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名前の為に

「今日の議題は『どうやったらあの頃に戻れるのか』です。何かいい方法を思いついた人から挙手」


「現実見よ」


 蓮奈れなが最近、学校から帰って来ると毎回似たようなことを言い出す。


 原因はわかっているが、どう頑張ってもその日はやって来るのだから諦めるしかない。


「はい!」


「はい、水萌みなもちゃん」


「私も戻りたい!」


「うん、同じ気持ちなのは嬉しいけど、私はその方法を知りたいんだ」


「蓮奈お姉ちゃん、時間は戻って来ないんだよ……」


 水萌がどこか遠い場所を見ながら悲しげに言う。


「水萌ちゃんが何かを悟ってる」


「最近蓮奈さんが現実逃避してるの見て、水萌も『あの時こうしてれば……』みたいなことを考えてるみたい」


「何か後悔があるの?」


「水萌が深く考えることなんて一つしかないだろ」


 俺がレンに聞くと、レンが呆れたように俺を見る。


 まるで俺が原因みたいな気がしてしまう。


「なるほどね。恋火れんかちゃんが付き合う前に告白しとけばみたいなやつ?」


「正確には水萌が自分の気持ちにもっと早く気づいてたらかな?」


「確かにそうかも。恋火ちゃんに一目惚れしたっぽいけど、水萌ちゃんから本気で迫られてたら好きになるのは確定だよね」


 何やら俺が原因として話が進んでいる気がする。


 だけど俺はそれよりも気になることがある。


「蓮奈、そろそろ俺の名前を言いなさい」


「なんのことかな?」


「とぼけるな。俺の名前は?」


桐崎きりさき 舞翔まいと君でしょ?」


「じゃあシュシュ没収ね」


 俺は蓮奈の部屋にある神棚(?) にまつられている俺があげたシュシュを手に取る。


 このシュシュは蓮奈が学校に復帰して一ヶ月経った記念でプレゼントしたものだけど、その時に蓮奈は俺のことを下の名前で呼ぶ約束をしたので仕方ない。


「そ、それだけはご容赦を! それは神から授かりし神器なの!」


「俺があげたどこにでもあるシュシュだわ!」


 すがりついてくる蓮奈を無視してシュシュを掲げるように持ち上げる。


「んにゃー!」


 蓮奈が俺の体を這い上がって、シュシュ目掛けてジャンプする。


「ハムスターが猫みたいな声をあげるな」


「くっ、一回ジャンプしただけで疲れた……」


「体力無さすぎだろ。それといきなり飛ぶな」


「男の子しちゃう?」


「とりあえずこのシュシュは蓮奈が反省するまで俺が預かるな」


「じょ、冗談ですよ! どうかご慈悲を!」


 蓮奈が今まで見た中で一番綺麗な土下座をする。


 なんか綺麗すぎたのでなんとなく頭を撫でたくなった。


「どういうご褒美?」


「なんかさ、頭を下げてる人って撫でたくならん?」


「撫でやすいから?」


「かも?」


「馬鹿にしてるとかではなく?」


 なんでその発想になるのかわからない。


 俺は多分いつでも誰かの頭を撫でたい欲があるので、そこにいい頭があれば撫でる。


 登山家が山を登るように。


「どさくさ紛れにシュシュを取ろうとしないの」


「バレた。どうにかそれだけは許してもらえないでしょうか。私の体を好きにしてもらって構わないので」


「じゃあなんて言うの?」


「……ごめんなさい」


「謝罪とか求めてないけど?」


「……お兄ちゃんじゃ、だめ?」


 蓮奈が上目遣いで寂しげに言う。


「めっちゃ可愛いけど、名前呼んでないから駄目」


「ケチ! さっきだって男子が喜ぶシチュエーションやってあげたのに!」


「目の前でジャンプ?」


「うん。男子って揺れる胸が好きだって……あ、そっか……」


 蓮奈が俺へ何かを察したような顔を向ける。


 まあ言いたいことはわかるので、頬を軽くつねる。


「いふぁいー。りーういあー」


「俺を『お兄ちゃん』って言ったけど、ドメスティックなの?」


 俺が蓮奈をいじめるのは『DV』になるのかちょっと不思議に思ったので、蓮奈の頬から手を離して聞く。


「こんな妹は嫌い……?」


