心配で不安
「さて、蓮奈を冷やかしに行くか」
「心配のしすぎで開会式の時完全に不審者だったもんな」
レンが何かおかしなことを言っているが、とにかく文化祭は始まった。
俺達一年生は展示と決まっているので文化祭本番は暇になる。
なので俺は開会式が終わって教室に戻ってすぐに蓮奈のクラスへ向かっている。
「恋火ちゃん、開会式の間ずっと舞翔くんのこと見てたんだね」
「なんかずっと話してる人の方は見てないなーとは思ってたけど、まーくん見てたんだね」
「見てないし。ていうかそういう紫音もオレのこと見てんじゃねぇ」
「友達が変なことしてたら気になるでしょ?」
「変なこと言うな」
レンが紫音にデコピンをする。
ちょっと今は構ってあげられないけど。
「舞翔くんが真剣だ」
「どんだけ蓮奈さんのこと心配なんだよ」
「まあでもお姉ちゃんの今後に関わることだからね」
「れなたそ強い子だから大丈夫だと思うけど」
「そういう問題じゃ……ん? 依居たの?」
なんだかどこかで聞いたことのある、ほのかにめんどくさみを持たせた声が聞こえてきたと思ったら、開会式の時には居なかったはずの依が居た。
「最近影が薄いのは自覚あるけどさ、うちだって傷つくんだからね?」
「大丈夫、依は影が薄いとかないから」
「というと?」
「だって居たらうるさくて気づかないわけないじゃん」
依に無言で頭にチョップをされた。
だけど実際今も、教室を出る時は確実に居なかった依にすぐ気づいたんだからそういうことだ。
「まあ久しぶりに会えたのは嬉しい」
「本心で言ってるからお兄様は悪い子なんだよ。ありがと」
依が今度はチョップをした俺の頭を撫でてきた。
何がしたいのか。
「まーくんがお姉ちゃんのことを忘れて依ちゃんとイチャイチャしてる」
「蓮奈さんのことも心配だけど、よりのことも心配してたからな」
「会えないから?」
「そう。それとよりだから」
レンの言葉に紫音が首を傾げる。
レンはあえてわからないように言っているので、紫音はわからなくていい。
多分俺達はわからなくていいことだから。
「というか、その通りだった」
「何がだい?」
「依になんか構ってる時間ない」
「今日もキレッキレだねぇ。お兄様にいじめられたって言ってれなたそに慰めてもらお」
依が少し嬉しそうに言う。
適当に扱われて喜ぶなんて、そんなのは蓮奈だけで十分なのに。
「依には後でご褒美あるから今は蓮奈」
「なんだかんだでうちを見捨てられないお兄様、結構好きだぞ」
「……」
「無視はちょっと恥ずかしいので反応を……」
なんだか寒気がした。
後ろを見たらいけない気がしたので俺はそのまま前に進む。
「オレからも後でご褒美あるから期待しとけ」
「あ、そういうやつか。どうにかして逃げよ」
「素直にご褒美受け取ったら水萌の一糸まとわぬ姿の写真あげてもいい」
「なんて苦渋の決断を強いる……」
なんだか後ろでろけでもない交渉が行われている。
そもそもレンが水萌の写真を撮るわけがないし、水萌もレンにそんな写真を撮らせるわけがない。
それにもしそんな写真があったとして、水萌が依に見せるのを止めないのはおかしい。
「写真はほんとにあるの?」
「あるよ。いつかサキの浮気チェックする為に温存してるやつ」
「水萌氏が無反応なのは?」
「よりに見られることに興味ないんじゃない?」
「普通に傷つく。いや、それは一緒にお風呂に入れるふくせ──」
「ない」
水萌の食い気味で冷たい声の否定。
なんで俺と入るのはいいのに、同性の依は駄目なのか。
なんとなくわからないでもないけど。
「ならこれならどうだ、みんなで混浴できる旅館にお泊まり」
「文月さんは時間ずらすの?」
「そうなるよな。ちなみに紫音くんは?」
「しーくんは一緒だよ?」
「ですよねぇ……」
なんか聞いてて可哀想になってきた。
紫音は紫音で「なんで僕はいいのさ!」と、少し慌てているし。
「まあオレも依をサキと一緒の風呂に入れたくはないかな」
