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現実逃避の末に

蓮奈れな、大丈夫?」


「だいじょばない。落ち込んだ私は舞翔君のおもちゃにされる運命なんだ……」


 どうやらまだ余裕があるようだ。


 今の蓮奈には禁句の『メイド服』を口に出したせいで蓮奈がベッドに倒れ込んだ。


 ちなみに『文化祭』も禁句の一つである。


「蓮奈を遊び道具に使っていいのかな?」


「いいよ。舞翔まいと君にならもてあそばれても」


「余計な言葉が追加されて別の意味になったな。もう明日なんだから覚悟決めよ」


 明日は蓮奈のクラスでメイド服の衣装合わせをやるようだ。


 蓮奈は文化祭同様に明日が嫌で現実逃避を毎日行っている。


「今から頑張ればタイムマシンを作れるかな?」


「無理」


「あ、じゃあ未来の私が今日の私を救う為にタイムマシンに乗ってやって来るとかは?」


「今日来ても仕方ないでしょ。それなら既に過去を変えてる」


 もしもタイムマシンがあったとしても過去を変えられるかはわからないけど、今日来たとしても何も変わらないのだから過去に何かしているはずだ。


 そして今蓮奈が絶望している時点で何もされてないのはわかる。


「舞翔君が私をいじめるよぉ……」


 蓮奈が枕に顔を埋めながら足をバタバタさせる。


「蓮奈お姉ちゃん、舞翔くんは蓮奈お姉ちゃんにいじわるしてるんじゃなくて、蓮奈お姉ちゃんのメイドさんの格好が見たいんだよ」


 水萌みなもが蓮奈の頭を撫でながら言う。


「ははっ、滑稽な姿を見て笑いたいと……」


「舞翔くんを馬鹿にするなら蓮奈お姉ちゃんでも怒るよ?」


「わかってるけど、水萌ちゃんも私の立場なら同じこと思うでしょ?」


「んー、舞翔くんと会う前ならそうかも。だけど今は舞翔くんに見てもらいたいから何も思わないよ」


 水萌が蓮奈の頭を撫でながらとても優しい笑顔を向ける。


 確かに水萌は俺と出会う前と比べると変わった。


 教室でずっと愛想笑いだけをしていた水萌だけど、今では心からの笑顔を出すようになった。


 そして逆にクラスの人には愛想笑いすらしなくなり、むしろ相手をしないで俺のところにやってくる。


「サキ、水萌って未だに人気あるの?」


「あるよ。俺達の相手しかしないけど、本心からの笑顔を見せるようになったせいか、余計に人気出てるかもな」


「男ってチョロいな。サキだったら他の女子が笑顔向けてきても気づきすらしないのに」


「水萌のなら気づくけど?」


「オレ達以外だよ」


 レンが呆れたように言う。


 まあ確かに気づかない自信はある。


 いつだったか、よりに「お兄様のこと気になるって子がいるんよね」と、言われたことがあるけど、結局その人が誰かはわからなかった。


 依が言うには、俺に視線を送ってはいたらしいけど、それも本当かはわからないし、特に興味もなかったからそれっきりになっている。


「ちなみにレンってどうなの?」


「どうなのとは?」


「人気。紫音しおんから少しだけ聞いたけど、ぼっちなのは変わらないけど、避けられることはなくなったんだろ?」


 レンは家が暴力団という誤解から同級生から避けられていた。


 その誤解も、レンの父親である悠仁ゆうじさんがかっこいいからという理由で自分のお店に『如月組』なんて名前を付けたのと、知り合いにいかつい人が多いことが原因だ。


 まあレンが自分から壁を作っていたのが大きいけど、それでも噂のせいでレンを腫れ物扱いしていたのは事実だ。


 だけどその噂が誤解だと広まったことにより、避けられることはなくなったらしい。


「多分よりのお節介だろうな。まあ避けられることはなくなったよ。オレが避けるから結果は変わってないけど」


「レンの誤解が解けたならそれでいいよ。紫音と仲良くしてくれてるのも聞いてるよ」