「普通に好きだけど、妹枠は水萌がいるし」


「でも、水萌ちゃんって最近『妹キャラ』してる?」


「して……ないかも? 最近は小悪魔ムーブの方が多いか?」


 多分気にするところはそこじゃないんだろうけど、俺と蓮奈が話したらこうなるのだから仕方ない。


 だけど水萌が妹でないのなら、新しい妹は蓮奈がふさわしいのかもしれない。


 どっちも一応年上(水萌は誕生日的に)ではあるけど。


「水萌は俺の妹続ける?」


「舞翔お兄ちゃんは私じゃなくて新しい妹がいいの……?」


「だそうなので蓮奈は『ポンコツお姉さん枠』でも狙って頑張って」


「そろそろみんなのキャラをちゃんと見直そうよ」


 そんなことをする必要性があるのか謎だけど、蓮奈が楽しそうにわざわざ紙とペンを用意したので付き合うことにする。


「まず水萌ちゃんからね。やっぱり『小悪魔系妹』かな」


「まあそうだろな。だからレンは『癒し系ツンデレ』」


「あぁ、わかる。しおくんは『天然ないたずらっ子』?」


「妥当なとこかな。よりは『真面目なドジっ子』か?」


「なんかわかるかも。それなら私は──」


「自分の決めても仕方ないだろ。な?」


「……」


 俺は楽しそうな蓮奈に付き合うことはするけど、誰も逃がすなんて言っていない。


「サキと蓮奈さんが二人しかわからない会話始めたから拗ねようかと思ったけど、サキのドSが始まってそっちが気になる」


「舞翔くんって一回期待させるんだよね。天国から地獄に落とすのってわざとなのかな?」


「わざとだろうな。完全に逃げ場を無くしてから狩り殺す感じ」


「あれが狼さんってこと?」


「そこの二人、うるさい」


 蓮奈を追い込もうとしてるところで俺を責め立てる声が聞こえたから注意をする。


 俺は別に蓮奈をいじめてるわけではなく、正当な権利を行使してるだけだ。


「ということで、蓮奈」


「『腹黒王子』」


「それが俺のキャラとか言ったら人質がどうなるかわかってるか?」


「じゃあ『天然タラシ』」


「言っとくけどさ、『タラシ』って俺だけじゃないからな?」


 もう俺が『タラシ』なのは認める。


 正直『タラシ』の意味をちゃんとは理解してないけど、多分勘違いされるような行為をする人のことだろう。


 それなら俺だけじゃなくて全員『タラシ』になる。


「『タラシ』を認めるって、女の子を口説き倒してるヤバい奴にならない?」


「蓮奈がそう思ってるならそうなんだろうな。悲しいけど……」


「私が悪者になった。思ってるわけないじゃん。私からしたら舞翔君のキャラってそれこそ『王子様』だし」


「……蓮奈のばーか」


『王子様』が茶化しなのはわかるけど、俺の名前を呼ぶことの照れ隠しに使わないで欲しい。


 嬉しさと呆れが混同して反応に困る。


「『王子様』に照れちゃった?」


「そっちじゃないから。そもそも意味わからんし」


「まあ『王子様』はメルヘンな表現だったかも」


「と言うと?」


「正しくは『救世主』かな?」


 余計に意味がわからなくなった。


 まるで俺が蓮奈を助けたような言い方だ。


 だけど水萌とレンも「納得」と、同時に言う。


「舞翔君は私達を助けてくれる『白馬の王子様』ってことだよ」


「よくわからないけど、蓮奈が名前呼んでくれたからいいや」


「褒めてるのに。ちなみに私のキャラは『可愛いお姉ちゃん』でいいの?」


 蓮奈が冗談めかして言うので、まあその通りだし同意しようかとも思ったが、ちゃんと答えることにする。


「『コミュ障お姉さん』」


「普通に悪口」


「そう? コミュ障のお姉さんキャラって普通に可愛くない?」


「あぁ……」


 蓮奈が「わかるけど、同意したら自分を可愛いと言っているみたいになる……」みたいな複雑そうな顔になる。


「アクセントとしてメイドコスも追加で」


「いぃぃぃぃやぁぁぁぁ」


 蓮奈が耳を押さえながら叫ぶ。


 蓮奈の現実逃避はまだまだ続く。

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