「うちはお兄様と一緒のお風呂に入りたいんじゃなくて、水萌氏と同じお風呂に入りたいの!」
「だけど水萌はよりと入りたくないからサキを巻き込んだんだろ?」
「そうだけど、前提が違うじゃん」
「だってサキと一緒に入ったらより暴走するだろ?」
「……しないけど?」
なんか間があったような気がする。
きっと気のせいだけど。
「そ、それを言うなられなたその方が心配すべきでしょ!」
「蓮奈さんは恥ずかしがって一緒に入らないか、サキと無邪気に遊んでる光景しか思い浮かばないから大丈夫」
「なぜだ、れなたそは男子にとって一番一緒にお風呂に入れたらいけない存在なはずなのに……」
なんだか勝手に俺と混浴する人を選別する話が行われているけど、そもそも俺が混浴なんてできない。
紫音でギリアウトなのに、こんな美少女軍団と一緒にお風呂なんて入れる男は存在するわけがない。
「じゃあうちが健全な存在なことを見せる為に紫音くんとお風呂入る!」
「え!?」
また依がおかしなことを言い出した。
見なくてもわかるけど、紫音の顔が赤くなってしまった。
「それなら私もしーくんとお風呂入る」
「み、水萌ちゃんまで変なこと言わないでよ!」
「だって舞翔くんと入るの恥ずかしいからしーくんで練習?」
「なんか複雑なんだけど? じゃなくて、まーくんも何か言って!」
「俺に振るな。役得だと思って頑張れ」
依と水萌という美少女二人とお風呂に入れるなんて男として喜ぶべきことだ。
是非とも紫音には頑張ってもらいたい。
特に断る方を。
「……まーくんがそう言うなら僕だって考えがあるからね」
「選択を間違えたようだ」
「僕が一緒に入れば次はまーくんなんだね?」
「うん」
「依ちゃんも?」
「うちは……いや、そっちのが面白いか」
どうやら俺の運命は決まってしまった。
紫音を怒らせるとこうなるのだから気をつけろとあれだけ言ったのに。
「まーくん、役得だと思って頑張って」
「レン、彼女として俺を守って」
「え、めんどくさいからやだ」
それでも彼女か!
なんて言いたかったけど、俺の自業自得なので何も言えない。
「それに浮気現場を激写して後々優位に立てそうだし」
「お前が浮気したらネチネチ言ってやるからな」
「オレはサキ以外に興味ないし。それにもしも浮気したとしても、サキはネチネチ言わないで普通に落ち込むだけだろ?」
レンがどこか嬉しそうに言う。
まあレンが浮気なんて想像できないし、もしもされたらレンの言う通り普通に落ち込む。
そして俺のどこが嫌になったのかを聞くだろう。
「サキの落ち込む顔見たさに浮気するかもしれないけど」
「その時は──」
「私が許さない」
「あ、うちも」
「僕も、後お姉ちゃんも」
こういうところだ。
こういうところがあるから俺は誰一人として裏切りたくない。
「オレが悪かったよ。安心していい。浮気なんてしないで堂々とイチャついてやるから」
「じゃあ私が舞翔くんを誘惑して浮気させよ」
「ならうちも頑張るしかないか」
「それなら僕も。お姉ちゃんは何も言わなくてもするだろうし」
「ちょっと待て。一人おかしいのいたろ」
俺が言うと、全員が頭にはてなマークを浮かべる。
絶対におかしかった。
いや、俺がおかしいのか?
「まあ水萌氏の写真の話は後にして、着いたじゃん」
「脱線しまくってたけどな」
依の言う通り、話していたら少し時間はかかったけど蓮奈のクラスに辿り着いた。
時間がかかったせいで一番乗りではないけど、並んではいないからすぐに入れそうだ。
「いざゆかん、エデンへ」
「蓮奈にとってはヘルなんだけどな」
「SAN値が減るってか」
「蓮奈の場合そうなるから笑えないんだよな」
蓮奈が既に接客をさせられていたらもう倒れていてもおかしくない。
最悪色々とおかしくなって発狂してる可能性もある。
「やばい、早く行かないと」
「過保護なんだから」
呆れている依を無視して蓮奈のクラスのメイド喫茶に入るのだった。