「別に仲良くしてるとかじゃない。紫音が絡んで来るから話すだけ」


「そう言って、教室で話してくれる人がいて嬉しいんだろ?」


「ぶっちゃけると、紫音がオレに絡むせいで変な噂が立たないか不安だった」


「そっか、俺とレンが恋人だって身内しか知らないもんな」


 俺達が付き合ってることはわざわざ公開する必要も需要もないから学校の人は誰も知らない。


 だからレンと紫音が仲良くしてるとこなんて見たら付き合ってると誤解される可能性はある。


「そうじゃないんだけど、ちなみに紫音とオレが付き合ってるって噂立ったらどうする?」


「レンと学校で堂々とイチャつく?」


「気をつけよ。ちなみにサキって水萌と『禁断の愛』してるって噂立ってるからな?」


「それ知らないんだけど」


 俺と水萌が兄妹だというのもめんどくさいからそのままにしているが、ずっと愛想笑いしかしなかった水萌が俺にだけ心からの笑顔を向けてくるならそういう噂が立ってもおかしくないのかもしれない。


 まあ設定的には水萌は『義妹』だから時間の問題だったかもしれないけど。


「そういうのって誤解解いた方がいいのかな?」


「今のとこ実害ないからいいとは思う。実害あってからどうにかするんじゃ遅いけど」


「正直言うと、知らない人になんて思われても興味はないんだよな」


「それ。それに何か起こる前によりが知らないところでなんとかしてそう」


 それは俺も思った。


 レンの誤解もだけど、依は俺達の知らないところで色々とやりすぎだ。


 そして知らないし、ほんとに依がやってるかもわからないからお礼も言えない。


「依って見えるところで変なことしかしないから対応に困るんだよな」


「自分の頑張りを見せるのが苦手なタイプだよな」


「お礼されたくないみたいな」


「されてくないんじゃなくて、お礼をされてどう反応したらわかんない感じ?」


 俺も感謝されるのは苦手だけど、頑なに自分の功績をわざわざ隠すことなんてしない。


 依がそこまでする理由でもあるのだろうか。


「今度サプライズで褒め倒すとかやる?」


「おもしろそ。絶対困るだろうな」


「ついでに依が影でやってきたことも全部聞き出すか」


「もしも何もしてなかったら?」


「それはそれでいいよ。褒めるのは単なる嫌がらせだから」


 こんな堂々といじめの相談をしてる俺達はいつか罰を受けるだろうけど、そんなことよりも依に嫌がらせをしたい。


「なんかあそこのカップルがいじめの相談してるよ」


「まあ文月ふみつきさんだしいいんじゃない?」


「あれ? みんな依ちゃんのこと嫌いなの?」


「好きだからいじめるの。俺達小学生男子だから」


 蓮奈が変な勘違いをしないように説明を入れる。


 この中に依を嫌いな人なんていない。


 水萌だってなんだかんだで依とは定期的に連絡を取り合ってるみたいだし。


「それよりも、現実受け止めたの?」


「受け止めてない!」


 蓮奈がベッドの上で膝立ちになって胸を張る。


「まあなんと言いますかね。水萌ちゃんに習おうかと」


「と言うと?」


「私も舞翔君に見てもらう為に頑張って見ようかなって」


 蓮奈が枕を抱きしめて、口元を隠しながら言う。


「蓮奈さんのあれって狙ってないんだよなぁ」


「うん。破壊力やばいよね。ちょっと可愛すぎたから頭撫でてくる」


「行ってら。なんかサキが自分を抑える為に『頭を撫でる』を使ってるみたいに見えてきたけど」


 レンが何か言ってるけど無視する。


 ベッドに行く前に謎の神棚へシュシュを置く。


 そして顔を隠したままの蓮奈が頭を差し出してきたので撫でる。


 すると「あしたがんばるー」と、甘えるように言われた。


 蓮奈の言葉を借りるなら「そういうとこ」ってやつだ。

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