回も言ってんだろ」


 さすがにしつこい。


 俺は何度も何度も人見知りだと言っているし、人が頑張って人見知りしながら対応してたのにそういう言われ方をされるのは腹が立つ。


「やばい、お兄様が怒ってる」


「サキは今、蓮奈れなさんのことで頭がいっぱいだから冗談通じないぞ?」


「さっきまでは相手してくれたじゃんよぉ……」


「よりの番は終わったの。今のサキはほんとに蓮奈さんのことしか考えてないだろうから話す内容には気をつけろよ。サキのガチギレが見たいなら止めないけど」


 レンの言葉で空気が凍りついた。


 確かに蓮奈が大丈夫か不安ではあるけど、そこまで気を張る必要はない。


 さっきは確かによりに強い言葉を使ったけど、あんなのはいつものことだし。


「そういえばその蓮奈お姉ちゃんは?」


「もしかして耐え切れなくて逃げちゃった?」


「サキ、蓮奈さんどこ?」


「何言ってんの? あそこに居るじゃん」


 みんなして意味のわからないことを言い出すので、俺は教室の隅っこで空気になっているメイド服姿の蓮奈を指さす。


「あ、居た。お姉ちゃん存在感無さすぎでしょ」


「わざと消してるんだろ? 接客しなくていいように」


「人間ってあそこまで気配消せるんだな」


「お、お兄様はなんでわかったのですか?」


 なんだか依の雰囲気がおかしい。


 まるで俺に怯えているように見える。


「依どうしたの?」


「サキに怯えてる」


「なして?」


「さっき怒られたから」


「別に怒ってないだろ。腹は立ったけど」


 俺がそう言うと依の肩がビクッと震える。


 意味がわからない。


 俺が依に腹を立てるのは今回が初めてでもないのになんでここまで怯えられるのか。


「サキってさ、怒るタイミング? 沸点って言えばいいのかな、それが謎なんだよ」


「普段怒らない人って『そこで?』ってところで怒ったりするもんね」


「わかるかも。俺も自分で思うし」


「やっぱ怒ってたんじゃん!」


「依のタイミングが悪い。とりあえず蓮奈が無事なのは確認できたけど、気配を消してる理由が自分からなのか、何か理由があるからなのかはわからないんだし」


 蓮奈が始まってからずっと空気になっていたのなら別にいい。


 だけど始まってすぐに、または始まる前に何かを言われたからああして空気になっているのなら話は変わる。


「もしも蓮奈に何か余計なことを言った奴がいるなら……」


「埋める?」


「それだとバレるだろ。要はイジメなんだから、同じことをするだけ」


「陰湿な」


「いじめていいのは?」


「いじめられる覚悟のある奴だけだね」


「結局お前らは仲良しなのな」


 レンがため息をつきながら言う。


 別に喧嘩したわけでもないのだから呆れられる筋合いはないと思う。


 まあそんなことはどうでも良くて。


「ここのメイド喫茶って指名制かな?」


「どこのホスト……いや、メイドだからキャバクラか」


「メイドのキャバクラってなんかヤバくない?」


「執事のホストはなんか健全な感じあるのに、メイドのキャバクラってなんでヤバそうなんだろ」


「多分ね、日本人がメイドをいじりすぎてる」


「なるほど。確かに日本人の考える『メイド』って、戦ったり縛られたり、色んなことしてるもんね」


 なんか違うものが紛れてた気がするけど、依の言う通り日本人は『メイド』に色々なことをやらせすぎだ。


 でも、それを考えると今の蓮奈の状況も無しではないことになる。


「空気になるメイドが居てもいいのか」


「いや、それはどうなの? せっかく可愛いのに感想言えないよ?」


「それもそうか。とりあえず蓮奈を攫ってくる」


 俺はそう言って空気になっている蓮奈の元に向かう。


 多分だけど蓮奈は俺達が来てることにも気づいていない。


 現に目の前に着いても蓮奈は微動だにしない。


「蓮奈」


「……」


「これはあれか? 『雇い主に酷いことをされすぎて感情を失い、挙句に捨てられた可哀想なメイド。だけど、次の雇い主が優しく介抱してくれたおかげでだんだん感情を取り戻していく』系のラノベごっこ?」


「……何それちょっと面白そう」


 蓮奈の目に光が戻った。


 どうやら誰かに何かをされたわけではなく、自分から空気兼置き物になっていたようだ。


「つまり舞翔まいと君が私の雇い主になって私に酷いことをしてくれるんだね?」


「俺が捨てる方なのな」


「もちろん拾ってくれる優しい人も舞翔君だよ?」


「どんな二重人格だよ」


 散々おもちゃにして挙句に捨てておいて、その罪悪感から拾って介抱する。


 そんな奴を俺は信用できない。


 それが罪悪感ではなく、単に従順なおもちゃを手に入れたいとかいう理由ならそんなラノベはその時点で読むのをやめる。


「ちなみにラストはどうなるの?」


「舞翔君は私と心中エンドと私が絶望の末に自殺するんだけど、それはそれとして、新しい子を手に入れるエンドのどっちがいい?」


「蓮奈の中で俺ってそんなにクズなの?」


 もしそうなら結構傷つく。


「私はそれでも……」


「いつも通りの蓮奈で安心した。大丈夫そう?」


「大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら大丈夫じゃないけど、まあ空気になってれば平気」


「それでクラスの人に何か言われない?」


「なんか大丈夫。まあ元から私に期待なんてしてないってことよ」


 蓮奈が「ふっ」と鼻で笑いながら言う。


 そんなカッコつけるところではないと思うけど。


「せっかく可愛いのにね」


「……ふぅ、落ち着け私。不意打ちなんていつものことじゃないか。こういう時は慌てず騒がすに大人の対応をするんだ」


 蓮奈が後ろを向いてぶつぶつと独り言を始めた。


 そして振り返り……


「可愛い私に見惚れんなよ? ……あれ、舞翔君? なぜに固まってらっしゃる?」


「あ、ごめん。蓮奈がポニーテールで、めっちゃ可愛かったから」


「ふっ、私の負けだ……、ばーかばーか」


 蓮奈が顔を真っ赤にして俺の胸をポカポカと叩いてくる。


 叩く度に髪も左右に揺れていて、やっぱり可愛い。


 そして髪を留めているのは……


「シュシュ使ってくれたんだね」


「……お守り」


「なんの?」


「午前中を乗り越える為の」


 蓮奈が叩くのをやめて上目遣いで白いシュシュを触りながら言う。


 ほんとに『そういうところ』だ。


「帰ったら蓮奈の言うことほんとになんでも聞くね」


「なんで?」


「今日頑張ったご褒美」


「やる気出てきた。頑張って空気やる!」


「残念だけど、ご褒美ってのは頑張った子にあげるものなんだよ。ということで行こうか」


「ま、舞翔君? そんな笑顔で私の手を握ってどうするのかな? ま、まさかこのまま教室を抜け出して逃避行を……」


 抵抗する蓮奈を無視して俺は進む。


 目指す場所はもちろん俺達が案内された席。


 せめて俺達ぐらいは接客してもらわないとご褒美はあげられない。


 俺は少ないお客(ご主人様)とメイドさん達から色んな視線を貰いながらレン達の元に戻ったのだった。

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